特許拒絶査定不服審判
2021-009306
耳の疾患と疾病を処置するための耳の製剤と関連する応用
- 審判番号
- 2021-009306
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-044231
- 請求日
- 2021年07月12日
- 審決日
- 2023年03月30日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】オトノミ―,インク.
- 【請求人代理人】清原 義博
- 【請求人】ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア
- 【請求人代理人】清原 義博
- 審判長/審判官
- 審判長 岡崎 美穂
- 審判官 森井 隆信
- 審判官 井上 典之
- 分類
- P18 .121-Z (A61K) / P18 .537-Z (A61K) / P18 .572-Z (A61K)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項特許法29条6項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第17条の2第5項、特許法第36条第6項第1号、特許法第44条第1項、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第17条の2第3項、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019- 44231「耳の疾患と疾病を処置するための耳の製剤と関連する応用」拒絶査定不服審判事件〔令和 1年 6月 6日出願公開、特開2019- 85423〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2009年(平成21年)4月21日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2008年4月21日 他20件、すべて米国(US))を国際出願日とする特願2011-505264の一部を、特許法第44条第1項の規定により、平成25年12月4日に新たな特許出願とした特願2013-251480の一部を、平成27年11月4日に新たな特許出願とした特願2015-217021の一部を、平成29年4月6日に新たな特許出願とした特願2017-76319の一部を、平成31年3月11日にさらに新たな特許出願としたものであって、出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。
平成31年 4月 3日 : 手続補正書(特許請求の範囲の補正)の
提出
令和 元年 7月23日 : 手続補正書(明細書の【0011】等の
補正)及び上申書の提出
令和 2年 3月19日付け: 拒絶理由の通知
同年 6月25日 : 意見書及び手続補正書の提出
同年10月26日付け: 拒絶理由(最後)の通知
令和 3年 1月28日 : 意見書及び手続補正書の提出
同年 3月 5日付け: 補正の却下の決定及び拒絶査定
同年 7月12日 : 審判請求書及び手続補正書の提出
同年 9月 1日 : 手続補正書(方式)(審判請求書の「請
求の理由」の変更)
第2 令和3年7月12日提出の手続補正書による手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和3年7月12日提出の手続補正書による手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由](補正の適否の判断)
1 本件補正の内容
本件補正は、以下のとおりの、請求項1についての補正をその内容として含むものである。
令和3年1月28日提出の手続補正書による補正は、同年3月5日付けの拒絶査定と同日付でなされた補正の却下の決定により却下されたので、令和2年6月25日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1において、
「【請求項1】
難聴を処置又は予防するための鼓室内組成物であって、
鼓室内組成物は、約0.1mg/ml~約20mg/mlの成長因子、またはその薬学的に許容可能な塩、及び耳に許容可能なゲルを含む、鼓室内組成物。」(当審注:下線は下記補正に対応する箇所を示す。)
とあるのを、
「【請求項1】
耳の疾患または状態を処置又は予防するための鼓室内組成物であって、
前記鼓室内組成物は、0.1mg/ml~20mg/mlの成長因子、またはその薬学的に許容可能な塩、及び耳に許容可能なゲルを含み、
前記耳に許容可能なゲルは、15重量%~17重量%のポロキサマー407を含む熱可逆性ゲルであり、前記成長因子は脳由来神経栄養因子(BDNF)である、
鼓室内組成物。」(当審注:下線は補正箇所を示す。)
と補正する。
上記請求項1についての補正は、以下の補正事項A~Dよりなるものである。
補正事項A: 鼓室内組成物の用途について、「難聴を処置又は予防するため」とあるのを、「耳の疾患または状態を処置又は予防するため」と補正する。
補正事項B: 鼓室内組成物に含まれる成長因子の含有量について、「約0.1mg/ml~約20mg/ml」とあるのを、「0.1mg/ml~20mg/ml」と補正する。
補正事項C: 鼓室内組成物に含まれる耳に許容可能なゲルについて、「前記耳に許容可能なゲルは、15重量%~17重量%のポロキサマー407を含む熱可逆性ゲルであり」と特定する。
補正事項D: 鼓室内組成物に含まれる成長因子について、「前記成長因子は脳由来神経栄養因子(BDNF)である」と特定する。
2 補正の適否
上記補正事項Aの補正の目的について検討する。
上記補正事項Aは、補正前の請求項1に記載された発明(以下「補正前発明」という。)の発明を特定するために必要な事項(以下「発明特定事項」という。)である、鼓室内組成物の用途を、「難聴を処置又は予防するため」というものから、「耳の疾患または状態を処置又は予防するため」というものに変更する補正である。
ここで、耳の疾患については、本願明細書の【0119】にも、
「【0119】
(耳の疾患)
本明細書に記載の製剤は、中耳と内耳に関する疾患又は疾病の処置及び/又は予防に適切なものである。前記中耳と内耳とは、蝸牛を含み、その疾患又は疾病は、回転性めまい、耳鳴り、難聴、耳硬化症、平衡障害、メニエール病(内リンパ水腫)を含んでいる。」(当審注:下線は当審合議体が付した。)
と記載されているように、「難聴」は「耳の疾患」に該当するものの1つにすぎないものである。
そうすると、上記補正事項Aでは、補正前発明において処置又は予防の対象が「難聴」に限定されていたのが、「耳の疾患または状態」に拡張されているから、補正前発明の発明特定事項を限定するものとはいえない。
したがって、上記補正事項Aは、補正前発明の発明特定事項を限定するものであるとはいえないから、特許法第17条の2第5項第2号に規定される特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しない。
また、上記補正事項Aは、補正前の特許請求の範囲の記載が明確でない等の拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものでもないから、同項第4号に規定する明りょうでない記載の釈明にも該当しない。
さらに、上記補正事項Aが請求項の削除又は誤記の訂正のいずれにも該当しないことは、明らかである。
なお、審判請求人は、令和3年9月1日提出の手続補正書(方式)により変更した審判請求書の「請求の理由」において、上記補正事項Aに関し、
「補正後請求項1において、「難聴」を「耳の疾患または状態」と補正いたしました。この補正の根拠は本願明細書段落[0055]、[0119]、および[0638]等に記載され、サポートされています。」
と主張し、そして、
「したがいまして、上記の補正は、特許法第17条の2第3項乃至第6項の要件を満たしているものと確信致します。」
と主張するにとどまり、上記補正事項Aが、特許法第17条の2第5項各号に規定する要件に違反していないことについて何ら具体的に説明するものではないから、審判請求人の上記主張は採用できない。
そうしてみると、上記補正事項B~Dについては検討するまでもなく、上記補正事項Aを含む本件補正は、特許法第17条の2第5項に規定する要件に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
第3 本願発明について
令和3年7月12日にされた手続補正は、上記の第2のとおり却下されたので、本願の請求項1~19に係る発明は、令和2年6月25日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1~19に記載された事項により特定されるものであるところ、そのうちの請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、当該請求項1に記載された事項により特定される、以下のものであると認める。
「【請求項1】
難聴を処置又は予防するための鼓室内組成物であって、
鼓室内組成物は、約0.1mg/ml~約20mg/mlの成長因子、またはその薬学的に許容可能な塩、及び耳に許容可能なゲルを含む、鼓室内組成物。」
第4 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は「この出願については、令和2年10月26日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶をすべきものです。」というものである。
そして、令和2年6月25日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載の請求項1~19に係る発明についてなされたものである、同年10月26日付け拒絶理由通知書には、次の理由1~3が示されている。
「1.(明確性)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
2.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
3.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
●理由1(明確性)について
・請求項1~19
・・・
●理由2(サポート要件)について
・請求項1,8~19
本願明細書[0002]等の記載からみて、本願発明は、「薬物放出による、蝸牛と前庭迷路とを含む、外耳、中耳、内耳への薬物送達を強化するための、製剤」を提供することで、課題の解決を図るものと認められる。
・・・
よって、「ゲル」として、熱可逆性のものを用いる点を明確に特定していない本願請求項1,8~19に係る発明は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであり、請求項1,8~19に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。
●理由3(進歩性)について
・請求項1~19
・引用文献等1
・・・
<引用文献等一覧>
1.国際公開第2007/038949号(新たに引用した文献;原出願の引用文献1)」
第5 当審の判断
上記第4に記載した原査定の拒絶の理由1~3のうちの理由2(サポート要件)及び理由3(進歩性)について、事案に鑑み、まず理由3(進歩性)から検討する。
1 理由3(進歩性)について
(1) 引用文献に記載された事項及び引用発明
原査定において引用文献1として引用された、本願の優先日(2008年4月21日)前である2007年4月12日に公知となった「国際公開第2007/038949号」には、次の事項が記載されている。なお、引用文献1は英文で記載されているため、引用文献1の日本語特許ファミリーに相当する「特表2009-509982号公報」(以下「対応公表公報」という。)における記載をふまえた当審合議体による訳文で記載するとともに、当該公報における該当箇所の段落番号も合わせて示す。また、下線は、実施例2の見出しに元から付されているもの以外については、当審合議体が付した。
摘記ア
「本発明は、アリールシクロアルキルアミン物質を含む組成物に関し、最終的には、少なくとも1つの他の薬学的な活性を有する物質と混合される。それは、内耳において導管を最大化する目的と共に、物質を制御放出するために、中耳に局所的に投与されるものであると説明することができる。好ましくは、組成物は、生体粘着または機械的特性により、選択された中耳-内耳仲介組織構造に付着する。」(7頁11行~16行(対応公表公報の【0027】))
摘記イ
「本発明の組成物は、ホモ型の生体適合性ポリマーであってもよいし、または1つ、2つ、またはそれ以上の異なるポリマーの混合物を含んでもよい。本発明の組成物は、同質ではないポリマーを製造する製造方法、または別個の混合ステップにおいて異なるポリマーを組み合わせることにより得られる多様なポリマーから用意される。
生体適合性ポリマーは、本発明の組成物において、生物分解性もしくは非生物分解性の、水溶性もしくは非水溶性の、またはミクロスフィアベースのゲル状であることが好ましい。
ゲル状の生体適合性ポリマーの具体的な例としては限定されるものではないが、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸塩、レシチンゲル、(ポリ)アラニン誘導体、プルロニクス(pluronics)、ポリ(エチレングリコール 、ポロキサマー、キトサン、キシログルカン、コラーゲン、フィブリン、ポリエステル、ポリ(ラクチド)、ポリ(グルコシド)またはそれらのコポリマーPLGA、スクロース酢酸塩、スクロースイソ酪酸塩、およびグリセロールモノオレエートを含む。ゲルは、中耳に対して容易に投与することができ、長時間の間、薬品を放出することができ、かつ高確率で薬品を内耳に到達させることができることが好ましい。」(9頁3~17行(対応公表公報の【0035】~【0037】))
摘記ウ
「本発明の組成物は、1つ以上の他の薬学的な活性を有する化合物をさらに含むことができる。本発明に基いた耳用の組成物は、多様な成分を含むことができる。例えば、・・・、神経栄養因子(例えばGDNFまたはBDNF)、・・・などのような他の生理活性物質を含む。」(17頁10~16行(対応公表公報の【0067】))
摘記エ
「組成物は、内耳疾病を治療するための薬剤の用意に用いることができる。例えば、耳鳴り、難聴、内耳炎または内耳感染症、自己免疫性内耳疾患、めまい、メニエール病、内耳細胞退行性変化または高齢による内耳細胞退行性変化である。
内耳疾病による哺乳類の苦痛に対する本発明の組成物または薬剤の投与は、多様な到達技術により達成することができる。組成物は、中耳に注入されることにより投与されることが好ましい。薬剤応答インプラントは、注射、注入、または外科用器具を用いての沈着により投与されることが好ましい。
内耳-中耳仲介組織構造に対して目的とした手法により製剤を輸送および/または到達させるための器具または薬剤基剤の使用を含む。これにより、内耳中に拡散されるか、または盛大に注入される。・・・鼓膜内部注射の使用もさらに含む。すなわち、製剤は、例えば、蝸牛窓の隙間などのような、目的とする内耳-中耳仲介組織構造の領域を越えて中耳に注射入される(・・・)。注射は、鼓膜を介して、鼓膜より内側に挿入した通気管を介して、または鼓膜の孔(例えば、鼓室耳道板(tympanomeatal flap)により)を介して直接行うことができる。注射される製剤の量は、一般的には、200から500マイクロリットルの間である。」(18頁24行~19頁18行(対応公表公報の【0073】~【0075】))
摘記オ
「実施例2
先の実験は、中耳に注射することができない、粘性を有するゲル製剤からのケタミンの放出動力学を検証しているが、我々は、次に、2つの注射可能であるゲル製剤について検証した。これにより、容易な取り扱いの利点を提供することができる。
方法および材料
全部で16匹の色素性のモルモットに対して、針に接続されている1mlのシリンジを介して、S-(+)-ケタミン塩酸塩(Cristalia)を含む、100マイクロリットルのヒアルロン酸(Hylumed Sterile、Genzyme Corp.)またはポロキサマー(Lutrol F127、BASF)ゲル製剤のいずれかを投与した。半分の動物には、ヨーロッパ薬局法(ref.4005000)に基いて調整したpH7.4のリン酸緩衝液中に調合した0.5%ヒアルロン酸ゲルを与えた。ケタミンは、4℃で一晩、電磁撹拌機で撹拌し、1mMの濃度でゲルに溶解させた。残りの半分の動物には、針に接続された1mlのシリンジを介して、20%ポロキサマーゲルを与えた。ゲルは、3mlの同じリン酸緩衝液に600mgのLutrol粉末をゆっくりと加え、電磁攪拌機により攪拌する(500rpm)ことにより調合した。最も粘性の小さい透明な溶液を得るために、16時間混合プロセスを続けた。ヒアルロン酸ゲルに関しては、ケタミンは、電磁攪拌機により一晩攪拌することにより1mMの濃度でポリキサマー溶液中に溶解させた。モルモットの中耳組織に接触させるとすぐに、ポロキサマーはゲル化し、ほぼ固体となった。
ゲル製剤の注射のために、モルモットは単一投与により麻酔し(例えば、0.3ml/kgの6%ペントバルビタール(Ceva sante animale)、後耳介の外科的処理(背中側からの方法)により、動物の右骨胞を開放した。骨胞は、歯科用セメント(Texton, SS White Manufacturing)により再度塞ぎ、外傷はベータダイン溶液で消毒し、縫い合わせた。3時間後、動物の各ゲル製剤群の4匹は、外リンパを採取するために、深い麻酔下(50mg/kgペントバルビタール)で首を切り落とし、残りの動物は48時間後に犠牲とした。右の蝸牛は、側頭骨から取り出し、骨胞を開放した。蝸牛痩孔(直径0.2mm)の付け根のそばの蝸牛に小さな孔を開けた。10マイクロリットルの外リンパは、殺菌したガラス製のマイクロピペットの孔(先端の直径が0.1mm)を介して採取した。サンプルは、検出限界が0.2ng/mlである液体クロマトグラフィ質量分析法により分析した(HPLC装置:Perkin Elmer series 200; 質量分析検出器:MSD Sciex API4000 Applied Biosystems; カラム:Zorbax SB CN 50×2.1mm 5μm-Agilent technologies)。
結果
図3に示すように、粘性の低いヒアルロン酸製剤を使用した場合、処理後3時間および48時間の時点での外リンパにおいて濃度に大きな変化はみられなかった。これば、注射された製剤が内耳中で同様の濃度で提供されていることを示している。図3は、さらに、処理後3時間での外リンパにおける濃度がヒアルロン酸の濃度の約2倍以上であったことから、ポロキサマーが蝸牛窓膜を越えて効果的に放出されることも示している。これは、異なる放出動力学によるものであるか、または蝸牛窓の隙間におけるゲルの固体化(すなわち、局所的な治療において)が、蝸牛窓膜へのより一層の付着を可能とする事実によるものである。3時間後、さらなる流動性を有するヒアルロン酸製剤の一部分は、蝸牛窓の隙間それぞれと同程度の高さである中耳空間から咽頭に下がって、すでに排出される。」(25頁3行~26頁末行(対応公表公報の【0093】~【0096】))
上記摘記ア~オのうち、上記摘記オによれば、引用文献1には、S-(+)-ケタミン塩酸塩と、20%ポロキサマーゲルとを含む組成物であって、該組成物は針に接続されているシリンジを介して、すなわち注射により中耳組織に接触させることが記載されており、そして、上記摘記エには、引用文献1に記載の組成物は、内耳疾病を治療するために用いることが記載されている。
したがって、引用文献1には、以下の発明が記載されていると認められる。
「S-(+)-ケタミン塩酸塩、及び、20%ポロキサマーゲルを含む、注射により中耳組織に接触させる、内耳疾病を治療するための組成物」(以下「引用発明」という。)
(2) 対比・判断
ア 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
耳は外耳、中耳、内耳の3つの部分に分けられ、鼓室はこのうちの中耳の主体となる部分であって鼓膜の内側に存在する空間であるところ、上記摘記ア及びエもふまえるに、「注射により中耳組織に接触させる」ことは、当該鼓室の内に適用することであるといえるから、引用発明の組成物は、本願発明の「鼓室内組成物」に相当する。
また、引用発明の「ポロキサマーゲル」は、上記摘記イによれば、本願発明の「耳に許容可能なゲル」に相当する。
そして、引用発明の「内耳疾患の治療」と本願発明の「難聴の処置」とは、いずれも「耳の疾患の治療」という点で共通し、また、引用発明の「S-(+)-ケタミン塩酸塩」と本願発明の「成長因子、またはその薬学的に許容可能な塩」とは、いずれも「耳の疾患」に対しての治療効果を発揮する「治療薬」という点で共通する。
そうすると、本願発明と引用発明とは、
「耳の疾患を処置するための鼓室内組成物であって、鼓室内組成物は、治療薬、及び耳に許容可能なゲルを含む、鼓室内組成物」
である点で一致し、以下の点で相違する。
(相違点)
本願発明においては、「治療薬」が「約0.1mg/ml~約20mg/mlの成長因子、またはその薬学的に許容可能な塩」であり、鼓室内組成物が治療する対象である「耳の疾患」が「難聴」であるのに対し、引用発明においては、「治療薬」が「S-(+)-ケタミン塩酸塩」であり、鼓室内組成物が治療する対象である「耳の疾患」が「内耳疾病」である点。
イ 判断
(ア)
上記相違点について検討する。
上記摘記エのとおり、引用文献1には引用発明の組成物が「難聴」の治療に使用できることが記載されており、また、引用文献1には上記摘記ウのとおり、引用発明の組成物にはGDNFやBDNFなどの「神経栄養因子」を配合できることが記載されている。
ここで、成長因子、及び、GDNFやBDNFなどの神経栄養因子に関し、本願明細書の【0370】に、
「成長因子
本明細書に開示される製剤を用いた使用のため考慮されるものは、耳の神経及び/又は有毛細胞の悪化を調節し、耳の神経及び/又は有毛細胞の生存及び/又は成長を促進する薬剤、及び内耳において破壊され、発育が阻止され、機能不全となり、損傷を受けた、脆弱な又は欠損した毛から生じる難聴又は聴力低下を処置又は回復させるための薬剤である。したがって、いくつかの実施形態は、神経及び耳の有毛細胞の生存を促進、及び/又は神経及び耳の有毛細胞の成長を促進する薬剤の使用を組み込む。いくつかの実施形態において、神経及び耳の有毛細胞の生存を促進する薬剤は、成長因子である。いくつかの実施形態において、成長因子は神経栄養である。特定の例において、神経栄養は、アポトーシスの開始から細胞を守り、損傷を受けた神経及び耳の有毛細胞を修繕し、及び/又は前駆細胞における分化を誘発する成長因子である。いくつかの実施形態において、神経栄養は、脳由来神経栄養因子(BDNF)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、ニューロトロフィン3、ニューロトロフィン4、及び/又はそれらの組み合わせである。・・・」(当審注:下線は当審合議体が付した。)
と記載されているように、GDNFやBDNFのような上記「神経栄養因子」は、難聴を処置又は回復させる機能を有する「成長因子」に相当するといえる。
そうすると、引用発明の鼓室内組成物について、引用文献1における上記の記載に鑑みた当業者が、GDNFやBDNFのような「成長因子」を配合し、その用途を「難聴を処置するため」のものとすることは、容易に想到し得たものである。また、所望する治療効果の発揮のために、上記「成長因子」の濃度を適宜調整し、本願発明にある「約0.1mg/ml~約20mg/ml」程度の濃度に設定することは、引用文献1にその明示がなくとも、引用発明の鼓室内組成物において上記「成長因子」を配合する際の、当業者の設計事項にすぎない。
(イ)
本願発明の効果について検討する。
本願明細書には、耳に許容可能なゲルに加え、GDNFやBDNFなどである「成長因子」を「約0.1mg/ml~約20mg/ml」の範囲にある濃度で含む鼓室内組成物を作成し、「難聴」を処置又は予防できたことについての、実施例等による具体的な裏付けは何らない。また、本願発明の組成物に含まれる活性医薬成分の濃度に関しては、本願明細書の【0537】において、
「いくつかの実施形態において、本明細書中に記載される製剤は、本明細書中に記載されるようなpH及び浸透圧を有し、約1μMと約10μMの間、約1mMと約100mMの間、約0.1mMと約100mMの間、約0.1mMと約100nMの間の活性医薬成分の濃度を有する。いくつかの実施形態において、本明細書中に記載される製剤は、本明細書中に記載されるようなpH及び浸透圧を有し、製剤に対して約0.2重量%と約20重量%の間、約0.2重量%と約10重量%の間、約0.2重量%と約7.5重量%の間、約0.2重量%と約5重量%の間、約0.2重量%と約3重量%の間、約0.1重量%と約2重量%の間の活性成分の活性医薬成分濃度を有する。いくつかの実施形態において、本明細書中に記載される製剤は、本明細書中に記載されるようなpH及び浸透圧を有し、製剤の体積当たり約0.1mg/mLと約70mg/mLの間、約1mg/mLと約70mg/mLの間、約1mg/mLと約50mg/mLの間、約1mg/mLと約20mg/mLの間、約1mg/mLと約10mg/mLの間、約1mg/mLと約5mg/mLの間、又は約0.5mg/mLと約5mg/mLの間の活性剤の活性医薬成分濃度を有する。」
と記載されているにとどまり、さらに、当該記載は、組成物に含まれる活性医薬成分や組成物の治療対象を「成長因子」や「難聴」に限ったものとして記載するものではなく、このような本願明細書の記載をふまえるに、本願発明が、GDNFやBDNFなどである「成長因子」を「約0.1mg/ml~約20mg/ml」の濃度で含むことで、引用文献1の記載から当業者が予測し得る効果に比して、格別優れた効果を奏するということはできない。
(3) 進歩性についての審判請求人の主張について
本願の出願人でもある審判請求人は、令和2年10月26日付け拒絶理由通知書に対する令和3年1月28日提出の意見書、及び、令和3年9月1日提出の手続補正書(方式)により変更した令和3年7月12日提出の審判請求書の「請求の理由」において、本願発明が引用文献1に記載された発明に対して進歩性を有することを主張する。
ここで、上記意見書に記載の主張は、上記意見書と同日に提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に、
「【請求項1】
難聴を処置又は予防するための鼓室内組成物であって、
前記鼓室内組成物は、0.1mg/ml~20mg/mlの成長因子、またはその薬学的に許容可能な塩、及び耳に許容可能なゲルを含み、
前記耳に許容可能なゲルは、14重量%~18重量%のポロキサマーを含む熱可逆性ゲルである、
鼓室内組成物。」
が記載された発明を前提とするものであり、また、上記請求の理由に記載の主張は、上記審判請求書と同日に提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に、
「【請求項1】
耳の疾患または状態を処置又は予防するための鼓室内組成物であって、
前記鼓室内組成物は、0.1mg/ml~20mg/mlの成長因子、またはその薬学的に許容可能な塩、及び耳に許容可能なゲルを含み、
前記耳に許容可能なゲルは、15重量%~17重量%のポロキサマー407を含む熱可逆性ゲルであり、前記成長因子は脳由来神経栄養因子(BDNF)である、
鼓室内組成物。」
が記載された発明を前提とするものであって、いずれも、上記(2)において引用発明との対比・判断の対象とした、令和2年6月25日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を前提とするものではない。
そして、令和3年1月28日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載された発明又は同年7月12日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載された発明と、本願発明とは、耳に許容可能なゲルの種類や濃度の特定、成長因子の種類の特定、鼓室内組成物の用途といった点で、発明を特定するために必要な事項が相当に相違するから、審判請求人による主張はいずれも採用できない。
(4) 小括
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び引用文献1に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
2 理由2(サポート要件)について
(1) サポート要件の検討の前提
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆる「サポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が本願の出願時の技術常識に照らし、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、この観点から、本願の請求項1の記載がサポート要件を満たすか否か、以下、検討する。
(2) 本願発明が解決しようとする課題及びその解決手段について
本願の請求項1、及び、本願明細書の【0002】における、
「本明細書に記載されているものは、好ましくは、少しの、又は、非全身の、薬物放出による、蝸牛と前庭迷路とを含む、外耳、中耳、内耳への薬物送達を強化するための、製剤である。」
との記載を含む発明の詳細な説明の全ての記載からみて、本願発明の解決しようとする課題は、「薬物送達を強化するための、鼓室内組成物に適用される組成物の提供」を含むものであると認められる。
(3) 本願発明の課題の解決手段について
本願発明の鼓室内組成物は、請求項1における記載のとおり、所定の濃度の成長因子に加えて、「ゲル」を含むものであるが、当該ゲルについて、請求項1には「耳に許容可能な」ものであること以上の特定は何らないから、本願発明における「ゲル」には当然に、「耳に許容可能な」ものであることを満たす、あらゆる種類・物性のゲルが含まれることになる。
ここで、例えば、本願明細書の【0008】において、
「(耳管内へのドレナージの防止)
幾つかの例において、液状の製剤の欠点は、耳管へと注入するというその特性であり、内耳から製剤の急速なクリアランスを生じることである。特定の実施形態において、本明細書に与えられているものは、体温でゲル状のものであり、延長された期間、標的とする聴覚表面(例えば、正円窓)に接しているままの状態にある、ポリマーを備えている耳の製剤である。・・・幾つかの例においては、本明細書に記載されている製剤は、耳管を介する活性剤のドレナージ又は漏れに起因する治療効果の減衰を回避するものである。」
と記載されているように、組成物が注射等により鼓室内に投与された後に、投与された場所においてゲルとしてとどまらなければ、液状である組成物が早期に排出されてしまうことにより、上述した薬物送達の強化に係る課題が解決されないことは、当業者に明らかといえる。
よって、発明の詳細な説明の実施例等において、上述した課題を解決するものとして具体的に記載された、鼓室内に投与した後にゲルとしてとどまるという物性を有する「特定のゲル」を含む鼓室内組成物の発明を、任意の「耳に許容可能なゲル」を含む請求項1の鼓室内組成物の範囲にまで拡張ないし一般化することができるとは認められない。
そうすると、本願発明は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に照らして、上記した課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
(4) 小括
よって、本願発明は、明細書の発明の詳細な説明に記載したものでなはい。
第6 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項に該当し、特許を受けることができず、また、本願は、請求項1に係る発明が明細書の発明の詳細な説明に記載したものでなく、特許請求の範囲の記載が同法同条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2021-009306