特許拒絶査定不服審判
2023-014978
核状態のフォノン媒介励起及びフォノン媒介脱励起のためのシステム及び方法
- 審判番号
- 2023-014978
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2021-516864外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2023年09月06日
- 審決日
- 2024年11月29日
- 公報発行日
- 2025年05月30日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】メッツラー,フローリアン
- 【請求人代理人】庄司 隆
- 分類
- P18 .536-Z (G21G)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2021-516864「核状態のフォノン媒介励起及びフォノン媒介脱励起のためのシステム及び方法」拒絶査定不服審判事件〔令和 元年12月12日国際公開、WO2019/236455、令和 3年 9月27日国内公表、特表2021-525895〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2019年(令和元年)6月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2019年3月24日 米国、2019年3月23日 米国、2019年2月15日 米国、2018年6月5日 米国、2018年6月4日 米国(2件)、2018年6月3日 米国)を国際出願日とする外国語特許出願であって、その手続の経緯の概略は次のとおりである。
令和 3年 1月 5日 :翻訳文の提出
令和 4年12月16日付け:拒絶理由通知書
令和 5年 4月 3日 :手続補正書及び意見書の提出
同月21日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
(同年 5月 8日 :原査定の謄本の送達)
同年 9月 6日 :審判請求書及び手続補正書(以下、この手続補正書による補正を「本件補正」という。)の提出
第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】
第1の原子核グループを含むイオンビームを生成するデバイスと、
真空チャンバーと、前記真空チャンバー内でサンプルホルダー上に支持されるサンプルとを含むサンプルアセンブリと、ここで前記サンプルが第2の原子核グループを含む凝縮物質媒体を含み、
を備え、
前記イオンビームは、前記サンプルの表面をボンバードして前記第1の原子核グループの幾つかの原子核を前記凝縮物質媒体内に注入するように誘導され、その後の前記サンプルと前記イオンビームとのボンバードメントが、前記第1の原子核グループの既に注入された原子核に第1の核反応を受けさせ、それによって、第1のエネルギーを解放し、
前記イオンビームは、更に前記凝縮物質媒体の格子と相互作用し、前記凝縮物質媒体内でテラヘルツ(THz)周波数フォノンを生成し、
前記生成されたTHz周波数フォノンは、更に前記第1の原子核グループ及び前記第2の原子核グループと相互作用し、前記第1の原子核グループの前記第1のエネルギーを前記第2の原子核グループに移動させることと、前記第2の原子核グループに第2の核反応を受けさせてエネルギー粒子を放出させることとによって、前記第2の原子核グループの核状態に影響を及ぼし、かつ
前記第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含み、前記第2の原子核グループはLi-6核を含み、前記第1の核反応は5.5MeVのエネルギーの放出をもたらす前記H-2核及び前記H-1核の核融合を含み、前記第2の核反応は1.1 MeVのエネルギーを有するエネルギー粒子の放出をもたらす前記Li-6核の崩壊を含む、
エネルギー粒子を生成するシステム。」
第3 原査定の拒絶の理由の概要
本件補正前の請求項1に係る発明に対する原査定の拒絶の理由の概要は、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識を考慮しても、「前記生成されたTHz周波数フォノンは、更に前記第1の原子核グループ及び前記第2の原子核グループと相互作用し、前記第1の原子核グループの前記第1のエネルギーを前記第2の原子核グループに移動させること」を実現できるのか不明であるから、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないのであり、したがって、本願は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない、というものである。
第4 当審の判断
1 当審の判断の概要
本願発明は、「前記生成されたTHz周波数フォノンは、更に前記第1の原子核グループ及び前記第2の原子核グループと相互作用し、前記第1の原子核グループの前記第1のエネルギーを前記第2の原子核グループに移動させること」、及び、「前記第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含み、前記第2の原子核グループはLi-6核を含[む]」ことを発明特定事項としている。
しかしながら、発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識からは、「前記生成されたTHz周波数フォノンは、更に前記第1の原子核グループ及び前記第2の原子核グループと相互作用し、前記第1の原子核グループの前記第1のエネルギーを前記第2の原子核グループに移動させること」(以下「フォノン媒介核励起移動」という。)を実現できること、特に、「前記第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含み、前記第2の原子核グループはLi-6核を含[む]」(以下、「第1の原子核グループ」及び「第2の原子核グループ」を総称して「本件原子核グループ」という。)場合にフォノン媒介核励起移動を実現できることが裏付けられているとはいえず、しかも、発明の詳細な説明が、当業者が本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を再現性をもって実現できるように記載されているともいえない。
したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
2 当審の判断の詳細な説明
(1) 本願の発明の詳細な説明等の記載
本願発明におけるフォノン媒介核励起移動及び本件原子核グループについて、本願の発明の詳細な説明及び図面には次の記載がある。下線は、特に関連する記載について、当合議体が付したものである。
ア 背景技術(【0009】-【0011】、【図1】)
「【背景技術】
【0009】
原子核は、物質の巨視的な特性を決定し、核分裂及び核融合等の核反応を通じて解放することができるその構成核子の間の結合エネルギーを含むので、科学的及び実用的に強い関心を引き続けている。それらの重要性にもかかわらず、原子核の多くの面の理解は不十分なままである。これには、核の詳細な構造だけでなく、核とそれらの環境との間の相互作用の範囲が含まれる。原子核に関する今日の知識が不完全であることは、広範囲の核種にわたる経験的に知られている放射崩壊率を高精度で予測する今日の核構造モデルの失敗に反映されている。
【0010】
図1を参照すると、原子核の励起及び脱励起は、通常、光子を介したエネルギーの吸収若しくは放出、又は、特に中性子、荷電粒子、若しくは光子等のエネルギー粒子101を介したエネルギーの吸収若しくは放出を通じて起こる。エネルギー粒子101と原子核102との間の相互作用は、励起核104を生成する。励起核104は、短時間の後に崩壊し、反応生成物106の生成をもたらす。反応生成物106は、新たな粒子109及び他の核108a、108bを含む。
【0011】
この手法は多くの制約を有する。すなわち、原子核を励起するのに十分なエネルギー準位にある光子を生成するには、関連コストを伴い及び低効率である大きな粒子加速器の使用を必要とする傾向があり、多くの核プロセスのスケーラビリティ及び関心のあるアプリケーションが妨げられる。同様に、適切なエネルギー準位にある中性子の生成は、複雑かつ非効率的であることが多い。加えて、高エネルギーの光子及び中性子は、シールドするのが困難である可能性があり、したがって、人間に対して危険を表すだけでなく、周囲に不要な放射線照射をもたらす可能性がある。危険レベルを低下させ、スケーラビリティ及び経済性を改善する可能性を有する、原子核との間で励起エネルギーを移動させる代替のメカニズムが、複数の領域及び産業にわたる広範な用途に有用であるであろう。」
「【図1】
[図:0001421901000001.jpg]
」
イ 発明の概要(【0012】-【0013】)
「【発明の概要】
【0012】
概して、1つの態様において、本発明は、第1の原子核グループを含むイオンビームを生成するデバイスと、第2の原子核グループを含む凝縮物質媒体とを備える、エネルギー粒子を生成するシステムを特徴とする。前記第1の原子核グループの幾つかの原子核が前記凝縮物質媒体内に注入され、第1の核反応を受け、それによって、第1のエネルギーを解放するように、前記イオンビームは、前記凝縮物質媒体と相互作用するように構成される。前記イオンビームは、前記凝縮物質媒体内で高周波数フォノンを生成するように更に構成される。前記高周波数フォノンは、前記第2の原子核グループと相互作用し、前記第1の原子核グループの前記第1のエネルギーを前記第2の原子核グループに移動させることと、前記第2の原子核グループに第2の核反応を受けさせてエネルギー粒子を放出させることとによって、前記第2の原子核グループの核状態に影響を及ぼすように構成される。
【0013】
本発明のこの態様の実施態様は、次の特徴の1つ以上を含むことができる。前記第1の核反応は、前記第1の原子核グループの前記原子核のうちの幾つかの核融合を含む。前記イオンビームは、100 eV~2000 eVの前記範囲にあるエネルギーを含む。前記システムは、前記放出されたエネルギー粒子を検出する粒子検出器を更に備える。前記凝縮物質媒体は真空チャンバー内に収容される。前記凝縮物質媒体はリチウムフォイルを含み、前記第2の原子核グループはLi-6核を含む。前記第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含む。前記放出されるエネルギー粒子は、三重水素(H-3)核及びヘリウム-4(He-4)核を含む。前記第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含み、前記第2の原子核グループはLi-6核を含み、前記第1の核反応は、5.5 MeVの核結合エネルギーの解放をもたらす前記H-2核及び前記H-1核の核融合を含み、前記第2の核反応は、1.1 MeVのエネルギーを有するエネルギー粒子の放出をもたらす前記Li-6核の崩壊を含む。前記第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含み、前記第2の原子核グループはPb-204核を含み、前記第1の核反応は、5.5 MeVの核結合エネルギーの解放をもたらす前記H-2核及び前記H-1核の核融合を含み、前記第2の核反応は、7.3 MeVのエネルギーを有するエネルギー粒子の放出をもたらす前記Pb-204核の崩壊を含む。前記第1の核反応は、前記第2の核反応によって生成される前記エネルギー粒子の前記エネルギーよりも低いエネルギーを有するエネルギー粒子を更に放出する。前記エネルギー粒子は、特に、荷電粒子、中性子、又は光子である。」
ウ 1.序論(【0018】-【0022】)
「【発明を実施するための形態】
【0018】
その内容が引用することにより明示的に本明細書の一部をなす国際特許出願PCT/US2018/35883号には、本発明者らの実験によって最初に実証され、特徴付けられたフォノン核相互作用に基づく核励起移動のためのシステム及び方法が記載されている。
【0019】
本発明は、原子核を励起及び脱励起するシステム及び方法に関し、特に、荷電粒子放出の生成等の用途を包含するフォノン媒介核励起移動を介して原子核との間で励起エネルギーを移動させるシステム及び方法に関する。具体的には、本発明は、フォノン相互作用を介してエネルギーの励起核状態への移動及び励起核状態からの移動からもたらされる新規な用途を教示する。
【0020】
1.序論
フォノン核相互作用は、核が原子格子内で振動するときと同様に、核が加速又は減速されるときに原子核内部の核子間相互作用の必要とされるブースト補正に続いて起こる。フォノンとしても記載される格子振動と内部の核状態との間に結果として生じるカップリングは、エネルギーがその内部において無放射で移動することができる量子システム(quantum system:量子系)(影響を受ける核及びフォノンを含む)の一時的な形成をもたらす。カップリングされた核及びフォノンモードのそのような量子システムの形成の1つの結果は、図2に示すように、核励起移動202として記載されるプロセスである、1つのグループの核(ドナー)104から別のグループの核(アクセプター)204へのエネルギーの移動である。量子システムのコヒーレンスが十分長く維持されるとき、エネルギーは、中間の非共鳴状態(仮想状態としても記載される)も占有することができ、核からフォノンモードへ及びその逆へ移動することができる。
…(中略)…
【0022】
核励起移動への類似物質のプロセスは電子的励起移動である。核励起移動は、本発明までは検討されていなかったが、電子的励起移動は、十分に確立されており、広く応用されている。電子的励起移動は、フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET:Forster Resonance Energy Transfer)の名称で最もよく知られている。FRETでは、原子又は分子は、別の原子又は分子にもカップリングする(仮想)光子にカップリングする。同時に、それらは、エネルギーがその内部において無放射で移動することができる量子システムを形成する。FRETは通常光子媒介であることを考えると、原子レベルでのそのようなエネルギー移動も、フォノン媒介を通じて発生することが提案されていた。論文審査のある学術専門誌における例は1950年代に遡り、媒介フォノンのエネルギーが、移動される励起エネルギーよりも大幅に低いときであっても、励起移動が予想される、フォノン媒介電子的励起移動を記述するモデルを含む。一般的な光子媒介電子的励起移動及びフォノン媒介電子的励起移動、並びに具体的なFRETが、最近数十年にわたって受け入れられてきたにもかかわらず、核励起移動及び関連したアプリケーションは、本開示まで可能であると考えられていなかった。」
エ 2. 概略(【0023】-【0026】、【図2】)
「【0023】
2. 概略
上記セクションは、フォノン媒介核励起移動を、原子核が励起フォノンモードと、励起フォノンモードを介して他の原子核とにカップリングされる量子システムにおける無放射エネルギー移動の形態として紹介している。
【0024】
したがって、核励起移動は、多くの有用なアプリケーションの基礎をなすことができる。これは、一般原理の例示を目的としたものであるが、図1に示す多くの一般的な核分裂反応における最初のステップのように、中性子101を吸収した後に励起状態104のままにある核102からの核励起の移動を検討すると明らかになる。通常の核分裂反応では、励起核104は、その後、通常、同じく図1に示す中性子109等の他の壊変生成物を伴うより小さな核108a、108bに分裂する。しかしながら、図2に示すように、核分裂反応が起こる前に、励起核104(ドナー)の励起エネルギーが別の核204(アクセプター)に移動されると、その場合、新たに励起されたアクセプター核204は崩壊又は核分裂を受け、その結果、異なる一組の特徴的生成物206が生じる。ここでは、ドナー核102による中性子101の吸収は1次反応とみなすことができ、アクセプター核204の崩壊は2次反応とみなすことができるのに対して、2次反応は、アクセプター核204への核励起の無放射移動202によってトリガーされる。巨視的には、このプロセスの結果として、このプロセスでない場合には通常の核分裂と、したがって、通常予想される核分裂生成物106とが得られるシステムから異なる一組の反応生成物206が得られる。核励起エネルギーをこのように他の核に移動させることは、この移動が、長寿命アクチニド、危険な中性子等の非所望の反応生成物の回避をもたらすとき、又は、この移動が、特定のエネルギーにあるエネルギー粒子等の所望の反応生成物の生成をもたらすときに特に有用である。
【0025】
核励起移動がどのように及びどれだけ効率的に適用され、核励起移動を用いるシステムの特定の工学技術及び設計目的を達成するのかは、そのようなシステムの実施態様に依存する。そのようなシステムのコアでは、核が格子(又は秩序が失われている場合にはアモルファス構造)に配置されている。第2に、フォノンは、核と核との間のカップリング、及び、核とフォノンモードとの間のカップリングを有する量子システムの形成をもたらす核の配置において生成される。結果として生じるフォノン核カップリングの強度は、エネルギーが移動することができる速度を決定する。他のエネルギー移動及び変換チャネルが利用可能であることと組み合わせると、これは、システム内の利用可能なエネルギーが向かう場所及びどのような巨視的な効果が生じるのかを決定する。
【0026】
フォノン核カップリング強度及びエネルギー移動の代替チャネルは、格子のフォノンモード及びそれらの励起、量子システム及びそれぞれのモードにおけるフォノンエネルギー、カップリングされた量子システムのコヒーレンスが維持される時間の長さ、量子システムに参加する核のフォノン核カップリング行列要素(本明細書では、簡潔にカップリング行列要素とも記載される)、並びに(参加する核のエネルギー準位及び関連する断面積を決定する)それらの核種と、それらの距離及び格子サイト占有率と、(核の数の増加とともにカップリング強度を増加させるディッケ(Dicke)超放射に起因した)それらの数と、代替のエネルギー移動及び変換チャネルを提供する量子システム内の他の核の参加(すなわち、ドナー核がカップリングすることができる構造の関連部分におけるそれらの存在)とを含む格子(又はアモルファス構造)内の核の配置等の複数のパラメーターに依存する。」
「【図2】
[図:0001421901000002.jpg]
」
オ 3.2. 2 次反応/崩壊を通じた核反応生成物の変化(【0034】-【0040】、【図9】~【図12】)
「【0034】
3.2. 2次反応/崩壊を通じた核反応生成物の変化
同等のエネルギー準位を有する整合する核が、カップリングされた量子システムにおいてドナー励起のアクセプターとして利用可能でない場合(又は十分に整合しない核が利用可能である場合)には、他の核種の核が、励起エネルギーのアクセプターとして働くことができる(それらがカップリングされた量子システムの一部である限り、かつ、それらへのエネルギー移動がシステムにおけるエネルギー移動の最も高速な経路を表す限り)。ドナーエネルギー量子とアクセプターエネルギー量子との間の差は、周囲の格子内のフォノンの放出又は吸収によって補償することができる。その上、システムにおける核とフォノンモードとの間のフォノン核カップリング強度は、エネルギー移動及び変換のどのチャネルが最も高速であり、したがって、好ましくは、その結果として、どの核又はフォノンモードが励起エネルギーを授受するのかを決定する。
【0035】
核励起移動のそのような入射における受け取り核が非常に不安定であり、エネルギー量子を受け取った後まもなく量子システムにおいてコヒーレンスを(例えば、崩壊を介して)破壊する場合には、この形態の核励起移動は、インコヒーレント核励起移動と記載される。この形態の核励起移動を示すシステムの例示的な実施形態を以下に説明する。換言すれば、このプロセスは、ドナー核を伴い、結果として、励起エネルギー量子をもたらす1次反応と、アクセプターへの励起エネルギーの移動によって引き起こされるアクセプター核を伴う2次反応との2つの核反応のカップリングを表す。
【0036】
この手法は、様々な望ましいエンジニアリングの成果を取り扱うことができる多数の用途に用いることができる。これらは、特定の所望の荷電粒子放出又は中性子放出をもたらすアクセプター核の壊変、或いは、特定の荷電粒子放出又は中性子放出の回避を含むが、これらに限定されるものではない。
【0037】
前者の場合(所望の反応生成物の生成)については、直接的な電気変換メカニズムを含む例示的なシステムが、特定のエネルギー範囲にある荷電粒子を必要とし得る。核励起移動が起こる格子に、所望のエネルギー範囲にある荷電粒子放出をもたらす核種のアクセプター核を含めることによって、そのような例示的なシステム設計要件が対処される。
【0038】
後者の場合(非所望の反応生成物の抑制)については、抑制しない場合には核融合反応、核分裂反応、又は崩壊反応を受けるシステムにおいて核に起因した中性子放出を示すと予想される例示的なシステムが、中性子放出を示さないことが所望され得る。中性子放出は、核励起移動が起こる格子に、抑制しない場合に励起が中性子放出をもたらすドナー核から励起を受け取る核種のアクセプター核を含めることによって回避され、この場合に、これらのアクセプター核は、中性子放出以外(或いは、回避される中性子放出のエネルギー範囲以外)の反応生成物とともに崩壊又は壊変する。
【0039】
図9~図12は、荷電粒子生成をもたらす形式「インコヒーレント核励起移動」の核励起移動の1つの例を更に示している。一例は、核結合エネルギーが(中性子発生装置に一般的であるように)2つの重水素核H-2 + H-2の核融合を通じて解放されるシステムである。図9は、Li-6核及びLi-7核を含むとともに、核(既に注入されている)601及び核(入射するエネルギー核)604(イオンビームボンバードメントを介する)によって示すような注入されたH-2核及び入射するエネルギーH-2核と、格子欠陥605によって示すような格子欠陥(同じくイオンビームボンバードメントを介する)とを有する、振動する原子格子603を示している。図10は、2つのH-2核(604及び601)が、He-4核608と、核結合エネルギー量子(この場合、24 MeV)607の解放とをもたらす核融合反応を受ける、図9の振動する原子格子を示している。通常、すなわち、核励起移動がない場合には、核融合反応は、約0.8 MeVの運動エネルギーを有するHe-3核及び約2.5 MeVの運動エネルギーを有する中性子、又は、約1 MeVの運動エネルギーを有するH-3核及び約3.0 MeVの運動エネルギーを有するH-1核、又は、24 MeVの光子を生じると予想される。一方、核融合反応を受ける核が、解放される核結合エネルギーを受け取ることができる格子内の他の核とフォノン核カップリングを介してカップリングされる場合には、核融合反応から生じるエネルギー量子をLi-7核602等のアクセプター核に無放射で移動させることによって、中性子及びガンマ放出を回避することができる。図11は、核融合反応から解放された核結合エネルギーがフォノン媒介核励起移動を介してLi-7核602に移動し、それによって、そのLi-7核602が励起状態になる、図9及び図10の振動する原子格子を示している。図12は、励起Li-7核602(フォノン媒介核励起移動を介して励起を以前に受けた後のもの)が壊変による崩壊を受けて、運動エネルギーを有するH-3核及びHe-4核(すなわち、エネルギー粒子)609になる、図9、図10及び図11の振動する原子格子を示している。入射するエネルギー粒子(核604等の水素イオン)はkeV及びサブkeVの範囲の運動エネルギーを有することを考えると、その結果生じるエネルギー粒子(核609等)は、(プロセスにおける核結合エネルギーの解放に起因した)MeV範囲のエネルギーを有する。
【0040】
この例では、リチウムフォイルが、原子格子を提供するのに用いられ、Li-7核が、アクセプター核として働き、励起状態に置かれることによって核融合反応から移動されるエネルギーを受け取る。H-2 + H-2→He-4核融合反応の場合には、このエネルギー量子は、総計が、近くのLi-7核に移動される約24 MeVになり、図12に示すように、H-3核及びHe-4核を生じるこのLi-7核の壊変をもたらす。」
「【図9】
[図:0001421901000003.jpg]
【図10】
[図:0001421901000004.jpg]
【図11】
[図:0001421901000005.jpg]
【図12】
[図:0001421901000006.jpg]
」
カ 4.1.1. 例示的な実施形態1(【0054】-【0062】、【図13】)
「 【0054】
4.1.1. 例示的な実施形態1
核励起移動に誘起された2次反応を通じた核反応生成物の変化を示すシステムの例示的な実施形態を以下で詳細に説明するとともに、図13に示す。
【0055】
この例示的なシステム500は、サンプルアセンブリ510と、粒子検出器502と、イオン源504によって生成されるH及びDイオンビーム505とを含む。サンプルアセンブリ510は、真空チャンバー506と、真空チャンバー506内でサンプルホルダー507上に支持されるサンプル508とを含む。
【0056】
1つの例では、真空チャンバー506は、ステンレス鋼製であり、複数のフランジ付きポートが設けられた18インチ外径のLesker社のSP1800SEP真空チャンバー等の球形真空チャンバーである。真空チャンバー506内では、イオン源の動作を可能にする十分に低い圧力において、水素(H-1)核及び重水素(H-2)核を含むイオンビーム505が、金属フォイルサンプル508に誘導される。適した真空チャンバー動作圧力は、イオンビームがオフにされる10-7トル及びイオンビームがオンにされる10-5トルまでである。この動作圧力は、真空チャンバー506のポートに設置された真空圧力計512を介して監視される。真空は、Edwards社から提供されているnEXT 400ターボ分子ポンプ等の真空ポンプ511によって引き込まれる。
【0057】
1つの例では、サンプルホルダー507は、取り付けられた50 mm×50mm×5 mmプレートを有するステンレス鋼のロッドであるとともに、サンプルホルダーは、真空チャンバー506の内部においてチャンバーのポートのうちの1つに取り付けられ、取り付けられたサンプルをチャンバー506の幾何学的中心に位置決めすることができるようにチャンバーの中心まで延在する。1つの例では、サンプル508は、Li-6核及びLi-7核(天然リチウム)を含む金属フォイルを含み、50 mm×50 mm×0.1 mmの寸法をとる。サンプルは、機械式圧力を介して金属クリップによってサンプルホルダープレートに取り付けられる。
【0058】
システムは、イオンビーム505が500 eV~1000 eVの範囲のエネルギーで金属フォイル標的508に到達するように構築及び動作される。適したイオンビーム発生器504は、Oxford Applied Research社から提供されているDC25イオン源である。このイオン源は、1O eV~100O eVの範囲にわたる平行ビームエッチング、支援蒸着、及びスパッタリングの用途に一般に用いられる。1つの例では、イオン源は、0.1 mAのビーム電流において動作される。別の例では、ビーム電流は、(以下で説明するような)所望の効果を最大にするために0.01 mA~10 mAの範囲で変動される。イオン源504は、Oxford Applied Research社から提供されているNW63CF付属物設置フランジを介して真空チャンバーのポートに設置され、真空球体の幾何学的中心にあるサンプルホルダー507上のサンプル508を狙う。サンプルは、金属フォイルサンプル508の表面とイオンビーム505とが45度の角度をなすような角度で位置決めされる。DC25のイオンビームのビーム直径は、真空の長さ100 mmにおいて25 mmである。1つの例では、イオン源504は、50%水素ガス及び50%重水素ガスの混合物を用いて動作される。別の例では、イオン源は、100%重水素ガスのガス比を用いて動作される。別の例では、ガス比は、(以下で説明するような)所望の効果を最大にするために、100%水素ガス及び0%重水素ガスから0%水素ガス及び100%重水素ガスまで段階的に調整される。
【0059】
システムの動作中に放出される荷電粒子は、Ortec社から提供されているRシリーズ検出器等のシリコンベースの表面バリア荷電粒子検出器502を用いて検出される。1つの例では、600mm2の検出器サイズを有するOrtec社のRシリーズ検出器が、サンプルホルダー507と同様にホルダーロッドを介して真空チャンバー506の内部に検出器502をしっかりと固定して設置するステンレス鋼検出器ホルダー509上に設置される。検出器ホルダー509は、ポートフランジの内部のマウントを介して真空チャンバーに取り付けられる。検出器502は、真空チャンバーの幾何学的中心にあるサンプルホルダー507上のサンプル508の方向に向いている。1つの例では、真空チャンバー506内の検出器502の位置は、検出器が、一方の球面方向において45度及び他方の球面方向において0度の弧によって真空チャンバー506の円周上でイオン源504から離隔されるような位置である。サンプル金属フォイル508は、イオンビーム504に対して45度の角度に方位付けされている(上記説明参照)ので、検出器502の表面と金属フォイルサンプル508の表面とは、この構成では平行である。1つの例では、検出器502の表面とサンプル508の表面との間の距離は50 mmである。別の例では、検出器502の位置は、(以下で説明するような)所望の効果の観測結果を最大にするために変動される。検出器502は、チャンバーポート内の電気フィードスルーを介して、真空チャンバー506の外部に配置されたOrtec142前置増幅器に接続され、その後、Ortec672スペクトロスコピー増幅器及びOrtec428バイアス電源に接続される。スペクトロスコピー増幅器の出力は、OrtecEASY-MCA8kマルチチャネルアナライザーを介してデジタル化及びビン化される。このアナライザーは、USBを介してWindowsコンピューターに接続され、このコンピューターでは、Ortec Maestroソフトウェアが、スペクトル当たり1分にわたるカウントの累積値を有する荷電粒子スペクトルを表示及び記録する。この1分スペクトルは、その後、後処理においてより長い期間にわたって更に蓄積される。1つの例では、システムが動作される12時間期間にわたる全ての1分スペクトルは合算され、累積スペクトルが形成される。スペクトロスコピー増幅器の利得は、1MeV~20 MeVの範囲の荷電粒子放出をシステムの動作中に監視することができるように設定される。検出サブシステムは、約5.4 MeVのアルファ粒子を放出するAm-241較正源(Eckert & Ziegler社から入手可能)を用いて較正することができる。1つの例では、加えて、Thermo Scientific社から提供されているFHT 762 Wendi-2広エネルギー中性子検出器等の中性子検出器503が、真空チャンバー506の隣(チャンバーの外部)にチャンバーの50 cmの距離内に配置される。
【0060】
イオン源504が動作され、水素核及び重水素核を用いてサンプル508をボンバードすると、それらの核のうちの幾つかは金属フォイル内に注入される。エネルギーイオンを用いた注入及びその後のボンバードメントの結果、入射するH-2発射物及びH-1発射物のうちの幾つかは、それぞれの低エネルギー核融合反応断面積に従って、金属フォイル格子に注入されたH-2イオン及びH-1イオンのうちの幾つかと融合する。加えて、イオンビームボンバードメントは、THzレジームにおけるフォノンを含めて、金属フォイル508の格子内に高周波数フォノンを生成し、したがって、フォノン核カップリング強度を局所的に増加させ、核励起移動、すなわち、解放された核結合エネルギーの、このエネルギー解放が発生する核から周囲の格子内の他の核への移動を容易にする。
【0061】
フォノン核カップリング強度が十分に高い金属フォイルサンプル508の領域では、核融合反応から解放された結合エネルギーが、フォノン媒介核励起移動を介して金属フォイルの格子内のLi-6核及びLi-7核に移動する。励起状態のLi-6核及びLi-7核のその後の崩壊は、これらの核種のそれぞれの一時的な励起からのそれらの崩壊から通常予想される核反応生成物をもたらし、荷電粒子検出器502及び中性子検出器503を用いて測定される。その結果、この例示的な実施形態は、1次核反応からの通常予想される反応生成物を削減又は抑制しながら、1次核反応(水素核融合反応)が2次核反応(励起Li-6及びLi-7の壊変)からの反応生成物をもたらすシステムを記述している。
【0062】
より一般的に言えば、この例示的な実施形態では、フォノン媒介核励起移動は、(第1の核反応[第1のエネルギーを有するエネルギー粒子]から第2の核反応/壊変の反応生成物[第2のエネルギーを有するエネルギー粒子]への)核反応生成物の変化をもたらす。」
「【図13】
[図:0001421901000007.jpg]
」
キ 4.2. フォノン核カップリング強度パラメーター(【0078】、【図24】)
「 【0078】
4.2. フォノン核カップリング強度パラメーター
上記説明が示すように、核励起移動のどの形式(インコヒーレント核励起移動、共鳴核励起移動、非共鳴核励起移動等)が所与の構成において現れるのか、したがって、どの効果(光子放出、核の壊変及び荷電粒子放出の変化等)が現れるのか、したがって、どのアプリケーションを所与のシステムにおいて実施することができるのかは、そのシステムにおけるフォノン核カップリング強度と、エネルギー移動が起こるカップリングされた量子システムのコヒーレンスが維持される時間の量とに決定的に依存する。フォノン核カップリング強度は、次のパラメーターとともに増大する。すなわち、核と相互作用するフォノンモードの数と、核と相互作用するフォノンモードにおけるエネルギー(フォノン周波数及びフォノン振幅に依存する)と、それぞれのカップリングされた量子システムに参加する核の数とともに増大し、カップリングされた量子システムに参加する核の核遷移エネルギーとは反比例して増大する。フォノン核カップリング強度は、それぞれの励起移動に関与する核の核遷移の初期状態と最終状態との間のカップリングを記述する特性カップリング行列要素にも依存する(これらの要素とともに増大する)。これらの依存関係を図24に示す。すなわち、核遷移エネルギー及びフォノン分極は、カップリングされた量子システムにおける核の数とともにカップリング行列要素の大きさに影響を与え、フォノンエネルギーは、それぞれのフォノン核カップリング強度に影響を与える。図24において、実線矢印は依存関係を表し、非実線矢印は、依存関係ペア(すなわち、実線矢印の両端の2つのブロック)における従属変数及び独立変数がどのように相関するのかを示す。実線矢印803によって表すような、核遷移エネルギーとこれによる影響を受けるそれぞれのカップリング行列要素との間の関係803の場合に、上向きの非実線矢印802及び下向きの非実線矢印801は、他の全てのファクターが一定に保持されるとき、高い核遷移エネルギーほど、より小さなカップリング行列要素になることを記述している。」
「【図24】
[図:0001421901000008.jpg]
」
(2) 原子核の励起についての本願出願時の技術常識
原子核の励起について、次の事項は本願の出願時の技術常識であると認められる。参考として、当該事項が技術常識であることを裏付ける本願の発明の詳細な説明の記載がある場合は、その段落番号を括弧内に示す。
ア 原子核は、核状態として知られる離散的なエネルギー準位を示し、元の核状態と結果の核状態との間のエネルギー差に一致したエネルギーを原子核内に移動させることができる場合に、結果の核状態、すなわち、エネルギー準位に励起することができること。
イ 原子核の励起及び脱励起は、通常、光子を介したエネルギーの吸収若しくは放出、又は、特に中性子、荷電粒子、若しくは光子等のエネルギー粒子を介したエネルギーの吸収若しくは放出を通じて起こり、エネルギー粒子と原子核との間の相互作用は、励起核を生成し、励起核は、短時間の後に崩壊し、反応生成物の生成をもたらすこと。(【0010】)
ウ フォノン核相互作用による核励起移動は、本発明までは検討されておらず、核励起移動及び関連したアプリケーションは、本開示まで可能であると考えられていなかったこと。(【0020】・【0022】)
(3) 本願発明におけるフォノン媒介核励起移動について
発明の詳細な説明には、本願発明のフォノン媒介核励起移動、特に、本件原子核グループにおけるフォノン媒介核励起移動について、次の事項が記載されていると認められる。該当する記載がある段落番号を括弧内に示す。
ア 凝縮物質媒体はリチウムフォイルを含み、第2の原子核グループはLi-6核を含み、第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含み、放出されるエネルギー粒子は、三重水素(H-3)核及びヘリウム-4(He-4)核を含むこと。(【0013】)
イ フォノン核カップリングの強度は、エネルギーが移動することができる速度を決定し、他のエネルギー移動及び変換チャネルが利用可能であることと組み合わせると、これは、システム内の利用可能なエネルギーが向かう場所及びどのような巨視的な効果が生じるのかを決定すること、(【0025】)また、フォノン核カップリング強度及びエネルギー移動の代替チャネルは、格子のフォノンモード、それぞれのモードにおけるフォノンエネルギー、カップリングされた量子システムのコヒーレンスが維持される時間の長さ、量子システムに参加する核の核種等の複数のパラメーターに依存すること、(【0026】)フォノン核カップリング強度は、核と相互作用するフォノンモードの数と、核と相互作用するフォノンモードにおけるエネルギー(フォノン周波数及びフォノン振幅に依存する)と、それぞれのカップリングされた量子システムに参加する核の数とともに増大し、カップリングされた量子システムに参加する核の核遷移エネルギーとは反比例して増大すること。(【0078】)
ウ 核融合反応から解放された核結合エネルギーがフォノン媒介核励起移動を介してLi-7核602に移動し、それによって、そのLi-7核602が励起状態になること。(【0039】)
エ 核励起移動に誘起された2次反応を通じた核反応生成物の変化を示すシステム500は、サンプルアセンブリ510と、粒子検出器502と、イオン源504によって生成されるH及びDイオンビーム505とを含み、サンプルアセンブリ510は、真空チャンバー506と、真空チャンバー506内でサンプルホルダー507上に支持されるサンプル508とを含むこと。(【0055】)
オ イオンビームボンバードメントは、THzレジームにおけるフォノンを含めて、金属フォイル508の格子内に高周波数フォノンを生成し、したがって、フォノン核カップリング強度を局所的に増加させ、核励起移動、すなわち、解放された核結合エネルギーの、このエネルギー解放が発生する核から周囲の格子内の他の核への移動を容易にし、フォノン核カップリング強度が十分に高い金属フォイルサンプル508の領域では、核融合反応から解放された結合エネルギーが、フォノン媒介核励起移動を介して金属フォイルの格子内のLi-6核及びLi-7核に移動し、励起状態のLi-6核及びLi-7核のその後の崩壊は、これらの核種のそれぞれの一時的な励起からのそれらの崩壊から通常予想される核反応生成物をもたらし、荷電粒子検出器502及び中性子検出器503を用いて測定されること。(【0060】・【0061】)
(4) 当審の判断
ア 本願の発明の詳細な説明の記載が本願発明について実施可能要件を満たすために必要な事項
(ア) 前記(1)によれば、本願発明の技術的意義は、原子核を励起するのに十分なエネルギー準位にある光子を生成するには、関連コストを伴い及び低効率である大きな粒子加速器の使用を必要とする傾向があり、多くの核プロセスのスケーラビリティ及び関心のあるアプリケーションが妨げられ、また、適切なエネルギー準位にある中性子の生成は、複雑かつ非効率的であることが多く、高エネルギーの光子及び中性子は、シールドするのが困難である可能性があり、したがって、人間に対して危険を表すだけでなく、周囲に不要な放射線照射をもたらす可能性があるという課題があったことから、その課題を解決するために、危険レベルを低下させ、スケーラビリティ及び経済性を改善する可能性を有する、原子核との間で励起エネルギーを移動させる代替のメカニズムのシステムを提供することにあると認められる(【0011】)。そして、当該システムにおける代替のメカニズムとは、イオンビームによって生成される高周波数フォノンが、第2の原子核グループと相互作用し、第1の原子核グループの第1のエネルギーを第2の原子核グループに移動させること(【0012】)であると認められる。
しかるに、このような技術的意義をもつ本願発明は、フォノン媒介核励起移動、すなわち、「前記生成されたTHz周波数フォノンは、更に前記第1の原子核グループ及び前記第2の原子核グループと相互作用し、前記第1の原子核グループの前記第1のエネルギーを前記第2の原子核グループに移動させること」と、さらに、本件原子核グループ、すなわち、「前記第1の原子核グループは重水素(H-2)核及びプロチウム(H-1)核を含み、前記第2の原子核グループはLi-6核を含[む]」ことを発明特定事項としている。そうすると、本願の発明の詳細な説明の記載が本願発明について実施可能要件を満たすというためには、前記記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、当業者がこれらの発明特定事項、つまり、本件原子核グループにおいて、フォノン媒介核励起移動を実施できる必要があるといえる。
(イ) しかるに、前記(2)ウで示した本願出願時の技術常識のとおり、フォノン核相互作用による核励起移動は、本発明までは検討されておらず、核励起移動及び関連したアプリケーションは、本開示まで可能であると考えられていなかったのであり、このことは、フォノン媒介核励起移動は、本願出願時にはそのような現象が存在すること自体公知とはいえない上、観測もされていないことを意味する。なお、【0018】には、本願と同一の出願人による国際特許出願PCT/US2018/35883号にフォノン核相互作用に基づく核励起移動のためのシステム及び方法が記載されているとされており、同国際特許出願に係る国際公開第2018/226597号は本願の出願前に公開されているが(公開日 2018年12月13日)、同国際特許出願に対応する国内出願である特願2020-516793号は実施可能要件違反を理由とする拒絶査定が確定している。したがって、同国際公開の内容をもってフォノン媒介核励起移動が存在することが公知であり、観測されているものと認めることはできない
(ウ) そして、本願発明の属する核物理学の技術分野においては、前記(2)アで示したように、元の核状態と結果の核状態との間のエネルギー差に一致したエネルギーを原子核内に移動させることができる場合に、結果の核状態、すなわち、エネルギー準位に励起することができることが本願出願時の技術常識であるところ、本件原子核グループにおける励起移動されるエネルギーは、本願発明において特定されているとおり、H-2核及びH-1核の核融合により放出される5.5MeVのエネルギーであるのに対して、テラヘルツ(THz)周波数フォノン1個のエネルギーは、たかだかmeVオーダーであり、両者の大きさは109倍程度異なっている。そうすると、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を実現するためには、ある原子核からエネルギーを受け取り、他の原子核にエネルギーを与えるフォノンモードの数を109程度まで増加させる必要があり、しかも、このフォノンモードの数を109程度まで増加させたフォノン媒介核移動励起が、例えば光子を介したエネルギーの吸収や放出(前記(2)イで示したとおり、原子核の励起及び脱励起におけるエネルギー移動の経路であることが技術常識である。)といった他のエネルギー移動及び変換チャネルより高速で生じなければならない(前記(3)イ)。これらのところ、109のフォノンが実質的に同時にある原子核から他の原子核にエネルギーを移動させる確率は、励起エネルギーと同程度のエネルギーを有する単一の光子を介したエネルギー移動の確率に比較して圧倒的に低く、本願出願時の核物理学の常識からはそのようなことが生じるとは考え難いといえる。
(エ) そうすると、当業者が発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を実施することができるというためには、単に理論的な考察によりその実現可能性を示すのみでは足りず、これらの現象を実現できることを実験的に示し、さらに、これらの現象を再現性をもって実現できる程度に具体的な条件を示す必要があるというべきである。
(オ) なお、【0018】に記載の国際特許出願PCT/US2018/35883号に係る国際公開第2018/226597号の内容をもってフォノン媒介核励起移動が存在することが公知であり、観測されているものと認めることはできないことは前記(イ)で述べたとおりであるが、加えて、同国際公開においては本件原子核グループにおけるフォノン媒介核励起移動は開示されていない。そして、本願の前記(3)イのように、本願の明細書においてはフォノン媒介核励起移動が生じるかどうかを決定するフォノン核カップリング強度は核種に依存するとされていること、また、ある核反応が実際に起こるかどうかは実験的な裏付けが必要であることが本願発明の属する核物理学の技術分野の技術常識であることを勘案すれば、仮に同国際公開の内容をもってフォノン媒介核励起移動が存在することが公知であるとしても、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動が実現できることの実験的な裏付けが不要であるとはいうことはできない。
イ 実験的な裏付けと具体的な条件の記載について
そこで、本願の発明の詳細な説明の記載をみると、当該記載には、実際に本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を実現できることが実験的に示されておらず、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を再現性を持って実現できる程度の具体的な条件もまた不明である。
すなわち、前記(3)ア及びウは、本件原子核グループやフォノン媒介核励起移動について単にその現象自体が記載されるにとどまり、実験的な裏付けや再現性を担保するものではない。また、前記(3)エにはシステムの構成について具体的に記載されており、同オでは当該システムにおいて核融合反応から解放された結合エネルギーが、フォノン媒介核励起移動を介して金属フォイルの格子内のLi-6核及びLi-7核に移動することが記載されているものの、実験的な裏付け、例えば同オに記載される「励起状態のLi-6核及びLi-7核のその後の崩壊は、これらの核種のそれぞれの一時的な励起からのそれらの崩壊から通常予想される核反応生成物をもたらし、荷電粒子検出器502及び中性子検出器503を用いて測定されること」を裏付ける測定結果はなんら示されていないし、仮に核反応生成物が測定されたとしても、これが(前記(2)イで示した技術常識のように光子等を介したエネルギー移動ではなく)フォノン媒介核励起移動を介したものであることを裏付ける根拠も何ら示されていない。
さらに発明の詳細な説明の他の記載を見ても、実際に本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動が実現できることを実験的に示した記載は存在しない。
ウ 理論的な実現可能性についての記載について
前記(3)オには、イオンビームボンバードメントにより高周波フォノンを生成することにより、フォノン媒介核励起移動が生じるかどうかを決定するフォノン核カップリング強度を局所的に増加させることにより、核励起移動を容易にすることが記載されている。
しかしながら、この記載は、イオンボンバードメントによる高周波フォノンの発生によるフォノン媒介核励起移動の実現可能性を述べるにとどまるのであって、前記アで検討したように、当業者が発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を実施することができるというためには、単に理論的な考察によりその実現可能性を示すのみでは足りないのであるから、当該記載をもって、実際に本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動が実現できることが裏付けられているとはいえない。
エ 小括
以上のとおり、本願の発明の詳細な説明には、実際に本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を実現できることが実験的に示されておらず、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を再現性をもって実現できる程度に具体的な条件が示されていないから、本願の発明の詳細な説明は、本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
(5) 請求人の主張について
ア 請求人は、当業者が本願発明のシステムを再現できるように図13に示す実験セットアップを発明の詳細な説明に記載していることを主張しているが、図13及びこれに関連する記載箇所には、実験的な裏付け、例えば「励起状態のLi-6核及びLi-7核のその後の崩壊は、これらの核種のそれぞれの一時的な励起からのそれらの崩壊から通常予想される核反応生成物をもたらし、荷電粒子検出器502及び中性子検出器503を用いて測定されること」を裏付ける測定結果はなんら示されていないし、仮に核反応生成物が測定されたとしても、これがフォノン媒介核励起移動を介したものであることを裏付ける根拠も何ら示されていないことは前記(4)イで説示したとおりである。
イ 請求人は、フォノンを介した核励起移動の実験的証拠は、国際特許出願PCT/US2018/035583号に記載されている旨主張しているが、当該国際特許出願に係る国際公開第2018/226597号の開示をもってフォノン媒介核励起移動が存在することが公知であり、観測されているものと認めることはできないことは前記(4)ア(イ)で説示したとおりであるし、また、仮に同国際公開の内容をもってフォノン媒介核励起移動が存在することが公知であるとしても、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動が実現できることの実験的な裏付けが不要であるとはいうことはできないことは前記(4)ア(オ)で説示したとおりである。
ウ 請求人は、米国特許や種々の文献を挙げて、フォノン媒介核励起移動が実施可能であることを主張しているようであるが、フォノン媒介核励起移動について、本願出願時にはそのような現象が存在すること自体公知とはいえない上、観測もされていないのであり、したがって、本願の発明の詳細な説明が実施可能要件を満たすためには、単に理論的な考察によりその実現可能性を示すのみでは足りず、これらの現象を実現できることを実験的に示し、さらに、これらの現象を再現性をもって実現できる程度に具体的な条件を示す必要があることは前記(4)アで説示したとおりである。そして、本願出願時にはそのような現象が存在すること自体公知ではなく、観測もされていない、フォノン媒介核励起移動を実験的に示すことが本願出願時の技術常識で補えるとは到底考えられないことに照らせば、この点についての発明の詳細な説明の記載の不足を、他の文献によって補うことにより、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると主張したとしても、拒絶理由は解消されない。さらにいえば、請求人が挙げる文献のうち、本願の出願時に公知であるいずれの文献においても、本件原子核グループにおけるフォノン媒介核励起移動の実験的な裏付けは記載されていない。
エ 請求人はその他にも低エネルギー核反応についてなど縷々主張しているが、いずれも実際に本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を実現できることが実験的に示されておらず、本件原子核グループにおいてフォノン媒介核励起移動を再現性をもって実現できる程度に具体的な条件が示されていないとの拒絶の理由を解消するものではない。
したがって、請求人の主張を採用することはできない。
(6) 小括
したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
3 当審の判断のまとめ
以上検討のとおり、本願は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2023-014978