特許無効審判
2021-800081
揚水システム
- 審判番号
- 2021-800081
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2013-525019
- 登録番号
- 5350568
- 請求日
- 2021年09月17日
- 審決日
- 2022年10月12日
- 公報発行日
- 2023年03月31日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】スリーエム工業 株式会社
- 【請求人代理人】森本 聡
- 【請求人代理人】生沼 寿彦
- 【請求人代理人】濱田 俊亮
- 【被請求人】株式会社 イシザキ
- 【被請求人代理人】右田 俊介
- 【被請求人代理人】松田 雄一郎
- 【被請求人代理人】横井 康真
- 審判長/審判官
- 審判長 佐々木 芳枝
- 審判官 小川 恭司
- 審判官 関口 哲生
- 分類
- P1123.536-Y (F04B) / P1123.537-Y (F04B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第169条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の特許第5350568号発明「揚水システム」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第5350568号(以下「本件特許」という。)の出願は、2013年(平成25年)1月25日(優先権主張 2012年1月31日 日本国)を国際出願日とする特願2013-525019号であって、平成25年8月30日に特許権の設定登録(請求項の数15)がされたものである。
そして、令和3年4月26日にスリーエム工業株式会社より請求項1及び2に係る特許について特許無効審判(無効2021-800037)が請求され、令和4年4月4日付けで、「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする」との審決がされ、これに対し、スリーエム工業株式会社は、令和4年5月17日付けで審決取消訴訟を提起し、知的財産高等裁判所において令和4年(行ケ)10047号事件として審理されているところである。
また、上記特許無効審判の後である、令和3年9月17日にスリーエム工業株式会社より請求項1に係る特許について本件特許無効審判が請求され、その後の手続の経緯は概略以下のとおりである。
令和 4年 2月17日 答弁書の提出(被請求人)
令和 4年 4月22日付け 審理事項通知
令和 4年 5月19日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
令和 4年 6月10日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
令和 4年 7月15日 第1回口頭審理
令和 4年 7月22日 上申書の提出(請求人)
令和 4年 8月12日 上申書の提出(被請求人)
第2 本件特許
本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
液体を貯留する貯液槽と、地上に設置されて前記液体を揚送するポンプと、前記貯液槽と前記ポンプとを接続する吸液管と、前記ポンプから吐出される前記液体を流通させる吐出管と、一次側が前記貯液槽の内部と連通し二次側が前記ポンプと連通し前記吸液管を開放可能に遮断するバルブと、を備え、
前記バルブが前記吸液管の地上部分に設けられているとともに、前記吸液管の前記一次側が前記液体で満たされ、かつ負圧であり、
前記ポンプが停止した状態で、前記吸液管の前記一次側および前記二次側が前記液体で満たされ、かつ前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であり、
前記バルブから前記ポンプまでの前記吸液管の前記地上部分が前記ポンプに向かって上り傾斜していることを特徴とする揚水システム。」
第3 請求人の主張
1 無効理由
請求人は、本件発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、甲第1号証~甲第12号証(枝番含む)の証拠方法を提出し、以下の無効理由を主張する。
(1)無効理由1
本件の請求項1に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効である。
(2)無効理由2
本件の請求項1に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効である。
2 請求人が主張する具体的な無効理由
請求人は、審判請求書及び口頭審理陳述要領書において主に次の主張をしている。
(1)無効理由1(サポート要件)について
「理解を容易にするため、上記の負圧状態を数値化すると、甲第3号証の図3(a)に示すように、本件特許発明の構成要件C(合議体注:本件発明を分説した場合の、「前記ポンプが停止した状態で、前記吸液管の前記一次側および前記二次側が前記液体で満たされ、かつ前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であり」という構成)では、例えば、ポンプ20の停止時における一次側UPの負圧(P1)が-0.005MPaであるとき、二次側DWの負圧(P2)は-0.001MPaとなっているということである。」(審判請求書6頁22~25行)
「これに対して、甲第3号証の図3(b)に示すように、本件特許発明の構成要件Cと真逆の圧力状態とは、例えば、ポンプ20の停止時における一次側UPの負圧(P1)が、先と同じ-0.005MPaであるとき、二次側DWの負圧(P2)は-0.007MPaとなっているということである。」(審判請求書6頁33~36行)
「ポンプ20の再運転から揚水動作の再開までの揚水始動時間の長短は、ポンプ20が停止した状態における吸液管50の地上部分53(吸液管50の二次側DW)の圧力状態に大きく左右されることとなり、二次側DWの負圧が大きく、作動圧との差圧が小さければ小さいほど揚水始動時間を短縮することが可能となり、逆に負圧が小さく、作動圧との差圧が大きければ揚水始動時間は長くなる。以上より、本件特許発明の構成要件Cでは、「一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧であり、」としているが、このことは端的に言えば二次側の負圧値が小さく、作動圧との差圧が大きくなることを示すため、結局、当該構成要件Cでは揚水始動時間を短くすることは困難となる。」(審判請求書6頁10~18行)
「以上のように、本件明細書の記載からでは、当業者といえども、構成要件Cの「ポンプが停止した状態で、吸液管の一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧であること」の発生メカニズム、および構成要件Cの「ポンプが停止した状態で、吸液管の一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧であること」から、ポンプの揚水始動時間を短くすることができるという作用効果を得ることの具体的な根拠のいずれも認識することができない。したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の課題(揚水始動時間を短くする)の解決手段が裏付けられているとはいえない。」(審判請求書7頁27~34行)
(2)無効理由2(実施可能要件)について
ア 一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧となるメカニズムが不明であることについて
「a 加えて、本件明細書の記載では、構成要件Cの「ポンプを停止した状態で、一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧」となるメカニズムが不明である。
b すなわち、本件明細書の段落【0025】には、「バルブ100が閉止された状態で、停止したポンプ20の吸込側SSはリークして雰囲気圧(大気圧)に近づく。」と記載されている。しかし、上記のポンプ20の吸込側SSがリークするとはどのような現象を指すのか、これがいかなる場合に生じるのか、全く不明である。また、正常なポンプ20において「リーク」という現象がそもそも本当に発生するのかも疑わしい。」(審判請求書7頁16~23行)
(合議体注:当該主張は、審判請求書では無効理由1(サポート要件)として主張されていたが、請求人が提出した口頭審理陳述要領書において、無効理由2(実施可能要件)に関する主張に変更された。)
イ 請求人による実証実験に基づく主張
「このように(合議体注:甲4~甲5(枝番含む)に示すとおり)、請求人が本件特許の図1と同様の揚水システムを形成して、実証実験を行っても、本件発明の構成要件Cの圧力状態を再現することはできなかった。したがって、当業者は、本件明細書および図面の記載に基づいて、請求項1に係る本件特許発明を実施することはできないから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件に反するものである。」(審判請求書9頁28~32行)
ウ バネ定数kについて
「本件特許明細書では、第一逆止弁100の弾性体130のバネ定数kを数1を満たすものとすることで、第一逆止弁100で落水が発生することが防止できると記載されている。」(口頭審理陳述要領書7頁19~21行)
「c 本件特許明細書では、数1に含まれるパラメータ(T(Ps(T)))を求めるために数2が挙げられており、当該数2に含まれる「u」は、ポンプ20が停止してから第一逆止弁100が閉止状態に至るまでの弁体120の平均移動速度であると記載されている(段落【0062】)。しかし、技術常識として、かかる弁体120の平均移動速度「u」は、バネ定数kと弁体120の重量などから算出されるものである。つまり、数1では、弁体120の重量という必須のパラメータが無視されているだけでなく、「バネ定数k」という解を求めるために、「バネ定数k」というパラメータを使って計算しており、そもそも数1から解(バネ定数k)を求めることは不可能となっている。
d 以上のように本件特許明細書の数1、2の記載より、本件特許発明の作用効果が得られるような有意義なバネ定を算出することは不可能であるから、本件特許明細書は、当業者が実施することができる程度に十分に記載がされているとは言えず、本件特許発明は実施可能要件を充足しない。」(口頭審理陳述要領書7頁29行~8頁7行)
3 証拠方法
審判請求書等及び口頭審理陳述要領書に添付して甲第1号証~甲第12号証(枝番含む。)が提出された。(以下、各証拠について、証拠番号に従って「甲1」などという。)
甲1 特許第5350568号公報
甲2 通知書(被請求人から請求人に対する、本件特許に関する警告)
甲3 揚水システムの液体の状態や圧力状態を説明するための図
甲4 揚水システム実証実験報告書
甲5の1 甲4の実験に係る揚水システムの説明動画
甲5の2 甲4の実験の実験状況を撮影した動画
甲6 被請求人実験の実験報告書
甲7 特許権侵害事件において被請求人が提出した原告準備書面1と別紙
甲8 一般社団法人日本バルブ工業会の「バルブにはどんな種類があるの?」のウエブページを紙媒体に印刷したもの
甲9 特開昭52-89805号公報
甲10 特開昭53-87008号公報
甲11 特開昭59-17075号公報
甲12の1 スモレンだよりVol.23
甲12の2 スモレンだよりVol.33
甲12の3 スモレンだよりVol.56
甲12の4 スモレンだよりVol.57
甲12の5 スモレンだよりVol.58
甲12の6 スモレンだよりVol.60
第4 被請求人の主張
被請求人は、本件無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、乙第1号証(以下、「乙1」という。)の証拠方法を提出し、無効理由がない旨主張する。
(証拠方法)
乙1 「グランドパッキン式ポンプ」を説明したウェブサイト
第5 当審の判断
1 無効理由1について
(1)サポート要件
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2)発明の詳細な説明の記載について
ア 本件特許(甲1)の発明の詳細な説明には以下の事項が記載されている。
「【0006】
一方、特許文献3の洋上の揚水システムにおいても、吸水管に対して吸気ポンプで正圧に呼び水をするため、吸水管の末端にフート弁を設けた場合には特許文献1や特許文献2と同様の問題が生じる。吸水管の末端にフート弁を設けない場合、揚水ポンプを停止すると、吸水管の内部は正圧に呼び水された状態から落水状態に転じる。このため、揚水ポンプを迅速に再運転することが困難である。
【0007】
本発明は上述のような課題に鑑みてなされたものであり、保守および点検作業が容易であって、かつ揚水始動時間を短くすることが可能な揚水システムを提供するものである。」
「【0011】
本発明の揚水システムによれば、ポンプの吸液管の地上部分にバルブが設けられているため、その保守および点検作業が容易である。また、吸液管の一次側が液体で満たされ、かつ負圧であるため、ポンプの作動までの減圧幅を軽減することができる。このため、ポンプの揚水始動時間を短くすることができ、省エネルギーに資するとともに、揚水システム全体の負荷を軽減してその耐久性を向上することができる。」
「【0022】
本実施形態の揚水システム1000においては、ポンプ20が停止した状態で、吸液管50の一次側UPおよび二次側DWが液体Lで満たされ、かつ一次側UPと二次側DWは、ともに負圧である。一次側UPは、二次側DWよりも絶対値の大きな負圧である。
【0023】
吸液管50に呼び水をした状態でポンプ20を作動させると、ポンプ20は吸液管50の内部の液体Lを吸引し、吸液管50の一次側UPおよび二次側DWは負圧となる。ポンプ20が所定の作動圧(負圧)に達すると液体Lは貯液槽10から吸い上げられ、吐出管60を通じて所望の用途に供給される。その状態から、ポンプ20を停止するのと実質的に同時にバルブ100を閉止して吸液管50の落水を防止する。この状態で、吸液管50の水上部分52および地上部分53に存在する液体Lの静圧は負圧である。
【0024】
本実施形態のバルブ100は、吸液管50の一次側UPから二次側DWに向かって一方的に液体Lを流通させる逆止弁である。このため、吸液管50の水上部分52から落水することなく、水上部分52および地上部分53は負圧が維持される。
【0025】
バルブ100が閉止された状態で、停止したポンプ20の吸込側SSはリークして雰囲気圧(大気圧)に近づく。一方、閉止されたバルブ100の一次側UPにあたる水上部分52はポンプ20の停止時の負圧が維持される。このため、上述のように、ポンプ20が停止した状態で、吸液管50の一次側UPは、二次側DWよりも絶対値の大きな負圧となる。この状態からポンプ20を再運転すると、ポンプ20が地上部分53の液体Lを吸引し、これが上記所定の作動圧(負圧)に達すると、液体Lは再び流れ方向Fに流動する。」
「【0032】
ガイド軸122の周囲には弾性体130が装着されている。本実施形態の弾性体130は螺旋バネである。弾性体130は弁体120と支持部124との間に設けられている。弁体120が弁座110と当接して開口112を水密に閉止している状態(閉止状態)で、弾性体130は自然長よりも圧縮されており、弁体120を弁座110に付勢している。閉止状態における弾性体130の付勢力は、弁体120およびガイド軸122の自重の合計よりも大きい。弾性体130の付勢力と、弁体120およびガイド軸122の自重の合計と、の差分をバルブ100の閉止力と呼称する。ここで、ポンプ20の停止状態において、吸液管50の一次側UPは二次側DWよりも強い負圧であるため、バルブ100の閉止力が小さくとも、弁体120は閉止状態を維持することができる。これにより、第一逆止弁100の設置方向と重力方向との関係によらず、弁体120は閉止状態で二次側DWの水を止水することが可能である。便宜上、本実施形態では一次側UPを図1および図2各図の下方に図示しているが、図の上下方向と重力方向とは必ずしも一致しない。」
「【0058】
ここで、ポンプ20の揚送動作を停止した時には、液体Lの吐出量が急速かつ連続的に減少していく。吐出量の減少により吐出管60の内圧が低下すると、第二逆止弁200の弁体220は弾性体230に付勢されて開口212を閉止する。弁体220は弁箱260の内部の液体Lを一次側UPの流入口216に押し戻す。ポンプ20からは、吐出量が漸減しながらも新たな液体Lが吐出されるため、吐出管60の内圧は上昇する。すなわち、吐出量の減少によって一旦低下した内圧は再び上昇に転じる。この内圧上昇は逆流としてポンプ20および吸液管50に伝達され、第一逆止弁100に至る。
【0059】
本実施形態の揚水システム1000においては、ポンプ20の揚送動作が停止したとき、第一逆止弁100の弁体120が、第二逆止弁200が閉止した後であってかつ第二逆止弁200が閉止したことによって生じる液体Lの逆流がポンプ20を介して第一逆止弁100に至るよりも前に開口112を閉止する。これにより、ポンプ20の停止後に第一逆止弁100の弁体120は逆流到達前に開口112を閉止するため、第一逆止弁100で落水が発生することが防止される。
【0060】
かかる揚水システム1000は、以下の式(1)を満たすバネ定数kを弾性体130に設定することにより実現される。
【0061】
【数1】
[図:0001394730000001.jpg]
【0062】
式(1)において、kは第一逆止弁100の弾性体130のバネ定数である。
L1はポンプ20の吸込側SSから第一逆止弁100の弁座110までの経路長である。L2はポンプ20の吸込側SSから第一逆止弁100の弁体120までの経路長である。Lはポンプ20の吸込側SSから液面FLまでの経路長である。Sは吸液管50の平均開口面積である。Dは弁体120の面積である。ρは液体Lの密度である。πは円周率である。
Δx1は閉止状態における弾性体130の自然長からの圧縮長である。Δx2はポンプ20の定常運転時(開放状態)における、弾性体130の自然長からの圧縮長である。
PS(0)はポンプ20の定常運転時における吸込圧の絶対値である。吸込圧の絶対値とは、ポンプ20の吸込側SSにおける降下圧力量をいう。vはポンプ20の定常運転時における流れ方向Fの平均流速である。
τは第一逆止弁100の閉止遅れ時間である。ポンプ20の停止を時刻ゼロとして、第二逆止弁200が閉止したことによって生じる逆流が第一逆止弁100の弁体120に到達するまでの時間(逆流到達時刻)をtrとする。ポンプ20が停止してから第一逆止弁100が閉止状態に至るまでの弁体120の平均移動速度をuとする。第一逆止弁100の閉止遅れ時間τは下式(2)で表される。
【0063】
(数2)
τ=tr-Δx2/u ・・・(2)
【0064】
式(1)において、PS(τ)は、ポンプ停止から閉止遅れ時間が経過した瞬間(閉止遅れ時刻)におけるポンプ20の残留吸込圧(≧0)である。v'は閉止遅れ時刻における流れ方向Fの平均流速である。
【0065】
上記の式(1)の左辺は、逆流が第一逆止弁100の弁体120に至るよりも速く弁体120が閉止状態に至るに足る弾性体130のバネ定数kの下限を表している。上記の式(1)の右辺は、ポンプ20の定常運転において第一逆止弁100の弁体120が開いて液体Lの吸込が可能になるための弾性体130のバネ定数kの上限を表している。
【0066】
揚水システム1000の各特性値に基づいて逆流到達時刻trおよび弾性体130のバネ定数kを設定することにより、ポンプ20の停止後に発生する逆流の到達前に第一逆止弁100の弁体120が閉止する揚水システム1000を構成することができる。揚水システム1000の各特性値としては、式(1)に含まれるパラメータ、吸液管50や吐出管60の配管長、第二逆止弁200の設置位置や弾性体230のバネ定数、およびポンプ20のポンプ特性値などが挙げられる。」
イ 本件発明の課題と解決手段
上記アで摘記した発明の詳細な説明の記載によれば、【0007】の記載から、本件発明の課題は、保守および点検作業が容易であって、かつ揚水始動時間を短くすることが可能な揚水システムを提供することであることがわかる。
また、【0011】の記載から、本件発明は、ポンプの吸液管の地上部分にバルブを設けることにより、揚水システムの保守および点検作業が容易になること、及び、吸液管の一次側が液体で満たされ、かつ負圧であることで、ポンプの作動までの減圧幅を軽減することができ、ポンプの揚水時間を短くすることができることがわかる。
さらに、【0022】【0024】【0032】【0059】の記載から、ポンプ20が停止した状態で、吸液管50の一次側UPおよび二次側DWが液体Lで満たされ、吸液管50の一次側UPは二次側DWよりも強い負圧であることにより、バルブ100の閉止力が小さくとも、弁体120は閉止状態を維持することができ、これにより、第一逆止弁100の設置方向と重力方向との関係によらず、弁体120は閉止状態で二次側DWの水を止水すること可能であること、及び、ポンプ20の停止後に吐出管で生じた内圧上昇が逆流として第一逆止弁に至るよりも前に第一逆止弁を閉止することにより、第一逆止弁100で落水の発生が防止されることがわかる。そして、【0006】の記載によれば、揚水ポンプの停止時に落水状態に転じると揚水ポンプを迅速に再運転することが困難であることから、第一逆止弁100で落水の発生を防止することで、揚水始動時間を短くすることが可能であることがわかる。
以上のことから、発明の詳細な説明には、保守および点検作業を容易にするという課題を解決するために、ポンプの吸液管の地上部分にバルブを設けるという課題解決手段を採用し、揚水始動時間を短くするという課題を解決するために、吸液管の一次側が液体で満たされ、かつ負圧であること、ポンプ20が停止した状態で、吸液管50の一次側UPおよび二次側DWが液体Lで満たされ、吸液管50の一次側UPは二次側DWよりも強い負圧であること、という課題解決手段を採用したことが記載されていると認められる。
(3)特許請求の範囲の記載について
本件特許の請求項1には「前記バルブが前記吸液管の地上部分に設けられている」こと、「前記吸液管の前記一次側が前記液体で満たされ、かつ負圧であり、前記ポンプが停止した状態で、前記吸液管の前記一次側および前記二次側が前記液体で満たされ、かつ前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であ」ることが記載されている。
上記(2)の検討を踏まえれば、請求項1の「前記バルブが前記吸液管の地上部分に設けられている」という構成は、発明の詳細な説明の「ポンプの吸液管の地上部分にバルブを設ける」という課題解決手段に対応し、請求項1の「前記吸液管の前記一次側が前記液体で満たされ、かつ負圧であり、前記ポンプが停止した状態で、前記吸液管の前記一次側および前記二次側が前記液体で満たされ、かつ前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であ」るという構成は、発明の詳細な説明の「吸液管の一次側が液体で満たされ、かつ負圧であること、ポンプ20が停止した状態で、吸液管50の一次側UPおよび二次側DWが液体Lで満たされ、吸液管50の一次側UPは二次側DWよりも強い負圧である」という課題解決手段に対応しているから、請求項1における上記構成は、発明の詳細な説明に記載されており、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであることがわかる。
(4)請求人の主張について
上記第3・2(1)における摘記事項を要約すると、請求人は甲3の図3(a)として本件発明の構成要件Cを採用した場合を示し、図3(b)として作動圧と二次側の圧力との差圧を小さくするために、図3(a)に比してP1をそのままでP2のみを下げて(負圧を大きくして)本件発明とは逆の大小関係にした場合を示しつつ、本件発明における「前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であり」との構成は、甲3の図3(a)に示すとおり二次側の負圧が小さく、作動圧との差圧が大きくなるため、揚水始動時間を短くすることは困難である旨の主張をしている。
当該主張について検討すると、本件発明の構成要件Cは「前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であ」ることを必須の構成とし、それにより、第一逆止弁100(バルブ)で落水の発生を防止することで、揚水始動時間を短くすることを可能としている(上記(2)のとおり)ものであるから、そもそも、甲3の図3(b)のように、一次側と二次側の負圧を本件発明とは逆の大小関係にすることは、第一逆止弁100(バルブ)の落水の発生を防止することを阻害することとなり、そのようなことを想定すること自体が失当である。仮に、請求人が主張しているように、作動圧と二次側の圧力との差圧を小さくするのであれば、一次側が二次側より絶対値の大きな負圧であるというP1とP2の関係を維持したままP2を下げることも可能である。その場合、作動圧と二次側の圧力との差圧が小さくなると共に、一次側はより低い圧力(作動圧とP2との間の圧力)となる。つまり、構成要件Cと、請求人が主張する二次側DWの負圧を大きくして作動圧との差圧を小さくすることは、両立可能であるから、構成要件Cを採用しても揚水始動時間をさらに短くすることが困難になるわけではない。よって、請求人の上記主張を採用することはできない。
そして、本件発明は構成要件Cを採用することによって、バルブ100の閉止力が小さくとも、弁体120は閉止状態を維持することができ、落水を防止することで揚水始動時間を短くする発明である。構成要件Cを採用して落水を防止することと、請求人が主張する二次側DWの負圧を大きくして作動圧との差圧を小さくすることは、いずれも揚水始動時間を短縮する作用効果を奏すると考えられるが、本件発明で採用した課題解決手段とは異なる課題解決手段(請求人が主張する二次側DWの負圧を大きくして作動圧との差圧を小さくすること)が存在しても、本件発明で採用した課題解決手段が、課題を解決するための作用効果を奏するものであれば、サポート要件違反とならないことは明らかである。
(5)まとめ
以上の通り、本件発明は発明の詳細な説明に記載したものであるから、無効理由1により本件発明についての特許を無効とすることはできない。
2 無効理由2について
(1)実施可能要件についての検討
明細書の発明の詳細な説明の記載が、実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度の記載があることを要する。
審判請求書では、本件発明のうち特に「前記ポンプが停止した状態で、前記吸液管の前記一次側および前記二次側が前記液体で満たされ、かつ前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であり」との構成を実施できないから、実施可能要件に反するとされているため、当該構成について検討する。
上記1(2)アで摘記した本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、【0058】【0059】における記載から、ポンプ20の揚送動作を停止して吐出管60の内圧が低下すると第2逆止弁200が閉止する。そのとき、ポンプ20からは漸減しながらも新たな液体Lが吐出されるため、吐出管の内圧は再び上昇する。この内圧上昇は逆流としてポンプ20および吸液管50に伝達される。しかし、当該逆流がポンプ20を介して第一逆止弁100に至るよりも前に第一逆止弁100を閉止させていることがわかる。
また、【0025】における記載から、第一逆止弁100が閉止された状態で、停止したポンプ20の吸込側SSはリークして雰囲気(大気圧)に近づく一方、第一逆止弁100の一次側UPはポンプ20停止時の負圧が維持されるため、ポンプ20が停止した状態で、吸液管50の一次側UPは、二次側DWよりも絶対値の大きな負圧となることがわかる。
さらに、上述した【0058】【0059】における動作、特に逆流がポンプ20を介して第一逆止弁100に至るよりも前に第一逆止弁100を閉止させる動作は、【0060】~【0066】における記載から、【0061】に示されている式(1)及び【0063】に示されている式(2)を満たすバネ定数kを第一逆止弁100の弾性体130に設定することにより実現していることがわかる。
そして、【0062】【0064】には、式(1)及び式(2)における各変数の意味も記載されている。
以上のことから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、この発明を当業者が過度の試行錯誤を要することなく、実施することができる程度に記載されているといえる。
(2)請求人の主張について
上記第3・2(2)の主張について検討する。
ア 一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧となるメカニズムが不明であることについて
上記(1)で検討したとおり、ポンプの吸込側はリークによって大気圧に近づく一方、吸液管の一次側は第一逆止弁の弾性体のバネ定数kによって弁を閉じるタイミングを調整して負圧を確保することで、ポンプが停止した状態で一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧である状況を積極的に作り出していることが理解できる。
また、ポンプと吸液管との接続部分からリークが発生し得ることは技術常識であるし、ポンプの種類によっては配管内の圧力の漏出が不可避であるから(例えば乙1に示されているポンプの軸封部における漏れ)、ポンプの吸込側がリークによって大気圧に近づく現象が発生し得ることは当業者にとって明らかである。
よって、請求人の上記主張を採用することはできない。
イ 請求人による実証実験に基づく主張について
揚水システムにおいて、揚水システムを構成する要素の接続関係が同じであっても、吸液管の一次側と二次側の圧力関係まで常に同じ状態になるとは限らない。なぜなら、吸液管の一次側と二次側の圧力は、接続されている各要素の仕様、流体の流れを止めるときの状況等にも依存するからである。本件発明では、特にポンプの吸込側(吸液管の二次側)のリーク状況に着目したり、第一逆止弁100内の弾性体130のバネ定数kによって弁を閉じるタイミングを調整したりすることによって、ポンプが停止した状態で一次側が二次側よりも絶対値の大きな負圧である状況を意図的に作り出している。
請求人は本件特許の図1と同様の揚水システムを形成して実証実験を行ったと主張しているが、甲4~甲5(枝番含む)には、揚水ポンプ7(ポンプ20)の吸込側のリーク状況や、本件バルブ3(第一逆止弁100)内の弾性体のバネ定数kについて言及されていないし、吸液管の一次側と二次側の圧力関係を明確な目的を持って実現していることがわかる記載もないため、本件発明の実証実験を行ったものとはいえない。
このような実証実験によって、本件発明の構成要件である「前記一次側が前記二次側よりも絶対値の大きな負圧であり」という圧力状態を再現することができなかったとしても、本件発明を実施することができないとまではいえないから、請求人の主張を採用することはできない。
ウ バネ定数kについて
本件発明を実施するために、本件明細書の【0061】に示されている式(1)及び【0063】に示されている式(2)を満たすバネ定数kを決定するにあたっては、式(1)を数学的に解いて厳密な解析解を求める必要はなく、式(1)及び式(2)をともに満たす数値解が求められれば、本件発明を実施するには十分である。例えば、式(2)に含まれるu(ポンプ20が停止してから第一逆止弁100が閉止状態に至るまでの弁体120の平均移動速度)は、ポンプが停止を開始してから第一逆止弁の弁体が弁座に着座するまでの時間と、弁体の開き位置から弁座の着座位置までの距離とを測定し、当該距離を当該時間で除することによって求められる。また、影響度合いの小さい変数(本件においてはバネ定数に対する弁体の重量)をモデル化の過程で省略することは慣用的に行われている事である。そして、uが測定によって求められた後、電子計算機を用いた数値解析や適宜グラフを描くなどによって、式(1)及び式(2)を満たすバネ定数kやその他の各種変数の値の組合せを決定すればよいことは、当業者にとって明らかである。
したがって、「数1、2の記載より、本件特許発明の作用効果が得られるような有意義なバネ定を算出することは不可能であるから、本件特許明細書は、当業者が実施することができる程度に十分に記載がされているとは言えない」との請求人の主張を採用することはできない。
(4)まとめ
以上の通り、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、無効理由2により本件発明についての特許を無効とすることはできない。
第6 むすび
以上のとおり、無効理由1及び無効理由2はいずれも理由がなく、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法169条2項において準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
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2021-800081