特許異議申立
2026-700086
液浸冷却システム用冷却液
- 審判番号
- 2026-700086
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2023-580664
- 登録番号
- 7715849
- 請求日
- 2026年01月29日
- 審決日
- 2026年05月28日
- 公報発行日
- 2026年06月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】ENEOS株式会社
- 【権利者代理人】松沼 泰史
- 【権利者代理人】宮本 龍
- 【権利者代理人】田中 成典
- 【権利者代理人】▲高▼梨 航
- 【異議申立人】村野 親
- 審判長/審判官
- 審判長 関根 裕
- 審判官 瀬下 浩一
- 審判官 東 裕子
- 分類
- P1651.121-Y (C09K) / P1651.537-Y (C09K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項、特許法第36条第6項第2号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7715849号発明「液浸冷却システム用冷却液」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7715849号の請求項1~3に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7715849号の請求項1~3に係る特許についての出願は、2023年(令和5年)7月14日(優先権主張 令和4年7月14日)を国際出願日とするものであって、令和7年7月22日に特許権の設定登録がされ、同年7月30日に特許掲載公報が発行された。その後、全請求項(請求項1~3)に係る特許に対し、令和8年1月29日に特許異議申立人 村野親(以下「申立人」という。)は特許異議の申立てを行った。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~3に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1~3に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである(以下「本件発明1」~「本件発明3」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)。
「【請求項1】
液浸冷却システムの液浸槽に冷却液として充填される液浸冷却システム用冷却液であって、
炭化水素油と、
アミン系酸化防止剤、及びフェノール系酸化防止剤からなる群から選択される一種以上の酸化防止剤とを含有し、
前記炭化水素油を、前記液浸冷却システム用冷却液全量に対して、50質量%以上含み、
前記液浸冷却システム用冷却液は、5%留出温度が320℃以上であり、%CNが0.5以上30.0以下であり、40℃における動粘度が25.0mm2/s以上である、液浸冷却システム用冷却液。
【請求項2】
95%留出温度が430℃以上である、請求項1に記載の液浸冷却システム用冷却液。
【請求項3】
前記酸化防止剤の含有量は、前記液浸冷却システム用冷却液全量に対して、0.01質量%以上5質量%以下である、請求項1又は2に記載の液浸冷却システム用冷却液。」
第3 特許異議申立理由の概要
1 概要
申立人は、証拠方法として甲第1号証~甲第8号証(以下「甲1」等という。)を提出し、以下の理由1~3により、本件特許は取り消すべきものである旨主張する。
(1)本件発明1~3について、以下の甲1を主たる証拠とし、甲3を従たる証拠とし、甲2、甲4ないし甲6を技術常識を示す刊行物として参照する、申立ての理由1(特許法第29条第2項)。
(2)本件発明1~3について、以下の甲2を主たる証拠とし、甲3を従たる証拠とし、甲1、甲4ないし甲6を技術常識を示す刊行物として参照する、申立ての理由2(特許法第29条第2項)。
(3)本件発明1~3について、以下の甲7ないし甲8を技術常識を示す刊行物として参照する、申立ての理由3(特許法第36条第6項第2項)。
2 証拠方法
甲1:国際公開第2022/132627号
甲2:米国特許公開第2021/0040369号明細書
甲3:特開2005-154760号公報
甲4:DSi Ventures, "Choosing the Right Fluid for Electronics Cooling" (2013)
甲5:特開平9-264677号公報
甲6:特開2013-43933号公報
甲7:飯野真史、「界面活性剤講座(第8講)潤滑油、潤滑油添加剤」、Jpn.Soc.Colour Mater., 89(10), 356-361 (2016)
甲8:Lubchem Updates, "What are Polyalphaolefin Lubricants?", Nov.28 (2021), https://lubchem.com/blog/updates/what-are-polyalphaolefin-lubticants/
3 刊行物等に記載された事項
以下、外国語の刊行物等については、原文の段落番号や頁番号に対応する翻訳を示す。基本的に、申立人が提出した翻訳により示すが、注記したものについては、当審訳を翻訳として示す。
(1)甲1に記載された事項
甲1には、以下の事項が記載されている。
請求項1
「
[図:0001436220000001.jpg]
」
請求項6
「
[図:0001436220000002.jpg]
」
[0001]
「
[図:0001436220000003.jpg]
」
[0008]
「
[図:0001436220000004.jpg]
」
[0026]
「
[図:0001436220000005.jpg]
[図:0001436220000006.jpg]
」
[0054]
「
[図:0001436220000007.jpg]
」
[0055]
「
[図:0001436220000008.jpg]
」
[0064]
「
[図:0001436220000009.jpg]
」
[0071]
「
[図:0001436220000010.jpg]
[図:0001436220000011.jpg]
」
[0073]
「
[図:0001436220000012.jpg]
」
(当審注:測定項目のうち、翻訳の「最大見かけ上の伸長Vis(mPa・s)」は、通常、「最大見かけ伸長粘度(mPa・s)」という。)
(2)甲2に記載された事項
請求項1
「
[図:0001436220000013.jpg]
」
請求項13
「
[図:0001436220000014.jpg]
」
請求項14
「
[図:0001436220000015.jpg]
」
[0002]
「
[図:0001436220000016.jpg]
」
[0016](本項は、当審による翻訳で示す)
「図面の簡単な説明
[0016]図1は、本明細書の実施例に従う、少なくとも1種のグループIV基油と、少なくとも1種のフェノール系酸化防止剤を含む熱伝達流体の組成と、試験後(EOT、End of Test)の見た目の順位を含む試験結果を示したものである。」
[0035]
「
[図:0001436220000017.jpg]
」
[0042](本項は、当審による翻訳で示す)
「[0042]さらに別の実施形態においては、本明細書の開示は、熱伝達システムを備えた装置で使用される熱伝達流体に関する。この熱伝達流体は、主成分として少なくとも1つのグループV基油を含有し、副成分として少なくとも2種の酸化防止剤の混合物を含有する。この少なくとも2種の酸化防止剤は、フェノール系酸化防止剤及びアミン系酸化防止剤の混合物である。」
[0068]
「
[図:0001436220000018.jpg]
」
[図1](本項は、当審による翻訳で示す)
「
[図:0001436220000019.jpg]
」
(左欄上段の成分は、上より、「低粘度PAO」、「AO1フェノール系(固体)」、「AO2フェノール系(固体)」、「AO3アミン系(液体)」、「AO4フェノール系(固体)」、「消泡剤」である。
左欄中段の題目は、左は「分析」右は「単位」である。
左欄下段の項目は、上より、「40℃における粘度 試験前」、「100℃における粘度 試験前」、「TAN(全アンモニア性窒素)に対する緩衝能 試験前」、「40℃における粘度 試験後」、「100℃における粘度 試験後」、「硝化 試験後」、「酸化 試験後」、「TAN(全アンモニア性窒素)に対する緩衝能 試験後」、「PAI(汚染指数)値 試験後」、「見た目の順位」である。
)
(3)甲3に記載された事項
「
[図:0001436220000020.jpg]
」
「
[図:0001436220000021.jpg]
」
「
[図:0001436220000022.jpg]
[図:0001436220000023.jpg]
」
「
[図:0001436220000024.jpg]
」
「
[図:0001436220000025.jpg]
・・・
[図:0001436220000026.jpg]
・・・
[図:0001436220000027.jpg]
[図:0001436220000028.jpg]
」
「
[図:0001436220000029.jpg]
」
(4)甲4に記載された事項
3頁(部分)
「
[図:0001436220000030.jpg]
」
(5)甲5に記載された事項
[0001]
「
[図:0001436220000031.jpg]
」
[0069]
「
[図:0001436220000032.jpg]
[図:0001436220000033.jpg]
」
(6)甲6に記載された事項
[0001]
「
[図:0001436220000034.jpg]
」
[0026]
「
[図:0001436220000035.jpg]
」
[0033]~[0034]
「
[図:0001436220000036.jpg]
・・・」
[0036]
「
[図:0001436220000037.jpg]
」
(7)甲7に記載された事項
28頁左欄
「
[図:0001436220000038.jpg]
」
同頁右欄
「
[図:0001436220000039.jpg]
」
(8)甲8に記載された事項
1頁
「
[図:0001436220000040.jpg]
・・・
[図:0001436220000041.jpg]
」
第4 当審の判断
1 本件発明1~3についての申立ての理由1に対する当審の判断
(1)甲1に記載された発明
甲1の[0073]の[表4]の「実施例10」の熱流体に着目し、ベース流体F7について[0071]の[表1]の記載を、ポリマーP9について[0072]の[表2]の記載を参酌すれば、甲1には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。
(甲1発明)
「ベース流体F7と、30ppmのポリマーP9からなる熱流体であって、
ベース流体F7は、非水性流体のポリアルファオレフィンBであり、
ポリマーP9は、40℃での動粘性率(ASTM D445)が24.6(m2/s)のポリイソブチレンである、
熱流体。」
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「熱流体」は、甲1の請求項1に「電気部品を冷却する方法」が「前記電気部品を誘電性油性熱伝達流体に接触させること」と記載された(上記第3の3(1))、その「誘電性油性流体」の具体例であるから、接触させて電気部品を冷却するものであるところ、本件発明1の「液浸冷却システム用冷却液」は、液浸槽に充填され冷却対象物と接触することで冷却するものであるから、両者は、「接触させて対象物を冷却する冷却液」である点で一致する。
甲1発明の熱流体の「ベース流体F7」である「非水性流体のポリアルファオレフィンB」は、甲1の請求項1の「(a)非導電性、非水性、及び非水混和性の油成分」であり、甲1の請求項6には「炭化水素を含む」ことも示されているように(上記第3の3(1))、本件発明1の「炭化水素油」に相当する。
また、甲1発明の熱流体において、ポリマーF9(30ppm)の残部はポリアルファオレフィンB(99.997%=100%-30ppm)であると解されるので、本件発明1の「炭化水素油を」「冷却液全量に対して、50質量%以上含」むことを充足する。
そうすると、甲1発明と本件発明1とは、
「接触させて対象物を冷却する冷却液であって、
炭化水素油を、前記冷却液全量に対して、50質量%以上含む、
冷却液。」
の点で一致し、次の点で相違する。
<相違点1a>
冷却液が、本件発明1は「液浸冷却システムの液浸槽に冷却液として充填される液浸冷却システム用」冷却液であるのに対し、甲1発明は、液浸槽に充填される液浸冷却システム用のものとは特定されていない点。
<相違点1b>
冷却液が、本件発明1は「アミン系酸化防止剤、及びフェノール系酸化防止剤からなる群から選択される一種以上の酸化防止剤とを含有」するものであるのに対し、甲1発明には、酸化防止剤が含まれていない点。
<相違点1c>
冷却液が、本件発明1は「5%留出温度が320℃以上であり、%CNが0.5以上30.0以下であり、40℃における動粘度が25.0mm2/s以上である」のに対し、甲1発明は「40℃における動粘性率(ASTM D445)が24.6(m2/s)」である点。
イ 判断
事案に鑑み、まず相違点1cについて検討する。
(ア) 甲1発明に記載の「動粘度(ASTM D445)が24.6(m2/s)」の単位「m2/s」が、「mm2/s」とすべき誤記であることは、例えば甲2に「ASTM D-445によって決定される100℃で約0.5cSt~約12cStの動粘度」(上記第3の2(2)請求項1、下線部は当審による)と示されるように(「cSt」=「mm2/s」、上記第3の2(2)図1参照)、当業者に明らかである。そうすると、甲1発明の冷却液の40℃での動粘度は、24.6(mm2/s)と解すべきものである。
(イ) 甲1発明には、40℃での動粘性率(ASTM D445)が24.6(m2/s)であることは示されているが、この数値は本件発明1の範囲外であり、甲1には、本件発明1の範囲内に調整することを動機付ける記載も、5%留出温度や%CNの範囲を定めることを動機付ける記載も、存在しない。
(ウ) ここで、甲3には、「基油6」が、減圧軽油を水素化分解して得られたボトム油を溶剤脱ろうして得られたワックス1を原料(上記第3の3(3)第1表)として、さらに水素化異性化脱ろうし、さらに軽質分を除去した生成油に水素化仕上げをし、再び減圧蒸留をして100℃における動粘度を調整して得た基油であり(上記第3の3(3)段落0037)、得られた「基油6」の性状は、「5%留出温度」が「332℃」で、「ナフテン分(%CN)」が「1.9」で、「動粘度(40℃)」が「30.46mm2/s」であることが、示されている(上記第3の3(3)第6表)。
(エ) しかし、甲3に記載の基油は、「機械的せん断、熱的せん断を受けても粘度低下を起こさず、熱負荷条件下においても当初の粘度特性を長期にわたり保持し、粘度低下に起因する摩耗や潤滑不良、及び粘度上昇に起因する機会の作動不良や誤動作などを防止する潤滑油組成物を提供」するために(上記第3の3(3)段落0005、0037)、「粘度指数が高く、低温流動性に優れた潤滑油基油」となるよう(上記第3の3(3)段落0001)調製されたものであり、その潤滑油組成物の用途は、「自動車用エンジン油、自動変速機油、無断変速機油、油圧作動油、タービン油、圧縮機油、工作機械用潤滑油、切削油、歯車油、流体軸受け油、転がり軸受け油などに適用することができる」ものと記載されている(上記第3の3(3)段落0043)。
そうすると、甲3には、甲3に記載された潤滑油基油が、甲1に示されるような冷却方法における冷却液に適用できる基油であるとも、そのような冷却液に適するような性状に調製された基油であるとも、記載されていないから、甲3に記載の基油6を、甲1発明に示された冷却方法における冷却液に用いることの動機付けは、甲3にあるとはいえない。
(オ) 甲1には、電気部品を冷却する方法における非伝導性で非水性かつ非水混和性の流体は、米国石油協会のBase Oil Interchangeability Guidelines(2011)のグループI~Vの基油のいずれかから選択され得ることが記載されている(上記第3の3(1)段落0008)。
甲2には、甲1発明に示されたのと同様の冷却方法における冷却液において、「幅広い種類の熱伝達流体基油が当該技術分野で知られている。本開示に有用な熱伝達流体基油は、天然油、鉱油、合成油であり、非従来型油(またはそれらの混合物)は、未精製、精製、または再精製(後者は再生油または再処理油としても知られる)の状態で使用することができる。」との記載がある(上記第3の3(2)段落0068)。
甲4には、「電子機器を冷却する」「直接接触型の液体冷却」として「最も頻繁に検討される絶縁性冷却液」「5種」として、「石油系オイル」「ホワイトオイル」「フッ素系オイル」「植物油」「合成イソパラフィン」が挙げられる(上記第3の3(4))。
甲5には、「本実施例では、ハウジング13内部空気、筐体内部流体である高温空気(内気)として電子部品11、12等の発熱体により高温化される高温空気等の高温気体を用いたが、高温流体として電子部品11,12等の発熱体を冷却する冷却水やオイル(作動油や潤滑油を含む)等の高温流体を用いてもよい。」との記載がある(上記第3の3(5)段落0069)。
甲6には、「自動車、建設機械、農機(トラクター)に搭載され、その使用において充放電を繰り返す二次電池やキャパシタ等の充放電器の昇温を抑制する充放電器用冷却液」(上記第3の3(6)段落0001)は、「潤滑油等の一般的な基油により製造することができる」こと(同、段落0026)が記載されている。
以上の甲1~甲2及び甲4~甲6の記載によれば、甲1に示されたような熱伝達流体の基油として、それらに記載されたように一般的な基油を採用することは、当業者に知られた事項であるといえる。
しかし、甲3に記載の基油6は、上記したように、特定の目的に向けて調製された特定の基油であるから、それが甲1~甲2及び甲4~甲6に示されるような一般的な基油であって甲1発明の冷却液に用いることのできるものであることが、直ちに導き出せるとはいえない。
(カ) 甲3には、「従来の」「合成基油としてのPAO(比較基油VII)」として、「5%留出温度」は「432℃」で、「ナフテン分(%CN)」が「7.0」で、「動粘度(40℃)」が「30.62mm2/s」という性状のもの(上記第3の3(3)第6表)も示されている。
しかし、甲1発明の実施例10の熱流体を構成するベース流体F7の動粘度は、測定温度欄が空欄の「24.75(m2/s)」と記載されており(上記第3の3(1)表1)、同様に炭化水素油であっても甲3の比較基油VIIと同じ性状のものであるとは解されない。また、甲3の比較基油VIIは、基油6と対比できるよう、基油6と類似した性状を有しているものが選択されて対比されているものと考えられることからすれば、上記(エ)に指摘したように、基油6は、特定分野の潤滑用途に特化した性状を有するものとされたものであり、比較基油VIIも同様であると解されるから、上記(エ)で検討したのと同様の理由で、上記(オ)の周知事項を踏まえたとしても、甲1発明の冷却液に用いる炭化水素油として、甲3に記載の比較基油VIIを採用することは、当業者が適宜になし得たものであるということはできない。
(キ) そして、仮に、甲1発明における炭化水素油として、甲3に記載された上記基油6や比較基油VIIを採用することまでは当業者が容易に想到できたものであったとして、その効果について検討すると、本件明細書には、本件発明1の範囲に、冷却液の40℃における動粘度、5%留出温度、及びナフテン分、を特定することで、電子機器の絶縁材の膨潤の抑制や金属や添加剤の溶出の抑制などが図られる効果のあることが示されるところ(段落0014、0020、0029、実施例)、甲3の基油6についての記載を含む甲3の全記載を参照しても、上記(エ)に示したような特定の分野における潤滑油としての特性を維持向上できるものであることが示されるのみで、甲3に記載された潤滑剤用の基油を、対象物に接触させて冷却する冷却液としたときに、上記した本件発明の効果を奏するものとすることのできることは、当業者が予測可能であるともいえない。
ウ 小括
以上のとおりであるので、相違点1cについて、当業者が容易に想到できたものであるとはいえないから、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲1~甲6に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明2~3について
本件発明2~3は、本件発明1をさらに特定したものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明2~3は、甲1に記載された発明及び甲1~甲6に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)申立人の主張について
特許異議申立書の第23頁「相違点2Aについて検討する」の項において、申立人は、電子機器の液浸冷却において、種々の炭化水素油の適用が試みられていることは甲4に示されるように周知事項であり、それが作動油や潤滑油を含むことも甲5に示されていることから、本件発明1の特定する冷却液の性状を満足している甲3に記載された基油6及び比較基油VIIを適用することは、一般に使用可能なオイルである炭化水素油をそのまま適用することであり、当業者が容易に想到する事項であり、酸化防止剤を含有する効果は当業者が容易に想到する事項である点を主張する。
しかしながら、上記(2)イに示したように、甲3の潤滑油基油は、自動車用エンジン油、自動変速機油、無段変速機油、油圧作動油、タービン油、圧縮機油、工作機械用潤滑油、切削油、歯車油流体軸受け油、転がり軸受け油などに求められる性質である、高粘度指数及び低温流動性の向上に着目したものであり(上記第3の3(3)段落0043)、その基油について記載された性状が冷却液としても求められているものであることについては、申立人が上記周知事項の根拠として提示する甲2、甲4ないし6を参照しても、記載も示唆もない。そして、上記申立人主張の周知事項に基づき、仮に、甲3に記載された性状の基油を甲1発明の冷却液の基油に採用し得たとしたとしても、本件明細書に示された、電子機器の絶縁材の膨潤の抑制や金属や添加剤の溶出の抑制などが図られるという効果が予測可能であることまでの主張はなされておらず、上記(2)イ(キ)に示したとおり、当業者が予測可能なものであったともいえない。よって、申立人の主張を採用することはできない。
(5)まとめ
以上のとおりであるので、本件発明1~3についての、甲1を主たる証拠とし、甲3を従たる証拠とし、甲2、甲4ないし甲6を技術常識を示す刊行物として参照する、申立ての理由1(特許法第29条第2項)は、成り立たない。
2 本件発明1~3についての申立ての理由2に対する当審の判断
(1)甲2に記載された発明
甲2の図1の「05-01E」の熱伝達流体に着目すれば、甲2には次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。
(甲2発明)
「低粘度PAO99.47部と、AO1フェノール系(固体)0.5部と、消泡剤0.03部からなり、
40℃粘度が、試験前は5.11(mm2/s)、試験後は31.32(mm2/s)であり、
100℃粘度が、試験前は1.69(mm2/s)、試験後は5.42(mm2/s)である、
熱伝達流体。」
(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の熱伝達流体は、甲2の請求項1に、「熱伝達システムを有する装置で使用される熱伝達流体」であることが記載され、段落0002には、「電気機器、特に電気自動車、バッテリー、サーバーバンク、およびデータセンターで使用するための」ものであることが記載されていることから(上記第3の3(2))、電気機器を冷却するためのものであるところ、本件発明1の「液浸冷却システム用冷却液」もまた、対象物を冷却するためのものであるので、両者は、「対象物を冷却する冷却液」である点で一致する。
甲2発明の「低粘度PAO」は、低粘度ポリアルファオレフィンの略であるところ、本件明細書には、本件発明1の「炭化水素油」が、鉱油(段落0039)及びポリオレフィンなどの合成油(段落0041)を総称するものであることが示されていることから、本件発明1の「炭化水素油」に相当する。また、甲2発明の低粘度PAOは、熱伝達流体のうち「99.47部」を占めるので、本件発明1の「冷却液全量に対して、50質量%以上含み」の点を充足する。
甲2発明の「AO1フェノール系」は、フェノール系酸化防止剤であるので、本件発明1の「フェノール系酸化防止剤」に相当し、「アミン系酸化防止剤、及びフェノール系酸化防止剤からなる群から選択される一種以上の酸化防止剤とを含有し」を充足する。
そうすると、甲2発明と本件発明1とは、
「対象物を冷却する冷却液であって、
炭化水素油と、
アミン系酸化防止剤、及びフェノール系酸化防止剤からなる群から選択される一種以上の酸化防止剤とを含有し、
前記炭化水素油を、冷却液全量に対して、50質量%以上含む、
冷却液。」
の点で一致し、次の点で相違する。
<相違点2a>
冷却液が、本件発明1は「液浸冷却システムの液浸槽に冷却液として充填される液浸冷却システム用冷却液」であるのに対し、甲2発明は、液浸冷却システム用とは特定されていない点。
<相違点2c>
冷却液が、本件発明1は「5%留出温度が320℃以上であり、%CNが0.5以上30.0以下であり、40℃における動粘度が25.0mm2/s以上である」のに対し、
甲2発明は「ASTM D-445によって決定される100℃で約0.5cSt-約12cStの動粘度(KV 100)を有するもの」であり、「05-01E」の組成物では、40℃粘度が、試験前は5.11(mm2/s)、試験後は31.32(mm2/s)であり、100℃粘度が、試験前は1.69(mm2/s)、試験後は5.42(mm2/s)である点。
イ 判断
事案に鑑み、まず相違点2cについて検討する。
(ア) 甲2は、請求項1において100℃の動粘度(ASTM D-445)の範囲を特定しており(上記第3の3(2))、図1の具体例において40℃の動粘度も示されているが、40℃の動粘度の試験前の数値は本件発明1の範囲外であり、甲2に40℃の動粘度を本件発明1の範囲内に調整することを動機付ける記載も、5%留出温度や%CNの範囲を定めることを動機付ける記載も、存在しない。
(イ) 甲3には、上記1(2)イ(ウ)に示したとおりの事項が示されている。しかし、甲3には、甲3に記載された潤滑油基油が、甲2に示されるような冷却液に適用できる基油であるとも、そのような冷却液に適するような性状に調製された基油であるとも、記載されていないことは、上記1(2)イ(エ)に指摘したとおりであり、甲3に記載の基油6を、甲2発明に示された冷却液に用いることの動機付けは、甲3にあるとはいえない。
(ウ) 甲1~甲2、甲4~甲6には、上記1(2)イ(オ)に示したとおりの事項が記載されており、同箇所に指摘したとおり、それらの記載によれば、甲2に示されたような熱伝達流体の基油として、それらに記載されたように一般的な基油を採用することは、当業者に知られた事項であるといえる。
しかし、甲3に記載の基油6は、上記したように、特定の目的に向けて調製された特定の基油であるから、それが甲1~甲2及び甲4~甲6に示されるような一般的な基油であって甲2発明の冷却液に用いることのできるものであるとは、直ちに導き出すことはできない。
(エ) 甲3には、上記1(2)イ(カ)に示したとおり、5%留出温度、ナフテン分及び動粘度(40℃)の値の示された比較基油VIIも、記載されている。しかし、甲2発明の熱流体「05-01E」の40℃動粘度(試験前)は5.11(mm2/s)であり、同様に炭化水素油であっても、40℃動粘度が24.75(m2/s)と記載される甲3の上記比較基油VIIのものと、同じ性状のものであるとは解されない。また、甲3の比較基油VIIは、基油6と対比できるよう、基油6と類似した性状を有しているものが選択されて対比されているものと考えられることからすれば、上で指摘したように、基油6は、特定分野の潤滑用途に特化した性状を有するものとされたものであり、比較基油VIIも同様であると解されるから、上記1(2)イ(エ)で検討したのと同様の理由で、上記(ウ)の周知事項を踏まえたとしても、甲2発明の冷却液に用いる炭化水素油として、甲3に記載の比較基油VIIを採用することは、当業者が適宜になし得たものであるということはできない。
(オ) そして、仮に、甲2発明における炭化水素油として、甲3に記載された上記基油6や比較基油VIIを採用することまでは当業者が容易に想到できたとしても、その効果についての検討は、上記1(2)イ(キ)のとおりであり、当業者が予測可能であるとはいえない。
ウ 小括
以上のとおりであるので、相違点2cについて、当業者が容易に想到できたものであるとはいえないから、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明及び甲1~甲6に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明2~3について
本件発明2~3は、本件発明1をさらに特定したものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明2~3は、甲1に記載された発明及び甲1~甲6に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)申立人の主張について
特許異議申立書の第25頁「相違点1Bについて検討する」の項において、申立人は、上記1(4)に指摘したのと同様の主張をするが、同箇所で指摘したとおりであって、申立人の主張を採用することはできない。
(5)まとめ
以上のとおりであるので、本件発明1~3についての、甲2を主たる証拠とし、甲3を従たる証拠とし、甲1、甲2、甲4ないし甲6を技術常識を示す刊行物として参照する、申立ての理由2(特許法第29条第2項)は、成り立たない。
3 本件発明1~3についての申立ての理由3についての当審の判断
(1)申立人の主張
特許異議申立書の第27頁「エ 記載不備の理由」の項において、申立人は、本件特許の請求項1では、液浸冷却システム用冷却液の%CN(いわゆるナフテン分)が「0.5以上30.0以下」の範囲に特定されていることについて、同請求項1は炭化水素油としてポリアルファオレフィンを包含するものであるところ、ポリアルファオレフィンがナフテン環を有さないことは当業者に自明の事項であり(甲7、甲8。上記第3の3(7)及び(8)参照。)、実際には「%CN」が「0」であることが推認されるものであるから、そのような冷却液の%CNを「0.5以上30.0以下」の範囲に特定することの技術的意味を見い出せず、理解できず、そのために本件発明1は明確でなく、本件発明1と引用関係にある本件発明2及び3も同様である点を主張する。
(2)判断
ナフテン分(%CN)とは、本件明細書の段落0036に示されるとおり「n-d-M環分析」(n-d-M法ともいう)に基づき、物性値(n:屈折率、d:比重、M:分子量)を用いて「ASTM D 3238-85」に示される所定の計算式により算出される、概念上の数値として、それ自体明確なものであり、主として基油を含む組成物の性質の指標として一定の技術的意義の認められたものとして当業者に知られたものでもある。
申立人は、甲7及び甲8を示すが、ポリアルファオレフィンは構造上ナフテン環を有するものとはされていないことを裏付けるものに過ぎず、ポリアルファオレフィンをn-d-M環分析してナフテン分を算出することに技術的意義のないことが当業者において周知であることを裏付けるものでもない。
むしろ、例えば甲3には、申立人がナフテン環を有さないことが明らかであると指摘するポリアルファオレフィン(PAO)からなる比較基油VIIについて、「環分析法(ndM法)」により「芳香族分(%CA)」、「ナフテン分(%CN)」及び「パラフィン分(%CP)」を算出して掲載していることからすれば(上記第3の3(3)第6表)、実際の化学構造としてナフテン環を有さない基油に対しても、%CNの値を算出して、他の基油と比較するなどのことは、通常行われている事項に過ぎないともいえる。また、このとき%CNの値は「7.0」と算出されており、「0」でないことについて特段の説明もないことから、本願明細書の上記段落0036のとおり、計算上「0」にならないことは当然にあることであって、格別問題とされるべきものとはされてこなかったものとも解される。
よって、申立人の主張は、%CN(ナフテン分)について、ndM法についての技術的な理解及び基油に関する技術の分野において当業者が従前より確認してきた指標の一つであることを理解することなしにされたものであって、申立人の主張する記載要件違反があるとは認められない。
(3)まとめ
以上のとおりであるので、本件発明1~3における、%CN(ナフテン分)についての明確性要件違反をいう申立ての理由3(特許法第36条第6項第2号)は、成り立たない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、本件請求項1~3に係る特許は、特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっては、取り消すべきものとすることはできない。
また、他に本件請求項1~3に係る特許を取り消すべきものとすべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2026-700086