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特許拒絶査定不服審判

2023-014216

脳内の炎症の抑制又は軽減剤

審判番号
2023-014216
法域
特許
審判種別
拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
出願番号
特願2021-538375
請求日
2023年08月24日
審決日
2025年09月29日
公報発行日
2026年03月27日
結論
請求不成立
当事者
  • 【請求人】リウ ジュン
  • 【請求人代理人】弁理士法人三枝国際特許事務所
  • 【請求人】日本臓器製薬株式会社
  • 【請求人代理人】弁理士法人三枝国際特許事務所
審判長/審判官
  • 審判長 冨永 みどり
  • 審判官 山村 祥子
  • 審判官 星 功介
分類
P18 .16 -Z (A61K) / P18 .113-Z (A61K)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条の2、特許法第17条の2第6項、特許法第17条の2第5項、特許法第29条、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第184条の6第2項、特許法第29条第1項第3号
データ出所
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事件の表示

特願2021-538375「脳内の炎症の抑制又は軽減剤」拒絶査定不服審判事件〔令和 2年 8月 6日国際公開、WO2020/154941、令和 4年 4月 6日国内公表、特表2022-521125〕について、次のとおり審決する。

結論

結 論 本件審判の請求は、成り立たない。

理由

理 由 第1 手続の経緯 本願は、2019年(平成31年)1月30日を国際出願日とする出願であって、その出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。 令和3年12月 9日 :手続補正書の提出 令和4年10月26日付け :拒絶理由通知 令和5年 1月31日 :意見書、手続補正書の提出 同年 4月17日付け :拒絶査定 同年 8月24日 :審判請求書、手続補正書の提出 同年10月18日 :手続補正書の提出(審判請求書を補正するもの) 第2 令和5年8月24日にされた手続補正についての補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 令和5年8月24日提出の手続補正書による手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正について (1)本件補正前(令和5年1月31日提出の手続補正書)の特許請求の範囲の記載は以下のとおりである。 「 【請求項1】 ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を有効成分として含有する脳内の炎症の抑制又は軽減によりアルツハイマー病の認知機能を改善するための薬剤。 【請求項2】 上記脳内の炎症の抑制又は軽減が、BDNF-TrkBを介する細胞内シグナル伝達の促進によるものである請求項1に記載の薬剤。 【請求項3】 上記細胞内シグナル伝達の促進によりグリア細胞の活性化が抑制される請求項2に記載の薬剤。 【請求項4】 上記グリア細胞がミクログリア又はアストロサイトである請求項3に記載の薬剤。 【請求項5】 上記細胞内シグナル伝達の促進によりNF-κB経路の関連タンパク質の活性化が抑制される請求項2~4のいずれか一項に記載の薬剤。 【請求項6】 上記NF-κB経路の関連タンパク質がIκB又はp65である請求項5に記載の薬剤。 【請求項7】 上記脳内の炎症の抑制又は軽減が炎症誘発性サイトカインの発現の抑制によるものである請求項1~6のいずれか一項に記載の薬剤。 【請求項8】 上記炎症誘発性サイトカインが1L-1β、IL-6又はTNF-αである請求項7に記載の薬剤。 【請求項9】 アルツハイマー病の軽減、進行抑制又は治療剤である請求項1~8のいずれか一項に記載の薬剤。 【請求項10】 上記炎症組織がウサギの皮膚組織である請求項1~9のいずれか一項に記載の薬剤。 【請求項11】 注射剤である請求項1~10のいずれか一項に記載の薬剤。 【請求項12】 経口剤である請求項1~10のいずれか一項に記載の薬剤。 【請求項13】 脳内の炎症の抑制又は軽減によりアルツハイマー病の認知機能を改善するための薬剤を製造するためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。 【請求項14】 上記脳内の炎症の抑制又は軽減が、BDNF-TrkBを介する細胞内シグナル伝達の促進によるものである請求項13に記載の使用。 【請求項15】 上記細胞内シグナル伝達の促進によりグリア細胞の活性化が抑制される請求項14に記載の使用。 【請求項16】 上記細胞内シグナル伝達の促進によりNF-κB経路の関連タンパク質の活性化が抑制される請求項14又は15に記載の使用。 【請求項17】 上記NF-κB経路の関連タンパク質がIκB又はp65である請求項16に記載の使用。 【請求項18】 上記脳内の炎症の抑制又は軽減が炎症誘発性サイトカインの発現の抑制によるものである請求項13~17のいずれか一項に記載の使用。 【請求項19】 上記薬剤がアルツハイマー病の軽減、進行抑制又は治療剤である請求項13~18のいずれか一項に記載の使用。」 (2)本件補正後(令和5年8月24日提出の手続補正書)の特許請求の範囲の記載 上記(1)の本件補正前の特許請求の範囲の記載は、以下のとおり、本件補正後の特許請求の範囲の記載に補正された。なお、下線は補正箇所を示す。 「【請求項1】 脳内の炎症の抑制又は軽減によりアルツハイマー病患者の認知機能を改善するための薬剤を製造するために、唯一の有効成分としてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用する方法。 【請求項2】 上記脳内の炎症の抑制又は軽減が、BDNF-TrkBを介する細胞内シグナル伝達の促進によるものである請求項1に記載の方法。 【請求項3】 上記細胞内シグナル伝達の促進によりグリア細胞の活性化が抑制される請求項2に記載の方法。 【請求項4】 上記細胞内シグナル伝達の促進によりNF-κB経路の関連タンパク質の活性化が抑制される請求項2又は3に記載の方法。 【請求項5】 上記NF-κB経路の関連タンパク質がIκB又はp65である請求項4に記載の方法。 【請求項6】 上記脳内の炎症の抑制又は軽減が炎症誘発性サイトカインの発現の抑制によるものである請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。」 2 本件補正の目的の適否について (1)本件補正は、少なくとも以下の補正を含むものである。 ア 本件補正前の請求項13(補正後の請求項1に対応する)に記載された「アルツハイマー病」を「アルツハイマー病患者」とする補正。 イ 本件補正前の請求項13(補正後の請求項1に対応する)に記載された「薬剤を製造するためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。」を、「薬剤を製造するために、唯一の有効成分としてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用する方法。」とする補正。 (2)本件補正の目的 ア 上記(1)アの補正は、令和5年4月17日付けの拒絶査定のなお書きにおいて、「アルツハイマー病の認知機能」という記載は、病気自体が認知機能を有しているわけではないため、当該記載は不明確である。」と指摘されていたところ、アルツハイマー病「患者」の認知機能と補正したものであるから、特許法第17条の2第5項4号の明りようでない記載の釈明を目的とするものに該当する。 イ 上記(1)イの補正は、「使用。」を「使用する方法。」と補正する補正事項を含むが、「使用。」とは、「使用する方法。」と同義である。 また、上記(1)イの補正は、薬剤を製造するために使用される「ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物」を、「唯一の有効成分として」使用することを特定するものであり、本件補正前の請求項13に記載された発明と、本件補正後の請求項1に記載される発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である。 したがって、上記(1)イの補正は、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 3 独立特許要件の充足性(特許法第17条の2第6項)について 上記2(2)イで検討したとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、本件補正後の発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について、以下、検討する。 (1) 本件補正発明1について 本件補正による補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明を再掲すると次のとおりであり、以下、これを「本件補正発明1」という。 「【請求項1】 脳内の炎症の抑制又は軽減によりアルツハイマー病患者の認知機能を改善するための薬剤を製造するために、唯一の有効成分としてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用する方法。」 (2) 原査定で引用された先願について ア 先願の記載事項 原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願の日前の2018年12月27日を国際出願日とする日本語特許出願(PCT/JP2018/048141号)(以下「先願」という。)であって、本願の出願日後の2019年7月4日に国際公開(国際公開第2019/131879号)され、特許法第184条の6第2項の規定により願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面とみなされる国際出願日における明細書、請求の範囲又は図面(以下、「先願明細書等」という。)には、以下の事項が記載されている(下線は、特に注釈等がない限り、当審合議体が付したものであり、「…」は摘記の省略を示す。)。 ここで、先願に係る発明をした者と本願の発明者とは同一ではなく、また、本願の出願時において、本願の出願人と先願の出願人とは同一ではない。 (ア) [0015]~[0020] 「[0015] すなわち、本願発明には、例えば下記の態様が包含される。 (1)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (2)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が含有する、上記(1)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (3)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有する、上記(1)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (4)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素がペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞において産生されるものである、上記(1)~(3)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (5)脳保護薬である、上記(1)~(4)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (6)脳保護薬の作用が脳内排出系に対する亢進作用によるものである、上記(5)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (7)脳保護薬が脳梗塞の予防・治療又は再発予防薬である、上記(5)又は(6)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (8)脳保護薬が認知症の予防・治療薬である、上記(5)又は(6)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 (9)認知症がアルツハイマー型認知症である、上記(8)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。 ・・・ [0019] (33)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進に用いるためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。 (34)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素がペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞において産生されるものである、上記(33)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。 (35)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進が脳保護又は睡眠導入・改善に用いるためである、上記(33)又は(34)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。 (36)脳保護が脳梗塞の予防・治療又は再発予防である、上記(35)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。 (37)脳保護が認知症の予防・治療である、上記(35)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。 (38)認知症がアルツハイマー型認知症である、上記(37)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。 [0020] (39)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生を促進する医薬の製造におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。 (40)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素がペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞において産生されるものである、上記(39)に記載の使用。 (41)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進する医薬が脳保護薬又は睡眠薬である、上記(39)又は(40)に記載の使用。 (42)脳保護薬が脳梗塞の予防・治療又は再発予防薬である、上記(41)に記載の使用。 (43)脳保護薬が認知症の予防・治療薬である、上記(41)に記載の使用。 (44)認知症がアルツハイマー型認知症である、上記(43)に記載の使用。」 (イ) [0036]~[0038] 「[0036] 実施例1 本抽出物の製造 健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種し、発痘した皮膚を切り取り採取した。採取した皮膚はフェノール溶液で洗浄・消毒を行なった後、余分のフェノール溶液を除去し、破砕して、フェノール溶液を加え混合し、3~7日間放置した後、さらに3~4日間攪拌しながら35~40℃に加温した。その後、固液分離して得た抽出液を塩酸でpH4.5~5.2に調整し、90~100℃で30分間、加熱処理した後、濾過して除蛋白した。さらに、濾液を水酸化ナトリウムでpH9.0~9.5に調整し、90~100℃で15分間、加熱処理した後、固液分離した。 [0037] 得られた除蛋白液を塩酸でpH4.0~4.3に調整し、除蛋白液質量の2%量の活性炭を加えて2時間撹拌した後、固液分離した。採取した活性炭に水を加え、水酸化ナトリウムでpH9.5~10とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。遠心分離で沈澱した活性炭に再び水を加えた後、水酸化ナトリウムでpH10.5~11とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。両上清を合せて、塩酸で中和し、本抽出物を得た。 [0038] 実施例2 薬理試験 次に、上記実施例1で得られた本抽出物を被験物質として用いたL-PGDS産生促進作用に関する薬理試験の方法及び結果を示す。・・・」 (ウ) [0069]~[0072] 「[0069]試験例7:アルツハイマー型認知症モデル動物の脳内アミロイドβ沈着とL-PGDS発現に対する評価(当審注:当該下線は先願の記載に基づくものである。) (1)認知能に関する行動学的解析及びサンプル調製 APPswe/PS1dE9(APP/PS1)マウス(雌性3ヶ月齢)を各群体重が均等になるように被験物質投与群とコントロール群に分け(各群10~11匹)、約3ヶ月間にわたり各々被験物質(100 NU/kg体重)又は生理食塩液を週2回、尾静注した。最終投与後、認知能に関する行動学的解析(Y字迷路試験、新奇物体認識試験及びモリス水迷路試験)を行った。各試験において、A:Y字迷路試験では交替行動率(%)、B:新奇物体認識試験では新奇物体に対するアクセス頻度(%)、及びC:モリス水迷路試験では学習期間の終了時までの4日間(6~9日目)のプラットホーム発見に要する平均時間(秒)を各々測定し、個体ごとに統合スコア(A×B÷C)を算出した。各群2個体ずつの測定結果を表6に示す。 [図:0001432352000001.jpg] [0071] 表6から明らかなように、被験物質投与群による認知能の改善作用が観察され、この作用は群間では統計学的に有意であった。 認知能に関する行動学的解析後(最終投与24時間後)、被験物質投与群及びコントロール群において、麻酔下断頭により脳を採取し、左半球を液体窒素バスにて急速凍結した。また、残りの右半球は、(A)グルタールアルデヒドを含む固定液(0.05%グルタールアルデヒド、4%パラフォルムアルデヒド、0.1Mリン酸バッファー)又は(B)PLP固定液(0.01Mメタ過ヨウ素酸ナトリウム、0.075Mリジン、2%パラフォルムアルデヒド)により固定した(4℃)。固定組織標本からクライオスタット(Leica CM1850)により大脳皮質を含む冠状面切片(厚さ20μm)を作製した。 [0072] (2)大脳皮質におけるアミロイドβ沈着に対する評価(免疫組織化学染色法) 上記(1)で作製した被験物質投与群及びコントロール群の冠状面切片について、抗アミロイドβ抗体(anti-β-amyloid、1-16、[SIG-39300]、BioLegend社、1:1000)による免疫組織化学的染色を行った。アミロイドβは、Alexa Fluor 488-conjugated抗体(1:500;Molecular Probes、Eugene)と反応後に4’,6-diamidino-2-phenylindole(DAPI;1:1000;Kirkegaard & Perry Laboratories)による核染色を行い、Fluorescent microscope(BX60;Olympus, Japan)で蛍光観察した。結果の一例を図11に示す。 [0073] 図11に示される通り、被験物質投与により認知能の改善が認められた個体では、コントロール群に比べて脳アミロイド斑の数及び表面積が低下していた。」 (エ) 図11 「 [図:0001432352000002.jpg] 」 イ 先願発明 上記ア(ア)の記載事項によれば、先願明細書等には、「リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生を促進する医薬の製造におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。」であって、「リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進する医薬が脳保護薬」であり、「脳保護薬が認知症の予防・治療薬」であり、「認知症がアルツハイマー型認知症である」ことが記載されている。 また、上記ア(イ)、(ウ)、(エ)の記載事項によれば、先願明細書等には、「健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種し、発痘した皮膚を切り取り採取し」、「採取した皮膚はフェノール溶液で洗浄・消毒を行なった後、余分のフェノール溶液を除去し、破砕して、フェノール溶液を加え混合し、3~7日間放置した後、さらに3~4日間攪拌しながら35~40℃に加温し」、「その後、固液分離して得た抽出液を塩酸でpH4.5~5.2に調整し、90~100℃で30分間、加熱処理した後、濾過して除蛋白し」、「さらに、濾液を水酸化ナトリウムでpH9.0~9.5に調整し、90~100℃で15分間、加熱処理した後、固液分離し」、「得られた除蛋白液を塩酸でpH4.0~4.3に調整し、除蛋白液質量の2%量の活性炭を加えて2時間撹拌した後、固液分離し」、「採取した活性炭に水を加え、水酸化ナトリウムでpH9.5~10とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得」、「遠心分離で沈澱した活性炭に再び水を加えた後、水酸化ナトリウムでpH10.5~11とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得」、「両上清を合せて、塩酸で中和し、本抽出物を得た」ことが記載されている。さらに、当該「本抽出物を被験物質とし」、「アルツハイマー型認知症モデル動物」である「APPswe/PS1dE9(APP/PS1)マウス」を「被験物質投与群とコントロール群に分け」、「約3ヶ月間にわたり各々被験物質(100 NU/kg体重)又は生理食塩液」を「週2回、尾静注し」、「最終投与後、認知能に関する行動学的解析(Y字迷路試験、新奇物体認識試験及びモリス水迷路試験)を行った」ところ、「被験物質投与群による認知能の改善作用が観察され」たこと、及び、「被験物質投与群及びコントロール群の冠状面切片について」「抗アミロイドβ抗体(anti-β-amyloid、1-16、[SIG-39300]、BioLegend社、1:1000)による免疫組織化学的染色を行った」ところ、「被験物質投与により認知能の改善が認められた個体では、コントロール群に比べて脳アミロイド斑の数及び表面積が低下していた」ことが記載されている。これらの記載からみて、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を投与したアルツハイマー型認知症モデル動物において、認知能の改善が観察され、脳アミロイド斑の数及び表面積が低下したことが、実験的な裏付けをもって示されている。 そうすると、先願明細書等には、アルツハイマー型認知症モデル動物の認知能の改善のためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が記載されており、さらに、上記ア(ア)[0020]の記載事項を踏まえれば、先願明細書等には、次の発明(以下「先願発明」という。)が記載されていると認める。 「アルツハイマー型認知症モデル動物の認知能の改善のための医薬の製造におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。」 (3) 本件補正発明1と先願発明の対比 本件補正発明1と先願発明とを対比する。 先願発明の「アルツハイマー型認知症モデル動物の認知能の改善のための医薬」は、本件補正発明1の「アルツハイマー病患者の認知機能を改善するための薬剤」に相当する。 また、先願発明の認定の基礎となった上記(2)ア(ウ)の試験例7において、アルツハイマー型認知症モデル動物に尾静注された被験物質はワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物自体であるから(上記(2)ア(イ))、先願発明においてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物は唯一の有効成分である。 さらに、先願発明の「使用。」と本件補正発明1の「使用する方法。」とは同義である。 そうすると、本件補正発明1と先願発明は、 「アルツハイマー病患者の認知機能を改善するための薬剤を製造するために、唯一の有効成分としてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用する方法。」である点で一致し、以下の点で一応相違する。 <一応の相違点1> 薬剤の用途について、本件補正発明1では、「脳内の炎症の抑制又は軽減により」アルツハイマー病患者の認知機能を改善するためと特定されているのに対して、先願発明ではそのような特定はない点。 (4) 判断 ア 一応の相違点1について 上記一応の相違点1について検討する。 (ア) 一般に、用途発明とは、ある物の未知の属性を発見し、この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見出したことに基づく発明であるから、発見された未知の属性に基づき、その物について従来公知の用途とは区別し得る新たな用途を提供したといえる場合には、用途発明として新規性を有し得るものといえる。 そして、「医薬用途発明」の場合、「新たな用途」とは、特定の疾病への適用と、用法又は用量が特定された特定の疾病への適用を意味するものである。 (イ) 本件補正発明1は、特定の医薬用途に適用する薬剤を製造するために、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用する方法の発明であるが、上記(3)で検討したように、先願発明との相違点は、薬剤の用途のみであるから、本件補正発明1と先願発明との同一性は、上記(ア)で述べたように、先願発明の薬剤の用途とは区別し得る新たな用途を提供したものであるか否かという観点で判断することが妥当である。 そこで、薬剤の用途に係る上記一応の相違点1について検討する。 (ウ) 本願明細書には、「AD(当審注:アルツハイマー病の略語)は、その特徴としてアミロイドβ(Aβ)の細胞外蓄積を引き起こして、それが斑(plaque)を形成」し、「ADにおいてはAβが炎症性受容体(TNFR1、IL-1Rなど)に結合して炎症を活性化するという説得力のあるエビデンスがあ」るところ(【0002】)、「ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚から抽出されたよく知られた鎮痛剤である」「ノイロトロピン(登録商標;日本臓器製薬株式会社の製品)(以下「NTP」という。)」(【0004】)の「長期間投与により」、「ADの行動的及び病理学的変化を確実に再現し、AD研究において広く使用されている」「APP/PS1マウスの認知障害が十分に改善したこと」(【0035】~【0036】)、及び「ミクログリア細胞症、アストログリア増殖症及び炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、及びTNF-α)といった神経炎症に対するNTPの抑制作用が明らかになった」こと(【0036】)が記載されている。 すなわち、本願明細書には、アルツハイマー病はAβの細胞外蓄積を特徴とする疾患であって、Aβによる脳内の炎症活性化によって発生するところ、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が脳内の炎症の抑制又は軽減するという作用機序(属性)を有することを発見し、当該作用機序(属性)に基づいてアルツハイマー病患者の認知機能を改善するために使用できることを確認したことが記載されている。 そして、上記一応の相違点1に係る「脳内の炎症の抑制又は軽減により」という特定は、上記作用機序(属性)を発見したことに基づいて、「アルツハイマー病患者の認知機能を改善するため」という医薬用途の作用機序を特定したものである。 (エ) そして、上記(3)で検討したように、本件補正発明1と先願発明は、薬剤の唯一の有効成分が「ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物」である点で同一であり、また、薬剤の適用対象も「アルツハイマー病患者」である点で同一であり、薬剤を投与する目的も「認知機能の改善」である点で同一である。 このように、薬剤における唯一の有効成分が同一である以上、その成分を、薬剤の適用対象を同じくする「アルツハイマー病患者」に対して、同じ投与目的をもって投与した場合、同一の作用機序により効果を発揮することは明らかである。 そうすると、本願明細書の実施例において、たとえ、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物について作用機序を見い出し、本件補正発明1において、アルツハイマー病患者の認知機能の改善における作用機序を特定しても、先願発明の薬剤の用途とは異なる、新たな用途を提供するものとは認められない。 (オ) 本件補正発明1において、特定の患者群を適用対象とすることは何ら特定されていないが、仮に、「脳内の炎症の抑制又は軽減により」という作用機序の特定により、特別な患者群を選択して適用するといった特定の疾病への適用という用途を特定しようとすると解した場合について検討しておく。 本願明細書には、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が、「脳内の炎症の抑制又は軽減により」という作用機序による「アルツハイマー病患者の認知機能を改善」と、そうではない作用機序による「アルツハイマー病患者の認知機能を改善」について、比較して異なる薬理作用があることを裏付ける薬理試験結果について記載がないことはもちろん、そもそも、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の投与に際して、特別な患者群を選択して適用するとか、用法又は用量が特定された特定の疾病へ適用するといった新たな医薬用途への使用に適することを説明する記載は何ら見当たらない。 そうすると、作用機序の特定により、本件補正発明1は新たな用途を提供したものとは認められない。 (カ) したがって、上記一応の相違点1は実質的な相違点ではない。 よって、本件補正発明1は先願明細書等に記載された発明である。 イ 審判請求人の主張について 審判請求人は、令和5年10月18日提出の手続補正書により補正された審判請求書の請求の理由(以下単に「請求の理由」という。)において、一般的に薬剤は、対象疾患のみならず、作用機序によっても区別されるのが通常であって、医療用医薬品においては、通常、添付文書において作用機序が示されており、これに基づいて適用できる患者群の選択や他の薬剤との併用が可能であるか否かの検討・判断が行われており、併用が忌避されない異なる作用機序の薬剤を併用することにより、より効果的な治療を行うことができる可能性があること、作用機序が異なることは、当然、併用注意の薬剤も異なってくる訳であり、それはその使用方法、適用患者の選別、適用判断にも相違を生じさせるものであって新たな用途を提供するものであること、本件補正発明1の薬剤の作用機序は、既存のアルツハイマー治療薬の作用機序(アセチルコリンエステラーゼ阻害、NMDA型グルタミン酸受容体の非競合的拮抗)(甲1~4)や先願発明における作用機序(リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進)のいずれとも異なることを主張する。 以下、審判請求人の主張について検討する。 まず、審判請求人は、医療用医薬品の作用機序とその使用方法等の一般的な関係について述べた上で、「作用機序が異なる」ことは新たな用途を提供するものであること、及び、本件補正発明1の薬剤の作用機序は先願発明の薬剤の作用機序とは異なる旨主張するが、本件補正発明1と先願発明は、薬剤における唯一の有効成分が同一である以上、その成分を、薬剤の適用対象を同じくする「アルツハイマー病患者」に対して、「認知機能の改善」という同じ投与目的で投与した場合、同一の作用機序により効果を発揮することは明らかであるから、本件補正発明1の薬剤と先願発明の薬剤は、作用機序が「異なる」ものではない。 したがって、請求人の主張はその前提が成り立たないものである。 また、審判請求人は、本件補正発明1の薬剤の作用機序は、既存のアルツハイマー治療薬の作用機序と異なる旨主張するが、ここで検討しているのは、本件補正発明1と先願発明の同一性であるから、本件補正発明1の薬剤の作用機序と、異なる他の薬剤の作用機序の違いは、上記判断に影響を与えるものではない。 仮に、本願明細書において、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の作用機序を見出したことにより、使用方法、適用患者の選別、適用判断にも相違を生じさせる旨主張していると解したとしても、そもそも、本件補正発明1において、薬剤の使用方法、適用患者又は適用判断について何ら特定されていないのであるから、請求人の当該主張は、請求項の記載に基づかない主張であり、採用することはできない。 さらに、本願明細書において、本件補正発明1の薬剤において、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の作用機序を見出したことにより、使用方法、適用患者の選別、適用判断にも相違を生じさせ、新たな医薬用途を提供することについても、何ら具体的な説明はされていないから、本件補正発明1の薬剤は、先願発明の薬剤の用途とは異なる、新たな用途を提供するものとは認められない。 したがって、「脳内の炎症の抑制又は軽減」という作用機序を特定することにより、先願発明の「アルツハイマー病患者の認知機能を改善する」という用途とは区別し得る新たな用途を提供するものとはいえず、審判請求人の主張は採用できない。 (5) 小括 したがって、本件補正発明1は、先願明細書等に記載された発明と同一であり、先願に係る発明をした者と本願の発明者とは同一ではなく、本願の出願時において、本願の出願人と先願の出願人とは同一ではないので、特許法29条の2規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 4 本件補正についてのむすび よって、本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。 第3 本願発明について 1 本願発明の認定 本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1及び13に係る発明は、令和5年1月31日受付の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1及び13に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。 「【請求項1】 ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を有効成分として含有する脳内の炎症の抑制又は軽減によりアルツハイマー病の認知機能を改善するための薬剤。」(以下「本願発明1」という。) 「【請求項13】 脳内の炎症の抑制又は軽減によりアルツハイマー病の認知機能を改善するための薬剤を製造するためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。」(以下「本願発明13」という。) 2 原査定の拒絶の理由 令和5年4月17日付けの拒絶査定における拒絶の理由は、以下の理由を含むものである。 ・理由(拡大先願)本願発明1及び本願発明13は、その出願の日前の日本語特許出願であって、その出願後に国際公開がされた下記先願の日本語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の日本語特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記日本語特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない(同法第184条の13参照)。 ・理由(新規性)本願発明1及び本願発明13は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物3に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 <引用文献等一覧> 1.PCT/JP2018/048141号(国際公開第2019/131879号、特願2019-530517号)(先願) 3.老年期の痴呆症状を呈する患者に対するノイロトロピンの使用経験 パイロットスタディー,薬理と治療,Vol.15 No.10,1987年,p. 4235-4251 3 先願及び引用文献 (1)先願 ア 先願明細書等の記載事項 原査定の拒絶の理由で引用された先願における先願明細書等の記載事項は、前記第2の3(2)に記載したとおりである。 イ 先願明細書等に記載された発明 先願明細書等に記載された先願発明は、上記第2の3(2)イに記載したとおりであって、以下に再掲する。 「アルツハイマー型認知症モデル動物の認知能の改善のための医薬の製造におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。」 また、先願明細書等には、以下の発明も記載されていると認める。 「ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を有効成分として含有するアルツハイマー型認知症モデル動物の認知能の改善のための医薬。」 (以下「先願発明’」という。) (2)引用文献3 ア 引用文献3の記載事項 原査定の拒絶の理由で引用され、本願出願前に発行された、表題を「老年期の痴呆症状を呈する患者に対するノイロトロピン(R)(当審注:(R)は丸の中にR。以下同様。)の使用経験 -パイロットスタディ-」とする学術文献である引用文献3(老年期の痴呆症状を呈する患者に対するノイロトロピンの使用経験パイロットスタディー,薬理と治療,Vol.15 No.10,1987年,p. 4235-4251)には、以下の事項が記載されている(下線と表中の枠囲みは当審合議体が付したものであり、「…」は摘記の省略を示す。なお、引用文献3の要旨は英文のため、その記載事項は翻訳文で示す。)。 (ア) 4235頁要旨 「認知症の老年患者24名が、8週間、1日1回、ノイロトロピン(R)特号ccのアンプル3本を投与された。臨床効果は、従来の長谷川スケールと、ゴットフリース、ブレーン、及びスティーン(GBS、1982)により導入された最近のスコア表を含む少なくとも2種類の認知症指標を使用して評価された。これらの評価尺度により、感情、行動、および知能の障害などの症状において、薬物療法によるある程度の改善を検出することができた。特に、最も顕著な改善は運動行動に見られ、感情の改善を伴うことが多かった。最も高い改善度は少数の症例にのみ見られたものの、相当数の患者で中等度(37.5%)またはわずかだが有意な(62.5%)変化が見られた。この治療による明らかな悪化は認められなかった。この結果は、ニューロトロピンが望ましくない副作用のリスクがほとんどなく、老年性認知症患者の治療に適用できることを示唆している。」 (イ) 4236頁右欄8行~4237頁右欄1行 「I 対象と方法 1 対象 脳血管性痴呆,アルツハイマー型老年痴呆を主とし,その他の脳器質性障害を有する中~軽症(長谷川式簡易知的精神機能評価スケール,以下「長谷川式DRスケール」という)の入院患者24例を対象としたが,それぞれの詳細を表1に示した。治験にあたっては丸1(当審注:「丸1」は丸の中に1。以下「丸2」~「丸5」も同様。)幻覚,妄想,不安,不眠,興奮,夜間譫妄の強い者,その既往のある患者,アルコール中毒,覚醒剤中毒などの薬物中毒,丸2 けいれん素質,丸3 うつ病および精神分裂症,丸4 てんかん発作,その既往のある者,丸5 腎疾患などの重篤な合併症を有し医師が不適としたものは除外することとした。治験は患者または保護者,親権者の同意のもとに行うこととした。 2 薬剤および投与方法 1)ノイロトロピン特号3ccを1日1回3アンプルを静脈内または点滴静注で投与し,投与期間は8週間を1クールとした。なお,試験期間は1986年10月から1987年1月までである。 2)併用薬 治験期間中は他の脳代謝賦活剤,脳血管拡張剤あるいは向精神薬(抗不安薬,抗うつ薬,抗精神薬)は併用しないことを原則とし,治験開始前にすでに使用していた例では,治験前1週間wash outを行うこととした。ただし,併用を中止できない場合には,少なくとも2ヵ月以上の併用薬の投与はあるものの症状の変化が認められない症例を対象とした。このため治験開始前の評価を行うとともに,治験開始後もそれら併用薬の用法あるいは用量は変更しないものとした。 3 評価方法 1)重症度の選定・評価は長谷川式DRスケールを用いて治験開始前,中止時あるいは終了時に評価した。 2)効果の評価は主な判定基準として、丸1 精神症状(意欲・感情)丸2 日常生活動作スケール(ADL)をとりあげ,表2に示した内容および項目について2・4・6・8週ごとに採点し痴呆症状の変化を追跡することにより行った。さらに症例によっては臨床検査(EEG,CTスキャン)を行い検討を加えた。 3)さらに補足的な効果判定として,GBS尺度(表6)による痴呆症状の評価を試み治験前後の成績を比較した。 4)副作用に関しては,神経系・末梢神経系・消化器および皮膚症状についてできるだけ詳しく観察し被験薬との関連について検討し,調査票に記入することとした。」 (ウ) 4237頁右欄2行~4247頁左欄4行 「II 結果 対象となった症例24例について治療効果をまとめた(表3)。そのうち,8週間投与できたもの21例,8週未満で中止したもの3例であった。 1 総合評価 集計した24例の総合評価を表4に示した。すなわち,「著明改善」3例,「中等度改善」6例,「軽度改善」6例,「不変」8例,「悪化」1例であった。したがって改善率は,「中等度改善」以上をとれば37.5%(24例中9例),「軽度改善」以上をとれば62.5%(24例中15例)であった。 2 痴呆症状(意欲・感情・ADL)に対する評価(表5) 1)意欲(図1-A) 全般改善度は4週目では,「著明改善」1例,「中等度改善」1例,「軽度改善」9例,「不変」12例,「悪化」1例であり,8週目では,「著明改善」2例,「中等度改善」3例,「軽度改善」9例,「不変」9例,「悪化」1例であった。したがって改善率は,「中等度改善」以上をとれば20.8%,「軽度改善」以上をとれば58.3%であった。 2)感情(図1-B) 全般改善度は4週目では,「著明改善」なし,「中等度改善」4例,「軽度改善」3例,「不変」16例,「悪化」1例で,8週目では,「著明改善」2例,「中等度改善」3例,「軽度改善」6例,「不変」13例,「悪化」なしであった。したがって改善率は,「中等度改善」以上をとれば20.8%,「軽度改善」以上をとれば45.8%であった。 3)ADL(図1-C) 全般改善度は4週目では,「著明改善」1例,「中等度改善」2例,「軽度改善」6例,「不変」14例,「悪化」1例であり,8週目では,「著明改善」2例,「中等度改善」5例,「軽度改善」4例,「不変」11例,「悪化」2例であった。したがって改善率は,「中等度改善」以上をとれば29.2%,「軽度改善」以上をとれば45.8%であった。」 (エ) 4238~4241頁表3 [図:0001432352000003.jpg] [図:0001432352000004.jpg] [図:0001432352000005.jpg] [図:0001432352000006.jpg] (オ) 4249頁右欄1~5行 「III 考察とまとめ ノイロトロピンはワクシニアウイルスを接種した家兎の炎症皮膚組織から抽出した有効成分で,市販の製剤としてはノイロトロピン特号3cc(1アンプル3ml中に有効成分として3.6mgを含有)がある。」 (カ) 4237頁表2 「 [図:0001432352000007.jpg] 」 イ 引用発明3 引用文献3には、「ワクシニアウイルスを接種した家兎の炎症皮膚組織から抽出した有効成分」である「ノイロトロピン」(上記ア(オ))を、「脳血管性痴呆,アルツハイマー型老年痴呆を主とし,その他の脳器質性障害を有する中~軽症(長谷川式簡易知的精神機能評価スケール,以下「長谷川式DRスケール」という)の入院患者24例」の「対象」(上記ア(イ))に、「8週間」「1日1回3アンプルを静脈内または点滴静注で投与」し、「長谷川式簡易知的精神機能評価スケール」を含む「認知症指標を使用して評価」したところ、「感情、行動、および知能の障害などの症状において、薬物療法によるある程度の改善を検出することができ」(上記ア(ア))、具体的には、24例の対象のうち、アルツハイマー型老年痴呆の患者は、表3のNo.1、No.3、No.4、No.5、No.10、No.18、No.21の7名であり、前記7名のうちノイロトロピン以外の脳代謝賦活剤,脳血管拡張剤あるいは向精神薬併用薬を併用しない患者は、No.3、No.4、No.10、No.18、No.21の5名であること(上記ア(エ))、治験開始前後の患者の長谷川式簡易知的精神機能評価スケールについて、No.4の患者は13.0→15.0、No.18の患者は18.0→25.5、No.21の患者は14.5→19.5となったこと(上記ア(エ))が記載されている。 ここで、引用文献3において、認知症指標の評価のために使用した長谷川式簡易知能評価スケールは、痴呆の認知機能を評価する方法として用いられているスケールであって、点数が低くなるほど認知機能が低下していることを示すものであることが、本願出願日当時における技術常識であることから(下記4(2))、引用文献3の表3のNo.4,No.18及びNo.21の患者の長谷川式DRスケールの「13.0→15.0」、「18.0→25.5」及び「14.5→19.5」の変化は、当該患者の認知機能の改善を示すものである。 また、認知症の老年患者に静脈内または点滴静注されたノイロトロピン特号3ccは、ノイロトロピンを有効成分として含有する薬剤であることは、上記ア(オ)から明らかである。 そうすると、引用文献3には、次の発明(以下「引用発明3」という。)が記載されていると認める。 「ワクシニアウイルスを接種した家兎の炎症皮膚組織から抽出したノイロトロピンを有効成分として含有する、アルツハイマー病患者の認知機能を改善するための薬剤。」 4 本願出願時における技術常識 (1)本願出願時における技術常識を示すために当審において引用する、本願出願前に発行された参考文献A(臨牀と研究・72巻11号(平成7年(1995年)) 2679~2690頁には、以下の事項が記載されている。 ア 2679頁左欄1~7行 「はじめに 痴呆の認知機能を評価する方法には大別して2通りの方法がある。被検者に一定の課題を与え,どの程度その課題を達成できるかによって障害の重症度を判定する方法と,症状あるいは行動を臨床的に観察し,障害の程度の見当をつける方法である。前者を質問式とすれば後者は観察式といえる。」 イ 2680頁左欄1行~2681頁左欄5行) 「I.質問式認知機能検査 1.改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R) 長谷川式簡易知能評価スケールは,わが国で開発された痴呆のスクリーニング検査として最も古い歴史があり,その簡便さとスクリーニング検査としての有用性によって広範に使われてきた。しかし,HDSが作成されて以来長い年月が経過し,時代的な背景にそぐわない質問項目を再検討する必要が生じたため最近HDS-R(表1)として改訂された1)。 HDS-Rでは,HDSと異なり,本人の生年月日のみ事前に確認できれば施行することができる。HDS-Rの最高得点は30点である。20点以下を痴呆,21点以上を非痴呆とした場合に最も高い弁別性(検知性0.90,特異性0.82)があることが示されている1)。」 (2) 参考文献Aの記載から把握できる本願出願時の技術常識 上記(1)ア及びイの記載によれば、長谷川式簡易知能評価スケールは、痴呆の認知機能の評価方法として用いられるものであって点数が低いほど痴呆の認知機能が低下していることを示すものであることは、本願出願日当時における技術常識である。 5 本願発明13について (1)対比・判断 本願発明13は、本件補正発明1の「アルツハイマー病患者」を「アルツハイマー病」とし、本件補正発明1の「薬剤を製造するために、唯一の有効成分としてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用する方法。」を、「薬剤を製造するためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。」としたものである。 上記第2の2(2)アにて説示したとおり、本願発明13の「アルツハイマー病」を本件補正発明1の「アルツハイマー病患者」とする補正は、明りようでない記載の釈明を目的としてなされた補正であるから、両者は実質的に同義である。 また、本願発明13の「使用。」と本件補正発明1の「使用する方法。」とは同義であるから、本願発明13の、「薬剤を製造するためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。」は、本件補正発明1の「薬剤を製造するために、唯一の有効成分としてワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を使用する方法。」から、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を「唯一の有効成分として」使用するという特定を除いたものである。 そして、本願発明13の発明特定事項を全て含み、さらにワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を「唯一の有効成分として」使用するという特定が付加したものである本件補正発明1が、前記第2の3(4)にて説示したとおり、先願明細書等に記載された発明と同一であるから、本願発明13も先願明細書等に記載された発明と同一である。 6 本願発明1について (1)本願発明1と先願発明’との対比・判断 ア 本願発明1と先願発明’との対比 本願発明1と先願発明’とを対比する。 先願発明’の「アルツハイマー型認知症モデル動物の認知能の改善のための医薬」は、本願発明1の「アルツハイマー病患者の認知機能を改善するための薬剤」に相当する。 そうすると、本願発明1と先願発明’とは、 「ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を有効成分として含有するアルツハイマー病の認知機能を改善するための薬剤。」である点で一致し、以下の点で一応相違する。 <一応の相違点2> 薬剤の用途が、本願発明1では、「脳内の炎症の抑制又は軽減により」アルツハイマー病患者の認知機能を改善するためと特定されているのに対して、先願発明’ではそのような特定はない点。 イ 判断 上記一応の相違点2について検討すると、上記一応の相違点2は上記第2の3(3)の一応の相違点1と同じであり、上記第2の3(4)アで説示した理由と同様の理由により、実質的な相違点とはいえない。 ウ 小括 したがって、本願発明1は、先願明細書等に記載された発明と同一であり、先願に係る発明をした者と本願の発明者とは同一ではなく、本願の出願時において、本願の出願人と先願の出願人とは同一ではないから、特許法29条の2の規定により、特許を受けることができないものである。 (2)本願発明1と引用発明3との対比・判断 ア 本願発明1と引用発明3との対比 本願発明1と引用発明3とを対比する。 引用発明3の「ワクシニアウイルスを接種した家兎の炎症皮膚組織から抽出したノイロトロピン」は、本願発明1の「ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物」に相当する。 そうすると、本願発明1と引用発明3は、 「ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を有効成分として含有する、アルツハイマー病の認知機能を改善するための薬剤。」である点で一致し、以下の点で一応相違する。 <一応の相違点3> 薬剤の用途が、本願発明1は、「脳内の炎症の抑制又は軽減により」アルツハイマー病の認知機能を改善するためと特定されているのに対して、引用発明3ではそのような特定はない点。 イ 判断 (ア)一応の相違点3について 上記一応の相違点3について検討する。 上記第2の3(4)ア(ウ)で説示したように、一応の相違点3に係る「脳内の炎症の抑制又は軽減により」という特定は、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が脳内の炎症の抑制又は軽減するという作用機序(属性)を発見したことに基づいて「アルツハイマー病の認知機能を改善するため」という医薬用途の作用機序を特定したものである。 しかし、上記アで検討したように、本願発明1と引用発明3は、薬剤の有効成分が「ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物」である点で同一であり、また、対象とする疾患が「アルツハイマー病」である点で同一であり、薬剤を投与する目的も「アルツハイマー病の認知機能の改善」である点で同一である。 このように、薬剤における有効成分が同一である以上、その成分を、同じ対象疾患及び同じ投与目的をもって投与した場合、同一の作用機序により効果を発揮することは明らかである。 そうすると、本願明細書の実施例において、たとえ、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物について作用機序を見い出し、本願発明1において、アルツハイマー病患者の認知機能の改善における作用機序を特定しても、引用発明3の薬剤の用途とは異なる、新たな用途を提供するものとは認められない。 本願発明1において、特定の患者群を適用対象とすることは何ら特定されていないが、仮に、「脳内の炎症の抑制又は軽減により」という作用機序の特定により、特別な患者群を選択して適用するといった特定の疾病への適用という用途を特定しようとすると解したとしても、本願明細書には、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が、「脳内の炎症の抑制又は軽減により」という作用機序による「アルツハイマー病患者の認知機能を改善」と、そうではない作用機序による「アルツハイマー病患者の認知機能を改善」について、比較して異なる薬理作用があることを裏付ける薬理試験結果について記載がないことはもちろん、そもそも、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の投与に際して、特別な患者群を選択して適用するとか、用法又は用量が特定された特定の疾病へ適用するといった新たな医薬用途への使用に適することを説明する記載は何ら見当たらない。 そうすると、作用機序の特定により、本願発明1は新たな用途を提供したものとは認められない。 (イ)審判請求人の主張 審判請求人は、請求の理由において、引用文献3には、ノイロトロピンによるアルツハイマー病患者の認知機能の改善作用は示されていないと主張する。 しかしながら、引用文献3には、上記3(2)イで述べたように、アルツハイマー型老年痴呆の患者に対してノイロトロピンを投与し、長谷川式簡易知的精神機能評価スケールを含む認知症指標を使用して評価したところ、表3のNo.4、No.18及びNo.21の患者において、ノイロトロピンの投与後に長谷川式簡易知的精神機能評価スケールの点数が高くなったことが、結果として示されている。そして、上記4(2)で述べたように、長谷川式簡易知能評価スケールが痴呆の認知機能の評価方法として用いられるものであることが本願出願日当時の技術常識であるから、引用文献3の表3のNo.4、No.18及びNo.21の患者の結果が、アルツハイマー型老年痴呆の患者に対するノイロトロピンの認知機能の改善作用を示すことは明らかである。 以上のことから、審判請求人の主張は採用できない。 ウ 小括 したがって、本願発明1は、引用文献3に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。 第4 まとめ 以上のとおりであるから、本願発明1は、特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないものである。また、本願発明1及び本願発明13は、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものである。したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。

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2023-014216

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