意匠無効審判
2021-880007
瓦
- 審判番号
- 2021-880007
- 法域
- 意匠
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 意願2020-009785
- 登録番号
- 1670710
- 請求日
- 2021年05月18日
- 審決日
- 2022年12月13日
- 公報発行日
- 2024年03月29日
- 結論
- 請求成立(無効)
- 当事者
- 【請求人】大成建設 株式会社
- 【請求人代理人】小坂 準記
- 【請求人代理人】茜ヶ久保 公二
- 【請求人代理人】細沼 萌葉
- 【請求人代理人】蕪城 雄一郎
- 【請求人】株式会社 隈研吾建築都市設計事務所
- 【請求人代理人】小坂 準記
- 【請求人代理人】茜ヶ久保 公二
- 【請求人代理人】細沼 萌葉
- 【請求人代理人】蕪城 雄一郎
- 【被請求人】小林瓦工業 株式会社
- 【被請求人代理人】鯉沼 敦規
- 【被請求人代理人】中前 佑一
- 【被請求人】碧南窯業 株式会社
- 【被請求人代理人】鯉沼 敦規
- 【被請求人代理人】中前 佑一
- 【被請求人】株式会社 神仲
- 【被請求人代理人】鯉沼 敦規
- 【被請求人代理人】中前 佑一
- 審判長/審判官
- 審判長 内藤 弘樹
- 審判官 小林 裕和
- 審判官 渡邉 久美
- 分類
- D1113.113-Z (L6-1)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 意匠法3条1項3号意匠法48条1項1号意匠法52条特許法169条2項民事訴訟法61条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 意匠法第15条、特許法第38条、意匠法第3条、意匠法第1条、意匠法第3条第1項第3号、意匠法第48条、意匠法第4条、意匠法第4条第2項、意匠法第52条、特許法第169条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の意匠登録第1670710号「瓦」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。
結論
結 論
意匠登録第1670710号の登録を無効とする。
審判費用は被請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 請求の趣旨及び答弁の趣旨
1 請求の趣旨
次を結論とする審決を求める。
(1)登録第1670710号意匠(本件意匠)の登録を無効とする。
(2)審判費用は被請求人の負担とする。
2 答弁の趣旨
次を結論とする審決を求める。
(1)本件審判の請求は成り立たない。
(2)審判費用は請求人らの負担とする。
第2 手続の経緯
1 本件意匠の出願から意匠公報の発行までの経緯
本件意匠についての、出願から本件無効審判請求の前までの手続の経緯の概略は以下のとおりである。
令和 2年 5月19日 :出願(意願2020-9785)
(特願2017-118407(出願日
2017.6.16)から分割された、
特願2020-28620の変更)
同年 5月19日付け:早期審査に関する事情説明書の提出
同年 6月26日付け:早期審査に関する報告書
同年 9月28日付け:登録査定
同年10月 2日 :意匠権の設定登録
同月19日 :意匠公報の発行
2 本件無効審判の手続の経緯
本件無効審判における手続の概略は、以下のとおりである。
令和 3年 5月18日 :審判請求書の提出
令和 3年 7月 1日付け:上申書の提出(請求人)
同年11月 5日 :審判事件答弁書の提出
令和 4年 1月14日差出:上申書の提出(被請求人)
同年 3月28日 :上申書の提出(被請求人)
同年 6月17日 :審判事件弁駁書の提出
同年 9月 5日差出:再答弁書の提出
11月22日付け:審理終結通知
第3 請求人が主張する無効理由
1 無効理由1(意匠法3条1項3号(新規性)違反)
本件意匠登録に係る意匠(以下「本件意匠」という。)は、意匠登録出願より前に公然知られた意匠である、万葉に釉薬を塗布して焼成し疑似漆喰模様を施した瓦(甲4、甲5。以下「本件模様瓦」という。)の構成のうち本件意匠に相当する部分の意匠(以下「本件模様瓦の意匠」という。)に類似するものであるから、意匠法3条1項3号の規定により意匠登録を受けることができないものであり、本件意匠登録は、同法48条1項1号により無効とされるべきである。
2 無効理由2(意匠法15条1項において準用する特許法第38条(共同出願)違反)
本件意匠登録は、意匠法15条1項において準用する特許法38条の規定に違反してされたものであって(共同出願違反)、意匠法48条1項1号により、無効とされるべきである。
第4 当事者の主張及び証拠方法
1 無効理由1(意匠法3条1項3号(新規性)違反)
(1)請求人の主張
ア 背景事実
被請求人小林瓦工業株式会社(以下「被請求人小林瓦」という。)は、令和2年8月13日に、本件意匠登録と意匠権者及び意匠に係る物品を共通にし、部分意匠である本件意匠登録に対して破線部分を全て実線で表し全体意匠とした意匠登録第1663938号(甲36、以下「被請求人ら全体意匠登録」という。)に係る意匠権侵害を根拠に、丸鹿セラミックス株式会社、有限会社三州鬼瓦センター、株式会社ハイオーニーを債務者として、東京地方裁判所に意匠権仮処分申立事件(令和2年(ヨ)第22075号、以下「本件仮処分事件」という。)を提起した(甲6)。
請求人らは、本件仮処分事件について法的な利害関係を有することを理由として、令和2年12月18日に補助参加申出書を提出して、補助参加した(甲7)。
本件仮処分事件の決定は、令和3年3月30日に、被請求人ら全体意匠登録は、「意匠登録出願前に公然知られた本件模様瓦の意匠に類似するものであり、意匠法3条1項3号の規定に違反してされたものであり、意匠登録無効審判により無効にされるべきものと認められる(同法48条1項1号)」としたうえで、債権者は、債務者らに対し、本件意匠権を行使することができないとして債権者(被請求人小林瓦)の申立てを却下した(甲8:仮処分決定書)。
イ 本件意匠
本件意匠の構成態様は、以下のとおりである。
[基本的構成態様]
A 正面視において、女瓦から連続して一体的に形成された半円筒形の男瓦の両側部と上部に、コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様が形成されている。
[具体的構成態様]
a 男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である。
b コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から隆起している。
ウ 本件模様瓦の意匠
(ア)本件模様瓦の意匠
被請求人小林瓦は、平成29(2017)年2月16日、石垣市に対し、本件模様瓦2枚、本件模様瓦等が撮影されている複数枚の写真等が掲載されている「美ら瓦(ちゅらかわら)」と題するパンフレット(甲4、以下「本件パンフレット」ともいう。)3部等を送付するとともに、請求人隈研吾事務所に対し、本件模様瓦及び軒先に用いる役物瓦を撮影対象とした別紙写真(甲5、以下「本件写真」ともいう。)、本件パンフレットの各電子データを電子メールに添付して、請求人隈研吾事務所の従業員である岡山直樹氏(以下「岡山氏」という。)に送信する方法により交付した(甲20)。
本件模様瓦の意匠は、本件意匠登録の出願日より前の平成29(2017)年2月16日に交付したものであり、本件意匠に係る物品と同一の物品である瓦に係る意匠である。
(イ)本件模様瓦の意匠が意匠登録出願前に公然知られた意匠であったこと
本件模様瓦の意匠が、意匠登録出願前に公然知られた意匠であったことは、前記アの本件仮処分事件における裁判所の判断から、以下のとおり明らかである。
すなわち、被請求人小林瓦が平成29年2月16日に請求人隈研吾事務所に対し交付した、本件模様瓦等を撮影対象とする本件写真及び本件模様瓦等を撮影した複数枚の写真を掲載した本件パンフレットの内容に照らすと、同日には、本件模様瓦の意匠は、請求人隈研吾事務所の従業員らにおいて現実に知られたと認められる。
そして、請求人隈研吾事務所が、本件模様瓦の意匠について秘密保持義務を負っていなかったことは明らかである。
すなわち、まず、請求人隈研吾事務所は、被請求人小林瓦との間で、本件模様瓦の意匠に関し、秘密保持についての契約を締結していなかった。なお、この事実については、本件仮処分事件において被請求人小林瓦も争っていない。
そして、被請求人小林瓦が請求人隈研吾事務所に交付した本件パンフレットは、「美ら瓦(ちゅらかわら)」と題するもので、その電子データにも「ちゅら瓦パンフレット」というファイル名が付されており、2枚目及び3枚目は本件模様瓦等の写真合計8枚が掲載されているという簡単なものではあるものの、1枚目には、本件模様瓦の写真3枚のほかシーサーや空の写真が掲載され、宜伝文句、商品仕様、製造販売元、その住所、担当者名及び同人の携帯電話番号が記載されていた。このような本件パンフレットの体裁は、そこに記載されている瓦を、被請求人小林瓦と特別の関係がない者に対して紹介し、また、そのような者が関心を持って購入等することに向けて宣伝するという、宣伝、広告のための一般的なパンフレットのものといえる。
また、請求人隈研吾事務所は、被請求人小林瓦に対し、石垣市長に対する説明のためにパンフレット等の資料の送付を依頼したことはなかった。それにも関わらず交付された本件パンフレットには、それが関係者に対するものであるなどの記載はなかったし、被請求人小林瓦が請求人隈研吾事務所に本件パンフレットを交付する際、それが関係者に対する内部的なものであるとか正式な販売前の製品のパンフレットであるなどとの説明はなかった。これらの事情は、請求人隈研吾事務所において、上記のような体裁を有する本件パンフレットが、宣伝、広告のための一般的なパンフレットと同様のものであると理解することになる事情といえる。
本件パンフレットを交付するに至る経緯についてみると、被請求人小林瓦は、本件瓦工事に採用されることを企図して、疑似漆喰模様を施した瓦を製造して、平成28年11月には、請求人隈研吾事務所の岡山氏と面談し、その後、請求人隈研吾事務所に対し本件模様瓦1枚を交付し、平成29年2月、請求人隈研吾事務所から、石垣市役所において説明を予定していて、本件模様瓦と同様の瓦2枚を石垣市に送付してほしい旨の依頼を受けて、石垣市に対し本件模様瓦のほかに本件パンフレットを交付し、また、請求人隈研吾事務所に対し本件写真及び本件パンフレットを交付したものである。このように、被請求人小林瓦は、請求人隈研吾事務所に対して、平成29年2月より前から、本件模様瓦を含む被請求人小林瓦が模様を付した瓦等を交付していたが、それらの交付の際に、その意匠の秘密保持について触れることはなかった。
被請求人小林瓦が、前記のとおり、製造した瓦を請求人隈研吾事務所に交付するなどして本件瓦工事に関与することについての活動をしていたといえる状況で、被請求人小林瓦は、本件模様瓦の秘密保持については触れることはなく、上記のような体裁、内容の本件パンフレット等を交付した。本件パンフレットを交付された請求人隈研吾事務所の従業員等は、被請求人小林瓦との間で秘密保持に係る何らの契約も締結していないのに、本件模様瓦が第三者に内容を明らかにしていない開発中のものであってその意匠について被請求人小林瓦から秘密保持義務を課されていると認識することは困難であったといえるし、また、信義則上又は社会通念上若しくは商慣習上、本件模様瓦の意匠について秘密保持義務を負っていたと認めることもできない。
したがって、本件模様瓦の意匠は、被請求人小林瓦が平成29年2月16日に請求人隈研吾事務所に対し本件パンフレットを交付したことにより本件意匠登録出願前に公然知られたものと認められるものである。
(ウ)本件模様瓦の意匠の構成態様
本件模様瓦の意匠の構成態様は、甲4及び甲5における以下の瓦の画像を参照すると、以下のとおりである。
[基本的構成態様]
A 正面視において、女瓦から連続して一体的に形成された半円筒形の男瓦の両側部と上部に、コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様が形成されている。
[具体的構成態様]
a 男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である。
b コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分と面一である。
エ 本件意匠と本件模様瓦の意匠との対比
以上を前提として、本件意匠と本件模様瓦の意匠とを対比する。
本件意匠と本件模様瓦の意匠の基本的構成態様は一致する。
本件意匠と本件模様瓦の意匠の具体的構成態様は、本件意匠が「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から隆起している。」(本件意匠の具体的構成態様b)というものであるのに対し、本件模様瓦の意匠が「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分と面一である。」(本件模様瓦の意匠の具体的構成態様b)点で異なり、その他の具体的構成態様は一致する。
オ 本件意匠と本件模様瓦の意匠との類否
本件意匠と本件模様瓦の意匠の基本的構成態様は一致する。
そして、前記エのとおり、本件意匠においては、本件模様に関わる「男瓦の両側部と上部に、コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様が形成されている。」(基本的構成態様A)及び「男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である。」(具体的構成態様a)という態様は、特に需要者の注意を引く部分であるところ、本件意匠と本件模様瓦の意匠は、この点において一致する。
本件意匠と本件模様瓦の意匠を全体的に観察すると、基本的構成態様や、特に注意を引く部分を含む、ほとんどの具体的構成態様で一致する。これらの共通点がもたらす印象に比べると、差異点であるコ字状のラインの模様の部分の隆起の有無は、本件意匠における隆起の程度の小ささからしても、その差異が類否判断に及ぼす影響は小さい。本件意匠と本件模様瓦の意匠は、全体として観察すると、共通点における印象が差異点における印象を凌駕し、類似するものである。
したがって、本件意匠は、本件模様瓦の意匠に類似する。
カ 請求人隈研吾事務所に対する甲4号証及び甲5号証の交付経緯
甲4号証は「ちゅら瓦パンフレット.pdf」として、甲5号証は「DSC_0582.JPG」として、甲20号証の電子メールに添付して交付されたものであり、甲4号証及び甲5号証は、すべて甲20号証の平成29(2017)年2月16日付けメールに添付されて被請求人小林瓦から岡山氏に交付されたものである。
甲4号証及び甲5号証がメールに添付された経緯については、請求人らは、本件仮処分事件で、請求人隈研吾事務所は単に現物の瓦のサンプルの送付を依頼したにすぎず、本件パンフレットや写真等を送付してほしいという依頼は何らしていないのに、被請求人小林瓦から突如として一方的に甲4号証及び甲5号証が添付されて交付されてきたと主張し、現に本件仮処分事件の決定においても認定されている。
また、請求人らは、本件パンフレットが交付されたとき(それ以前の被請求人小林瓦と請求人隈研吾事務所との一切のやり取りも含む。)において、被請求人小林瓦から意匠の秘密保持について触れられることはなかった。このことは本件仮処分事件の決定においても是認され、認定されている。
以上の経緯により、甲4号証及び甲5号証は、いずれも甲20号証のメールに添付されて被請求人小林瓦から請求人隈研吾事務所に交付されたものである。
請求人隈研吾事務所は被請求人小林瓦に対して、甲4号証及び甲5号証を添付して送付してほしいという依頼は何らしておらず、被請求人小林瓦が突如として一方的に請求人隈研吾事務所に交付してきたのであって、本件仮処分事件の決定において認定されているように甲4号証及び甲5号証の交付の際(及びそれ以前も含む。)、被請求人小林瓦が請求人隈研吾事務所に対し、それが関係者に対する内部的なものであるとか正式な販売前の製品のパンフレットであるなどの説明をすることはなかったのである。
キ 被請求人らの主張について
(ア)被請求人らは、後記(2)アのとおり、新規性喪失の例外証明書において、「隈氏」が公開者と記載されているのであるから、隈氏が本件模様瓦にかかる意匠を知っていたとしても新規性が喪失されたことにはならないと主張する。
被請求人らの主張は、隈氏が「その秘密を保持すべき立場にあったことから、その者へのデザインの開示は「公開」にはあたらず」と隈氏に信義則上の秘密保持義務が生じていた旨を述べているが、これまで再三、本件仮処分事件においても主張してきたように、本件において隈氏を含め請求人隈研吾事務所には秘密保持義務が生じていない。公共事業としての性質からすると、設計選定プロポーザルの段階などから、設計業者は、施工業者等の関係者や一般市民に対して、デザインを公表することが求められる上、設計段階とは別の業者が施工を担当する可能性があることを前提に設計されるものである以上、信義則上又は社会通念上若しくは商慣習上、設計業者に対して、デザインを第三者に開示しないことが暗黙のうちに求められ、そのことが期待されるということは到底、認められない。
(イ)被請求人らは、後記(2)イのとおり、隈氏との間で秘密保持義務が存在していないとして、本件意匠との関係で特殊な関係にある者である隈氏が同意匠を知ったとしても、未だ「公然知られた」状態にあるとは言えない」と主張する。
しかしながら、被請求人らの主張は、サンドペーパーエアグラインダー事件判決を独自に解釈し、秘密保持義務を負う者ではなくとも、単に「特殊な関係にある者」でありさえすれば、その者が知っても「公然知られた」状態にならないと主張するもので、明らかに失当である。
「公然知られた」状態であると言えないと認められるには単に「特殊な関係にある者」というだけでは足りず、「特殊な関係にある者」のうち「秘密保持義務が生じている者」だけが知っている状態が必要なのである。
したがって、被請求人らの主張は「秘密保持義務を負っていない者」であっても「特殊な関係にある者」というだけで、そのような者が知っても未だ「公然知られた」状態にないと主張するもので、これまでの裁判例に整合しない独自の解釈であって失当である。
(2)被請求人の主張
ア 新規性喪失の例外
意匠を受ける権利を有する者の行為に起因して、公然知られることとなった意匠であっても、起因行為日から、6ヶ月以内に、出願と同時に新規性喪失の例外証明書を提出すれば、公然知られた意匠とならない(平成30年改正前意匠法第4条、2項、3項、同法3条1項各号)。
本件において、被請求人らの特許(意匠)登録出願代理人弁理士:竹中一宣は、平成29年6月16日、特許庁に対し、元となる特許出願(特願2017-118407)の時に、新規性の喪失の例外証明書を提出した(甲3)。
本件意匠の公報を確認すると、これと同様に、意匠法第4条第2項の適用を申請した。
当該例外証明書では、公開者欄に「隈研吾」と記載があり、隈氏が、平成29年2月19日、石垣市健康福祉センターで、石垣市役所新庁舎の設計コンセプトを説明し(市民説明会)、しっくいの代わりに上薬を使った赤瓦を使用することを報告した事実が記載されている。
これは、同人が、同年2月16日に、本件パンフレット(甲4)を交付したことにより本件模様瓦の意匠を知ったものの、そのこと自体を「公然知られた」(つまり「公開」)とは扱わず、その後同人が市民説明会において、本件模様瓦のデザインを発表したことをもって、意匠を「公開」したと扱っているからである。
すなわち、隈氏は当時未公開の本件模様瓦の意匠を知りうる立場にあり、その秘密を保持すべき立場にあったことから、その者へのデザインの開示は「公開」にはあたらず、そのため例外証明書においても特にその点は問題視されなかったと理解すべきである。
したがって、平成29年2月16日時点で隈氏が本件模様瓦にかかる意匠を知っていたとしても、新規性が喪失されたことにはならない。
イ 「公然知られた」の意義
そもそも、公知意匠の意匠登録が許されない趣旨は、出願時に新規性を有していない意匠に新たに意匠権を付与してインセンティブを与えても、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与(意匠法第1条の目的)することがなく、かえってこれを阻害する点にある。
このようにインセンティブを与えるべきでない場合である「公然知られた」とは、不特定人又は多数の者に現実に知られている状態にあることを要すると解されている 。そして、不特定人という以上、当該意匠と特殊な関係にある者や、ごく偶然の事情を利用した者だけが知っているだけでは、未だ「公然知られた」状態にあるとは言えない。
サンドペーパーエアグラインダー事件判決は、「当該意匠と特殊な関係にある者」の定義について、秘密保持義務が課されているような者に限定していない。
すなわち、法の趣旨に合致すれば、当該意匠と特殊な関係にある者が知っているだけでは、未だ「公然知られた」状態にあるとは言えない。
隈氏は、本件意匠について、石垣市新庁舎の設計担当者の立場において、設計コンセプトへの適合という視点から課題を指摘・提案する特殊な立場であった。当時、詳細が未公開であった本件意匠に接し、指摘や提案する特殊な立場にある者(しかも、同氏は、外部に本件意匠をオフィシャルに発表する場:市民説明会における発表者でもある。)が意匠の内容を知ったとしても、未だ新規性を失わないものとして意匠権を付与することは、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与することという意匠法第1条の目的を何ら阻害するものではない。
したがって、当該意匠と特殊な関係にある者である隈氏が同意匠を知ったとしても、未だ「公然知られた」状態にあるとは言えない。
ウ 隈氏が本件意匠と特殊な関係にある理由等の詳細
(ア)本件意匠の瓦開発の経緯について
まず、被請求人:小林瓦代表者(小林宣夫)は、2016年11月21日、石垣市新庁舎工事の件で、隈研吾事務所の担当者(岡山直樹氏)と初めて面談した。
その際、試作段階の美ら瓦1枚、及び、イメージ写真(甲4)を持参した。小林瓦代表者は、岡山氏に対し、試作品の瓦は未だ一般販売しておらず施工実績はないものの、商品開発が成功すれば、本物の漆喰を使用することなく、伝統的な沖縄の屋根が再現できるようになること、石垣新庁舎を実用化第一号とするため、自社で、いわば勝手に開発を進めてきたことを話した。
その後、2017年2月13日には、岡山氏から小林瓦代表者に対し、隈氏が試作品の瓦を大変気に入っている、という内容のEメールが届いた(甲21の1)。
2017年2月19日、隈氏は、石垣市主催の市民説明会において、「白のうわぐすりを使った新しい瓦を、・・・開発中」であると説明をした。同説明会の内容は、地元新聞で記事となり、「石垣らしい建物を」「新開発の赤瓦も使用」等と、新庁舎に対して市民に大いに期待を抱かせる文面で紹介された(甲23の1)。
同時期に、小林瓦代表者は、石垣市役所の新庁舎建設工事担当部署の大城智一朗氏ら(乙16:当時の石垣市総務部新庁舎建設室室長ら)との間で、開発中の瓦が、石垣市をスタートポイントとして、日本全国、そして世界へと発信していく商品にしようと夢を語っていた。
同時期頃、隈研吾事務所は、小林瓦代表者に対し、擬似漆喰模様の部分に厚みを持たせて漆喰を塗ったように見せることができないか、とのリクエストをした。
これを受けて、小林瓦代表者は、擬似漆喰部分に4~5mmの厚みを持たせる試作に取り掛かった(甲20)。
被請求人らは、隈研吾事務所から頂いた当該課題を反映した試作品を製作し、同事務所に交付した。
結果的に、この試作は出来栄えや手間・コストなどの面で思わしくなかったため、小林瓦代表者の判断で不採用としたものの、その代わりに擬似漆喰模様のコの字の模様の幅を若干広げるデザインを採用することにした。
2017年2月頃、試作品のデザインの方向性が定まった。
(イ)上記の一連の事情は、隈研吾事務所及びその内部者、さらには石垣市が、開発中の瓦の意匠と特別の関係にあることを、まさに示しているといえる。
そもそも、建築業界においては、設計者と被請求人のような業者との間で、資材となる製品のデザインについて調整を行うことは珍しいことではないが、特に本件のように、オーダーメイドの新製品を製造する場合には、相互に課題を共有し意思疎通を図りながら、製品を完成させていかなければならない。
本件においては、被請求人と隈研吾事務所は、まさに瓦のデザインの調整に向けて適時情報・課題を共有しながら、意思疎通を図ってきた。
(ウ)したがって、開発中の瓦の意匠は、「公然知られた意匠」であるとはいえず、公知意匠には該当しない。
エ 特殊な関係にある者への開示が「公然知られた」の要件に該当しないことに関して
秘密にすべき関係があるといえるには、必ずしも、秘密保持義務が認められる必要まではなく、また、取引相手に対する秘密保持の指示、要求、それを理解したことの確認なども必要ではない。更に、取引相手が秘密保持義務を課せられている認識の有無は問われない。
あくまで、開示の相手が秘密扱いとすることを暗黙のうちに求められ、かつ、開示者が期待し信頼する関係にあればよいのである。
すなわち、当事者間の客観的な関係性に焦点を当てて、秘密保持義務にまでは至らないにしても、求められ期待・信頼される関係があるかどうかが判断されるべきなのである。
説明会における発表前の段階において、隈研吾氏や石垣市という工事関係者に限って瓦のデザインを開示したとしても、なお「秘密を脱した」というには及ばない。また、請求人隈研吾事務所は、瓦の形態が秘密であることの認識可能性があったと言える客観的な状況も存在する。
特に、被請求人にとっては、自社商品を新庁舎に使用してもらう上で、設計担当者である請求人隈研吾事務所に採用してもらうことが何より重要なことであった。そのために、被請求人の方から、積極的に請求人隈研吾事務所にアプローチして提案してきた経緯がある。その際に、世界的に著名な建築家に対して、瓦を披露するからその前に秘密保持契約を締結せよ、などと要求することなど実務上ナンセンスなことであるし、立場上、要求できるはずもない(乙21、乙27)。
このような事案においては、新規性が要求される趣旨からしても、創作者である被請求人には、なお権利独占のインセンティブを与えるに値するし、与えることによる弊害は何もない。
すなわち、請求人隈研吾事務所及びその内部者、さらには石垣市が、開発中の瓦の意匠と特別の関係にあること、すなわち、信義則上または社会通念上若しくは商慣習上、当該意匠を秘密扱いとすることを暗黙のうちに求められ、かつこれを期待することができる関係にある者であることをまさに示しているといえる。
なお、本件の経緯からして、瓦の形態を認識していたのは、隈研吾氏のみならず、請求人隈研吾事務所(その従業員も含む。)も含まれるものであるから、上記のような関係にある者には、請求人隈研吾事務所も当然含まれる。
2 無効理由2(意匠法15条1項において準用する特許法第38条(共同出願)違反)
(1)請求人の主張
ア 隈氏が本件意匠の創作者であることについて
隈氏は、本件意匠の着想の提供を行い、その具体化を行った者である。よって、少なくとも隈氏は本件意匠の共同創作者に当たり、請求人隈研吾事務所が意匠登録を受ける権利を有する者に当たることは明らかである。にもかかわらず、本件意匠登録出願は、隈氏及び請求人隈研吾事務所に無断で出願し登録されたものである。
(ア)本件意匠の着想の提供
隈氏は、平成28年7月頃、石垣市新庁舎の設計者選定に応募し、白色の模様を付した赤瓦を用いた屋根とすること、軒先部分の瓦と屋根下地との間の隙間を埋めるために軒先に通常用いられる在来役物瓦を用いずに隙間を露出させること等を内容とする設計案を提示した。
すなわち、隈氏は、平成28年7月14日に、沖縄県石垣市の石垣市民会館中ホールで実施された「石垣市新庁舎建設設計選定プロポーザル 二次審査公開プレゼンテーション・ヒアリング」(甲9)におけるプロポーザル資料(甲10)において、石垣市新庁舎の屋根のデザインとして、赤瓦を用いること、当該赤瓦には白色の模様が施されていることを記載しており、隈氏は、遅くとも平成28年7月14日には、赤瓦に白色の模様を施すアイデアを着想していた。
(イ)本件意匠の改良の指示
隈氏は、平成29年2月頃、被請求人小林瓦に対し、瓦の疑似漆喰模様部分に厚みを持たせるなどの改良をするよう指示し、被請求人小林瓦は、同年春頃、万葉の瓦型を調整することによって疑似漆喰模様部分に2から5mmの厚み(肉盛り)を持たせたり、また、疑似漆喰模様部分の幅を広げたりするなどの改良を行った。
この隈氏による指示に基づく改良点は、本件意匠において需要者の注意を引く部分である「男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である。」(具体的構成態様a)構成とされ、また、「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から隆起している。」(具体的構成態様b)構成とされた。
(ウ)以上で示したとおり、隈氏は、本件意匠の着想及びその具体化を行っており、請求人隈研吾事務所が本件意匠の意匠登録を受ける権利を有する者であることは明らかである。
イ 本件意匠を隈氏が創作したものと自認していることについて
被請求人小林瓦の代表取締役が請求人隈研吾事務所に対して送信した令和元(2019)年12月3日付けのメール(甲39。以下「本件メール」という。)に基づき、以下のとおり主張する。
本件メール(甲39)は、被請求人小林瓦の代表取締役社長小林宣夫氏(以下「被請求人小林瓦代表者」という。)が、設計図書が石垣市に納品された後の段階で、令和元(2019)年12月3日に岡山氏に対し、送信したメールである。被請求人小林瓦代表者は、本件メールにおいて、以下のように述べている
「いよいよ石垣新庁舎の着工の情報が広まり、役所の方からの推薦もあって同じ八重山諸島の与那国町役場も石垣に続けと この瓦で計画が進んでおります。
また別件ではありますが、座間味島の座間味博物館という環境省の施設も隈研吾さんの瓦を使いたいと やはり この瓦で計画が進んでいる状況です。
私も この瓦を 隈事務所 石垣島新庁舎での デビューという思いがあり、石灰岩釉薬模様のこの瓦の技法を特許申請させて頂き受理もされております。」
請求人隈研吾事務所は、本件メールにより、初めて被請求人小林瓦が特許出願をしていることを知ったのであり、請求人隈研吾事務所に事前相談なく無断で特許出願をしたことを示す証拠でもある。
本件メールは本件意匠について述べたものであり、上記の「この瓦」は本件意匠を意味している。その上で、被請求人小林瓦代表者は、「隈研吾さんの瓦を使いたいと やはり この瓦で計画が進んでいる」と記載し、本件意匠を「隈研吾さんの瓦」と表現している。このことから、被請求人小林瓦の認識としても、本件意匠を考案・創作したのは隈氏であると認識していることが明らかである。
ウ 被請求人らの主張に対する反駁
(ア)本件意匠の創作の対象について
本件意匠は、実線で表された部分のみを意匠登録の対象とするもので、その部分は、「コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様」であり、特に「男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である。」(具体的構成態様a)構成とされ、また、「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から隆起している。」(具体的構成態様b)部分のみである。
したがって、本葺一体瓦をベースとする点やこの瓦の形状自体は、本件意匠の創作部分にはそもそも当たらない。
そして、コ字状のラインの模様を隆起させることについては、隈氏の提案であることは被請求人らも認めるところであるが(後記(2)イ(エ))、まさにこの部分が本件意匠の構成そのものであり、本件意匠において需要者の注意を引く部分である。
以上のことから、隈氏が本件意匠の着想及びその具体化を行っていることは明らかであって、請求人隈研吾事務所が本件意匠の意匠登録を受ける権利を有する者であることは明らかであり、隈氏が創作者となる理由がないとする被請求人らの主張は全くもって失当である。
(2)被請求人の主張
隈氏が、意匠法の趣旨に鑑み、意匠登録を受ける権利を有する者(本件意匠の創作者)とはならない。
ア 創作者の意義
意匠登録を受ける権利を有する創作者の意義の解釈については、クランプ事件裁判例(乙14)における以下の規範が妥当すると考える(乙13)。
「意匠登録を受ける権利を有する創作者とは、意匠の創作に実質的に関与した者をいい、具体的には、形態の創造、作出の過程にその意思を直接的に反映し、実質上その形態の形成に参画した者をいうが、主体的意思を欠く補助者や、あるいは単に課題を指示ないし示唆したにとどまる命令者はこれに含まれない」
イ 被請求人が創作者であること
上記アの規範にあてはめれば、被請求人が本件意匠の創作者であることは、次の事実関係からしても、疑いようのない事実である。
(ア)本件意匠の形態は、既存の本葺一体瓦と、その男瓦上に着色されたコの字状の擬似漆喰模様の組み合わせから成っている。
もともと、小林瓦代表者は、漆喰を使わずに漆喰模様を再現する沖縄の伝統的な赤瓦のデザインの実現を、1991年頃に沖縄県内での屋根瓦の施工を取り扱った当初から模索していた。しかしながら、ベースとする瓦の形状の選択と、漆喰模様の着色方法という課題が解消されず、製作にまで至っていなかった。
そのような中で、2016年8月上旬ころ、小林瓦代表者の閃きをきっかけに、[1]赤色に焼成した本葺一体瓦をベースとして用い、[2]その男瓦上にコの字状の白色ラインが270度回転した模様を描くことを発案し、被請求人が共同で実際に試作に取り掛かった。
すなわち、本件意匠の基本的なデザイン(上記[1][2])を発案し、それに基づいて最初に瓦の試作をしたのは、瓦業者である被請求人であった。
この点、隈氏の主張は、意匠の発案に関して漠然と、「白色模様を赤瓦に対して擬似的に施すことを想起していた」とするにとどまり、「本葺一体瓦」を基礎とすることや、「男瓦上にコの字の模様」を描いた瓦を想起していたとするものではない。
実際に、着想時のイメージを示しているとする資料(甲10、甲13)を見ても、瓦の形状が本葺一体瓦の形状ではなく(少なくともその様に見えない)、漆喰部分に相当する模様も、コの字状ではなく、瓦の上端又は下端に横一直線に引かれた線であった(その様にしか見えない)。
(イ)2017年11月頃に発行された雑誌のインタビュー記事(乙6)における上記の「試作」とは、小林瓦代表者が同事務所に対して、2016年11月21日、初めて持参した美ら瓦の試作品を指していると理解される。
その時点において、未だ開発途上とはいえ、上記[1][2]については、その後も変更されなかった。
(ウ)2017年2月13日には、同事務所の岡山氏が、小林瓦代表者に対して、美ら瓦のデザインを「隈も画期的と大変気に入って」いることをEメールで伝えた(甲21の1)。隈氏が創作者であるならば、この様なEメールを送るはずがない。むしろ、本件意匠を創作したのが被請求人であることを前提としているものと理解される。
(エ)同じ頃、小林瓦代表者は、同事務所から、擬似漆喰模様の部分に4~5mm程度の厚みを持たせてはどうか、という提案を受けた。
被請求人は、同案に沿った試作をしてみたものの、同案の代案として、自己判断で擬似漆喰模様のコの字状の模様の幅を若干太くする模様を付することを岡山氏に報告し、問題なく受け入れられた。すなわち、擬似漆喰部分の厚みは、被請求人の代案によって課題をクリアできるのであれば、同事務所において、特に重要視していた点ではなかった。
美ら瓦の試作品の履歴(甲16の1ないし甲16の3)をみると、試行錯誤を繰り返しながら(甲16の2、甲16の3)、2016年夏頃の試作品(甲16の1:同試作品では白線が細く、漆喰の再現が不十分に見受けられる。)よりもコの字状の模様の幅を太くし、本物の漆喰であるかのように再現可能な本件意匠を、被請求人が完成させたことが良く分かる。
(オ)小林瓦代表者は、同事務所から、石垣市に納品するための設計図面のうち、屋根瓦の部分の図面作成を依頼された(乙8の1ないし乙8の3)。
自らが本件意匠の創作者であるといえるのであれば、意匠の外形、寸法などは当然分かっているはずであるし、設計図書のデザイン図に瓦の図面を書き込むことなど、自らできるはずであるが、そうしていない。
ウ 小括
以上からすると、本件意匠の形態の創造、作出の過程にその意思を直接的に反映し、実質上その形態の形成に参画した者は、被請求人であることに疑いの余地はない。
隈氏は、美ら瓦の試作品を見て、被請求人が発案したデザインの枠内(上記[2]の本部分意匠の枠内)での課題を提示したにとどまる。
したがって、隈氏が創作者となる理由はない。
さらに、形態の作出の過程において被請求人の意思で、隈氏の提案は採用されず、最終的な形態の創造に、同氏の意思が直接的に反映されていない。
よって、隈氏は、形態の創造についての主体的意思を欠くのみならず、単に課題を指示ないし示唆した者に過ぎず、本件意匠の(共同)創作者とはいえない。
本件意匠の創作者は、被請求人であり、被請求人は、意匠登録を受ける権利を有する者である。
エ 請求人らの主張に対する反論
(ア)請求人らの主張の格子
請求人らは、
i)プロポーザル資料(甲10)を理由に、隈研吾氏が、平成28年7月14日には、赤瓦に白色の模様を施すアイディアを着想しており、
ii)小林瓦代表者に対し、瓦の擬似漆喰部分に厚みを持たせるなどの改良を指示したことから、
請求人隈研吾事務所が、本件意匠の登録を受ける権利を有すると主張する。
(イ)i)について
a プロポ―ザル資料(甲10)から本件意匠を確知することができないこと
同資料(甲10)を可能な限り善意解釈したとしても、「男瓦上にコ字状の白色ラインが270度回転した模様」を読み取ることはできない。
同資料(甲10)の7ページから9ページまでの、建物図では、屋根瓦に白色の模様などなく、単なる赤瓦を使用している。
同資料(甲10)10ページから12ページには、屋根瓦に白色の模様があるものの、瓦の下部が白色に着色されているのみで、コ字状の模様を確知することはできない。
さらに、白色部分について、本物の漆喰を用いるのか、本件意匠のようなデザイン瓦を用いるのか、不明である。
2016年8月24日の設計JVと石垣市との打ち合わせでは、赤瓦の模様について、何も議論されていない(甲13.7「琉球赤瓦の今後の検討について」参照)。
なお、本物の漆喰を用いるのであれば、隈研吾氏において、本件意匠のようなデザイン瓦など着想していないことは言うまでもない。
(ウ)ii)について
前記アで述べた通り、単に課題を指示ないし示唆したにとどまる命令者は、意匠登録を受ける権利を有する創作者に含まれない。
なお、石垣市役所新庁舎が、隈研吾事務所による設計であることは、地元では有名なことであり、新聞報道もされていた(甲24)。
したがって、小林瓦代表者は、請求人隈研吾事務所に対し、地元の公共施設関係者の言葉として分かり易くするため、「いよいよ石垣新庁舎の着工の情報が広まり、役所の方からの推薦もあって同じ八重山諸島の与那国町役場も石垣に続けと この瓦で計画が進んでおります。・・・座間味博物館という環境省の施設も 隈研吾さんの瓦を使いたいと やはり この瓦で計画が進んでいる状況です。」と報告したに過ぎない。
被請求人らにおいて、本件意匠の登録申請しているのであるから、隈研吾氏が本件意匠の登録を受ける権利を有するなどという認識はない。
(エ)請求人らの当該主張が失当であること
以上述べた通り、仮に、隈研吾氏が、本件意匠を着想したとすると、同氏が瓦製造業者ではないことから、業者に対して、意匠の具体化の依頼があって然るべきであるところ、同氏が、本件意匠の具体化を図ったことを認める証拠はない。
プロポ―ザル資料(甲10)から本件意匠を確知することなどできず、請求人隈研吾事務所は、本件意匠に対する課題を提示したに留まる。
したがって、請求人隈研吾事務所が、本件意匠の登録を受ける権利を有することはありえない。
3 証拠方法
(1)請求人
請求人は、以下の甲第1号証ないし甲第30号証(枝番を含む。全て写しであると認められる。)を、審判請求書の添付書類として提出し、甲第32号証を令和3年7月1日付け上申書の添付書類として提出し、甲第33号証ないし甲第43号証(枝番を含む。全て写しであると認められる。)を、審判事件弁駁書の添付書類として提出した。
甲第1号証 意匠原簿(意匠登録第1670710号)
甲第2号証 意匠公報(意匠登録第1670710号)
甲第3号証 新規性の喪失の例外証明書提出書
甲第4号証 パンフレット
甲第5号証 本件模様瓦の写真
甲第6号証 本件仮処分事件に係る仮処分命令申立書
甲第7号証 本件仮処分事件に係る補助参加申出書
甲第8号証 本件仮処分事件の決定書
甲第9号証 「石垣市新庁舎建設設計選定プロポーザル 二次審査
公開プレゼンテーション・ヒアリング」と題する公募
資料
甲第10号証 プレゼンテーション資料
甲第11号証 在来工法に関する説明資料(有限会社島袋瓦工場の
カタログから抜粋)
甲第12号証 「石垣市新庁舎基本設計・実施設計選定プロポーザル
の審査結果について(報告)」と題する文書
甲第13号証 打合議事録
甲第14号証 電子メール
甲第15号証 電子メール
甲第16号証の1 被請求人小林瓦の試作品写真(1)
甲第16号証の2 被請求人小林瓦の試作品写真(2)
甲第16号証の3 被請求人小林瓦の試作品写真(3)
甲第17号証 電子メール
甲第18号証 電子メール
甲第19号証 電子メール
甲第20号証 電子メール
甲第21号証の1 電子メール
甲第21号証の2 電子メール
甲第22号証 電子メール
甲第23号証の1 八重山毎日新聞記事
甲第23号証の2 ネットニュース記事
甲第23号証の3 日本屋根経済新聞記事
甲第24号証 電子メール及び添付ファイル
甲第25号証 本件説明会の資料(抜粋)
甲第26号証 公開特許公報(特願2017-118407)
甲第27号証 意匠公報(意匠登録第1192335号)
甲第28号証 登録実用新案公報(実用新案登録第3100454号)
甲第29号証 公開実用新案公報(平4-27013号)
甲第30号証 公開特許公報(特開平7-233593号)
甲第31号証 意匠公報(意匠登録第1663938号)
甲第32号証 令和3年(ラ)第10002号 決定書
甲第33号証の1 本件仮処分事件における請求人らの準備書面(3)
甲第33号証の2 本件仮処分事件における請求人らの証拠説明書(3)
甲第34号証 本件仮処分事件における被請求人小林瓦の第七準備書
面
甲第35号証 本件仮処分事件における請求人らの準備書面(6)
甲第36号証 本件仮処分事件における請求人らの準備書面(4)
甲第37号証 本件仮処分事件における被請求人小林瓦の第五準備書
面
甲第38号証 八重山日報記事「新庁舎、論点5項目に整理 6月議
会で最終報告へ 百条委」(https://yaeyama-nippo.
co.jp/archives/18571)
甲第39号証 電子メール
甲第40号証 通知書
甲第41号証の1 本件仮処分事件における請求人らの準備書面(1)
甲第41号証の2 本件仮処分事件における請求人らの証拠説明書(1)
甲第41号証の3 陳述書(岡山直樹氏)
甲第42号証の1 本件仮処分事件における請求人らの準備書面(2)
甲第42号証の2 本件仮処分事件における請求人らの証拠説明書(2)
甲第43号証の1 本仮処分事件における請求人らの準備書面(5)
甲第43号証の2 本件仮処分事件における請求人らの証拠説明書(4)
甲第43号証の3 井関涼子「意匠の共同創作者の認定」判例評論741号
(判例時報2458号、2020年12月1日)
甲第43号証の4 陳述書(岡山直樹氏)
甲第43号証の5 写真
甲第43号証の6 報告書
(2)被請求人
被請求人は、以下の乙第1号証ないし乙第3号証(全て写しである。)を、審判事件答弁書の添付書類として提出し、乙第4号証ないし乙第18号証(枝番を含む。全て写しである。)を、令和4年3月28差出の上申書の添付書類として提出し、乙第19号証ないし乙第30号証(枝番を含む。乙21及び乙27は原本であり、それ以外は全て写しである。)を、再答弁書の添付書類として提出した。
乙第1号証 仮処分決定書
乙第2号証 石垣市議会の中継画面
乙第3号証 「議案可決も百条委設置 最終本会議」と題するホー
ムページ画面
乙第4号証 債権者商品写真(1)
乙第5号証 石垣市新庁舎建設工事設計図面(一部抜粋)
乙第6号証 『GA JAPAN』149号掲載記事(一部抜粋)
乙第7号証 「S形瓦の特徴」と題するホームページ画面
乙第8号証の1 Eメール
乙第8号証の2 ちゅら瓦仕舞図のプロパティ画面
乙第8号証の3 ちゅら瓦仕舞図
乙第9号証 Eメール
乙第10号証 Eメール
乙第11号証 注釈 意匠法(抜粋)
乙第12号証 東京高判昭和54年4月23日 [サンドペーパー
エアグラインダー事件]
乙第13号証 意匠法コンメンタール(第2版)(抜粋)
乙第14号証 東京高判平成6年5月27日判決
乙第15号証 栄四郎瓦株式会社のホームページ画面
乙第16号証 名刺
乙第17号証の1 石垣市ホームページ画面
乙第17号証の2 「石垣市役所新庁舎~赤瓦にあなたの思いを~赤瓦寄
付申込受付中!!」と題するチラシ
乙第18号証 意匠登録公報(第1697530号)
乙第19号証 S形瓦による伝統的な沖縄の屋根の施工写真
乙第20号証 奥原商品写真
乙第21号証 報告書
乙第22号証 東京高判平成12年12月25日判決
乙第23号証の1 特許法 第3版(抜粋)
乙第23号証の2 新・注解 特許法 第2版【上巻】(抜粋)
乙第24号証 東京地裁平成19年3月23日判決 (判例タイムズ
1294号183頁以下)
乙第25号証 東京高判昭和30年8月9日(行政事件裁判例集6巻
8号2007頁以下)
乙第26号証 小林瓦代表者と岡山氏とのEメール
乙第27号証 報告書
乙第28号証 「飛鳥野瓦」と題するパンフレット
乙第29号証 沖縄の伝統的な屋根のイメージ写真
乙第30号証 公開特許公報(特開平11-193600)
第5 当審の判断
1 本件意匠
(1)本件意匠の意匠に係る物品
本件意匠の意匠に係る物品は、意匠公報(請求人が提出した「甲第2号証」。別紙第1参照。)の記載によれば「瓦」である。
(2)本件意匠における意匠登録を受けようとする部分
本件意匠において、部分意匠として意匠登録を受けようとする部分は、実線で表された部分(以下「本件部分」という。)であって、本件部分の位置は、正面視において、女瓦から連続して一体的に形成された半円筒形の男瓦の両側部と上部であり、本件部分の全幅(大きさ及び範囲)は、男瓦の横幅と一致している。また、本件部分の用途及び機能は、本件意匠の男瓦の一部としての用途及び機能を有している。
(3)本件部分の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下、「形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」を「形態」という。)
本件部分の形態は、以下のとおりである。
a コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様である。
b コ字状のラインの内側線が、ラインの外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、コ字状の全幅の約6分の1である。
c 男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に隆起しており、その段差の幅(隆起の厚み)は一様である。
2 無効理由1について
(1)本件模様瓦の意匠について
本件模様瓦の意匠は、本件模様瓦及び軒先に用いる役物瓦を撮影対象とした本件写真(請求人が提出した「甲第5号証」。別紙第2参照。)及び本件パンフレット(請求人が提出した「甲第4号証」。別紙第3参照。)に掲載された意匠である。
本件写真及び本件パンフレットは、本件意匠登録の出願日より前の平成29(2017)年2月16日に、電子データとして電子メールに添付して、被請求人である小林瓦工業株式会社の小林宣夫氏が、請求人である隈研吾建築都市設計事務所の岡山直樹氏に送信する方法により交付したものである。
実際に、その電子メール(請求人が提出した「甲第20号証」。別紙第4参照。)によれば、「DSC_0582.JPG」として本件写真が添付され、「ちゅら瓦パンフレット.pdf」として本件パンフレットが添付されていることが認められる。なお、その電子メールの宛先には、CCとして、渡邉啓太氏(隈研吾建築都市設計事務所の従業員)も含まれている。
そうすると、隈研吾建築都市設計事務所の従業員である岡山直樹氏らは、本件意匠登録の出願日より前の平成29(2017)年2月16日に、本件模様瓦の意匠が現された本件写真及び本件パンフレットを入手した事実が認められる。
(2)本件模様瓦の意匠が意匠登録出願前に公然知られた意匠であるかについて
ア 本件模様瓦の意匠が現された本件写真及び本件パンフレットには、本件模様瓦の意匠が開発中であることや、関係者に対する内部的なものであるなどの記載はなかった。例えば、本件パンフレットには、「秘」「内部資料」「非公開資料」などの表記がなく、それどころか、1頁右下には、製造販売元として「大里瓦工場」との工場名、その住所、担当者名及び同人の携帯電話番号が記載されており、岡山直樹氏らが望めば、その担当者と本件模様瓦の意匠の製造販売について相談などが行える状況にあったことが伺える。
そして、前記(1)の電子メールにおいても、隈研吾建築都市設計事務所の岡山直樹氏らに送信するにあたって、メール本文などに、添付された本件写真及び本件パンフレットの各電子データが関係者に対する内部的なものであるとか、正式な販売前のものであるなどの説明はなかった。加えて、本件模様瓦について、特許、意匠等の出願をする予定であるなどといった説明もなかった。そうすると、電子メールを受け取った岡山直樹氏、渡邉啓太氏、更には彼らから電子メールの内容が伝達され得る同事務所の従業員等は、電子メールに添付されている本件写真及び本件パンフレットが関係者に対する内部的なものであるとして、特許、意匠等の出願をする予定であるものとして、それらを取り扱うということはなかったといえる。
また、隈研吾建築都市設計事務所は、被請求人との間で、本件模様瓦の意匠に関し、秘密保持についての契約を締結したことはない。
したがって、本件模様瓦の意匠は、被請求人が平成29(2017)年2月16日に隈研吾建築都市設計事務所に対し本件写真及び本件パンフレットを交付したことにより、本件意匠の意匠登録出願前に公然知られたものと認められる。
イ 被請求人は、「秘密にすべき関係があるといえるには、必ずしも、秘密保持義務が認められる必要まではなく、また、取引相手に対する秘密保持の指示、要求、それを理解したことの確認なども必要ではない。更に、取引相手が秘密保持義務を課せられている認識の有無は問われない。あくまで、開示の相手が秘密扱いとすることを暗黙のうちに求められ、かつ、開示者が期待し信頼する関係にあればよいのである。」と主張する。
しかし、開示を受けた者が秘密であることを認識する可能性がなければ、その者が開示されたものを他の者に知らせることが行われ得るので、「取引相手が秘密保持義務を課せられている認識の有無は問われない」との被請求人の主張を認めることはできない。
また、被請求人は、「被請求人にとっては、自社商品を新庁舎に使用してもらう上で、設計担当者である請求人隈研吾事務所に採用してもらうことが何より重要なことであった。そのために、被請求人の方から、積極的に請求人隈研吾事務所にアプローチして提案してきた経緯がある。その際に、世界的に著名な建築家に対して、瓦を披露するからその前に秘密保持契約を締結せよ、などと要求することなど実務上ナンセンスなことであるし、立場上、要求できるはずもない。」と主張する。
しかし、被請求人と請求人隈研吾事務所の関係から、被請求人において請求人隈研吾事務所に対して秘密保持契約を締結することを求めることが困難であったとしても、そのことから直ちに、請求人隈研吾事務所に秘密保持義務が認められることにはならない。被請求人と請求人隈研吾事務所との関係を考慮しても、被請求人において、本件写真及び本件パンフレットの交付に際し、請求人隈研吾事務所に対し、特許、意匠等の出願をする予定であることを説明したり、より一般的に資料の取扱いに留意を求めるなど、本件模様瓦の意匠に関して秘密保持が問題となり得ることを請求人隈研吾事務所において認識し得るような働きかけをすることができなかったものとまでは認められない。したがって、被請求人の主張を採用することはできない。
(3)本件意匠が本件模様瓦の意匠に類似するものであるかについて
ア 本件模様瓦の意匠に係る物品
本件模様瓦の意匠に係る物品は、本件パンフレットの記載によれば「瓦」である。
イ 本件模様瓦の意匠における本件部分に相当する部分
本件模様瓦の意匠において、本件部分に相当する部分は、正面視において、女瓦から連続して一体的に形成された半円筒形の男瓦の両側部と上部に位置している部分(以下「模様瓦部分」という。)であり、模様瓦部分の全幅(大きさ及び範囲)は、男瓦の横幅と一致している。また、模様瓦部分の用途及び機能は、本件模様瓦の意匠の男瓦の一部としての用途及び機能を有している。
ウ 模様瓦部分の形態
模様瓦部分の形態は、以下のとおりである。なお、本件部分の向きに合わせて、模様瓦部分の向きを認定する。
a コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様である。
b コ字状のラインの内側線が、ラインの外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、コ字状の全幅の約6分の1である。
c 男瓦表面の他の部分と面一である。
d 白色で表されている。
エ 本件意匠と本件模様瓦の意匠の対比
(ア)意匠に係る物品の対比
本件意匠の意匠に係る物品と本件模様瓦の意匠に係る物品は、共に瓦である。
(イ)本件部分と模様瓦部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能
本件部分と模様瓦部分(以下「両部分」という。)は、共に半円筒形の男瓦の両側部と上部に位置しており、全幅(大きさ及び範囲)が男瓦の横幅と一致し、男瓦の一部としての用途及び機能を有している。
(ウ)両部分の形態の対比
a 形態の共通点
(共通点1)コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様である。
(共通点2)コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、コ字状の全幅の約6分の1である。
(相違点1)本件部分が男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に隆起しており、その段差の幅(隆起の厚み)は一様であるのに対して、模様瓦部分は男瓦表面の他の部分と面一である。
(相違点2)模様瓦部分は白色で表されているが、本件部分には色彩は表されていない。
オ 本件意匠と本件模様瓦の意匠の類否判断
(ア)意匠に係る物品の類否判断
本件意匠と本件模様瓦の意匠(以下「両意匠」という。)の意匠に係る物品は、同一である。
(イ)両部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能の評価
両部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能は共通しており、特に、共に男瓦の両側部と上部に位置し、全幅が男瓦の横幅と一致している共通点は、需要者に一定の視覚的印象を与えているので、両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
(ウ)両部分の形態の共通点及び相違点の評価
a 両部分の形態の共通点の評価
共通点1及び共通点2の形態、すなわち、コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様を形成し、コ字状のラインの内側線を男瓦の外側線と略平行にして、左右と上側ラインの幅をコ字状の全幅の約6分の1にした形態は、需要者の視覚を通じて共通の美感を起こさせるものであるから、両部分の類否判断に及ぼす影響は大きい。
b 両部分の形態の相違点の評価
これに対して、両部分の意匠の形態の相違点については、以下のとおり評価される。
相違点1、すなわち、本件部分ではコ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に一様に隆起しているのに対して、本件模様瓦の意匠ではコ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分と面一であるという相違は、本件部分に見られる隆起(厚み)が僅かなものではあるものの、段差の幅は一様であって、男瓦の表面という目立つ部位に形成されていることから、需要者に一定の視覚的印象を与えているといえる。したがって、相違点1が両部分の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
他方、瓦が褐色であることは普通であり、瓦の一部に白色を施すことも(漆喰を用いた)沖縄瓦に見られるようにありふれているので、色彩の有無の相違(相違点2)は、需要者の注意を惹くとはいい難い。したがって、相違点2が両部分の類否判断に及ぼす影響は小さい。
(ウ)総合判断
以上のとおり、本件意匠と本件模様瓦の意匠は、意匠に係る物品が同一であり、両部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能の共通点が両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼしている。そして、両部分の形態についても、相違点1が両部分の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められるものの、相違点2が両部分の類否判断に及ぼす影響は小さく、これらの相違点に対して、共通点1は需要者の視覚を通じて共通の美感を起こさせ、両部分の類否判断大きな影響を及ぼしている。したがって、本件意匠は、本件模様瓦の意匠に類似する。
(4)小活
本件意匠は、意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠である本件模様瓦の意匠(本件写真及び本件パンフレットに掲載された意匠)に類似するから、意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し、同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないものであって、本件意匠の意匠登録は、同法第48条第1項第1号の規定により無効とすべきである。
したがって、請求人が主張する無効理由1については、理由がある。
3 無効理由2について
本件意匠登録が、意匠法15条1項において準用する特許法38条の規定(共同出願)に違反してされたものであるか否かについて検討し、判断する。
(1)本件意匠の着想の提供について
隈研吾氏は、平成28年7月頃、石垣市新庁舎の設計者選定に応募し、白色の模様を付した赤瓦を用いた屋根とすること、軒先部分の瓦と屋根下地との間の隙間を埋めるために軒先に通常用いられる在来役物瓦を用いずに隙間を露出させること等を内容とする設計案を提示した。
具体的には、隈研吾氏は、平成28年7月14日に、沖縄県石垣市の石垣市民会館中ホールで実施された「石垣市新庁舎建設設計選定プロポーザル 二次審査公開プレゼンテーション・ヒアリング」(請求人が提出した「甲第9号証」。別紙第7参照。)におけるプロポーザル資料(請求人が提出した「甲第9号証」。別紙第8参照。)において、石垣市新庁舎の屋根のデザインとして、赤瓦を用いること、当該赤瓦に白色の模様を施すことを記載した。
これを踏まえて、請求人は、「隈氏は、遅くとも平成28年7月14日には、赤瓦に白色の模様を施すアイデアを着想していた。」と主張する。
しかしながら、上記プロポーザル資料には、「男瓦の両側部と上部」の位置と、「コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様」の形態、すなわち、前記1で認定した本件部分の位置と形態は表されておらず、例えば、同資料の10頁~12頁に表された屋根瓦には白色の模様が表されているものの、瓦の下部が白色に着色されているのみであって、コ字状のラインの模様は表されていない。
そうすると、平成28年7月14日に、隈研吾氏が赤瓦に白色の模様を施すアイデアを着想していたとしても、隈研吾氏が本件部分の具体的構成態様であるコ字状のラインの模様の創作をした事実は認められないから、そのアイデアの着想をもって、隈研吾氏が本件意匠の創作をしたということはできない。
(2)本件意匠の改良の指示について
隈研吾氏は、平成29年2月頃、被請求人小林瓦に対し、瓦の疑似漆喰模様部分に厚みを持たせるなどの改良をするよう指示し、被請求人小林瓦は、同年春頃、万葉の瓦型を調整することによって疑似漆喰模様部分に2から5mmの厚み(肉盛り)を持たせたり、また、疑似漆喰模様部分の幅を広げたりするなどの改良を行った。
これを踏まえて、請求人は、「この隈氏による指示に基づく改良点は、本件意匠において需要者の注意を引く部分である「男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である。」(具体的構成態様b)構成とされ、また、「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から隆起している。」(具体的構成態様c)構成とされた。」と主張する。
しかしながら、隈研吾氏の指示は、瓦の疑似漆喰模様部分に厚みを持たせることであって、コ字状のラインの模様について内側線を男瓦の外側線と略平行にすること、及び左右と上側ラインの幅を男瓦の横幅の約6分の1にすることの具体的かつ精確な指示ではなく、例えば、図面などによってそれを指示したものではない。また、隈研吾氏の指示は、隆起の態様に言及したものではなく、本件部分に見られる僅かな段差状の隆起、幅が一様な段差を具体的に指示したものではない。すなわち、厚みをもたせるというアイデアを与えただけであって、本件部分についての隆起の態様を明確かつ十分に指示したものではない。
そうすると、平成29年2月頃に、隈研吾氏が厚みを持たせるなどの改良をするよう指示したとしても、隈研吾氏が本件部分についての隆起の態様の創作をした事実は認められないから、その指示の行為をもって、隈研吾氏が本件意匠の創作をしたということはできない。
(4)請求人の主張について
請求人は、「本件意匠の要部のうち、特にコ字状のラインの模様を隆起させることについては、隈氏の提案であることは被請求人らも認めるところであり、この点だけをとっても、隈氏は、本件意匠の着想及びその具体化を行っていることは明らかである。」と主張する。
しかしながら、前記(3)で説示したとおり、隈研吾氏の指示は、アイデアにすぎず、図面などによる、隆起の態様の具体的かつ精確な指示ではないので、前記1(3)cで認定した、本件部分についての隆起の態様の創作を、隈研吾氏がしたとは認められない。
(5)小括
以上のとおり、隈研吾氏が本件意匠の創作をしたということはできないので、隈研吾氏(又は隈研吾建築都市設計事務所)は本件意匠の意匠登録を受ける権利を有する者ではなく、本件意匠登録が、意匠法15条1項において準用する特許法38条の規定(共同出願)に違反してされたものであるとはいえない。
したがって、請求人が主張する無効理由2には、理由がない。
第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由1については理由があり、本件登録意匠は、意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠に類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当し、同条同項の規定に違背して登録されたものであるから、その登録は、同法第48条第1項第1号の規定により無効とすべきものである。
審判に関する費用については、意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2021-880007