特許異議申立
2025-700912
研磨布
- 審判番号
- 2025-700912
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2020-168649
- 登録番号
- 7653779
- 請求日
- 2025年09月19日
- 審決日
- 2026年05月19日
- 公報発行日
- 2026年06月26日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】ニッタ・デュポン株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人藤本パートナーズ
- 【異議申立人】後藤 真理子
- 審判長/審判官
- 審判長 本庄 亮太郎
- 審判官 永田 和彦
- 審判官 鈴木 貴雄
- 分類
- P1651.537-Y (B24B) / P1651.111-Y (B24B) / P1651.121-Y (B24B) / 標準データ:手続:異議 / 標準データ:651・537-Y (B24B) / 標準データ:651・111 / 標準データ:651・121
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第1項第1号、特許法第29条第2項、特許法第29条第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)、特許情報標準データ(審判)
事件の表示
特許第7653779号発明「研磨布」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7653779号の請求項1~4に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
1 特許掲載公報発行までの経緯
特許第7653779号(以下「本件特許」という。)の請求項1~4に係る特許についての出願は、令和2年10月5日(優先権主張 令和元年12月27日)にされた特許出願であって、令和7年3月21日に特許権の設定の登録がされ、同月31日に特許掲載公報が発行された。
2 特許異議の申立て以降の経緯
本件特許に対する特許異議の申立て以降の主な経緯は次のとおりである。
(1)令和7年9月19日
特許異議申立人 後藤 真理子(以下「申立人」という。)による、本件特許の請求項1~4に係る特許に対する特許異議の申立て(申立てのために提出された特許異議申立書を以下単に「申立書」という。)
(2)同年12月9日付け(発送日:同月12日)
申立人に対する審尋
(3)同月25日
申立人による、回答書の提出
(4)令和8年1月28日(発送日:同年2月2日)
取消理由通知書による、本件特許の取消しの理由の通知(以下「取消理由通知」という。)
(5)令和8年3月26日
特許権者 ニッタ・デュポン株式会社(以下単に「特許権者」という。)による、意見書(以下「特許権者意見書」という。)の提出
第2 本件発明
本件特許の請求項1~4に係る発明は、願書に添付した(すなわち、特許掲載公報の)請求項1~4に記載された次の事項により特定されるとおりのものである(各発明を以下「本件発明1」等という。)。
「【請求項1】
形成材料として、不織布と、該不織布に含浸された樹脂とを備えた研磨布であって、
見掛け密度が0.30~0.50g/cm3であり、
前記研磨布の表面から裏面まで100μmごとの該表面に平行なスライス面に対して、2000μm×2000μmの測定面を2つ撮影し(2つの測定面は異なる箇所)、各測定面において、100μm×100μmの面を168箇所分抽出し、抽出した100μm×100μmの各面において測定される前記形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下である、研磨布。
【請求項2】
圧縮率が5%以下である、請求項1に記載の研磨布。
【請求項3】
前記形成材料の存在比率の平均値が22~45%である、請求項1又は2に記載の研磨布。
【請求項4】
通気抵抗値が23mmH2O以上である、請求項1~3のいずれか一つに記載の研磨布。」
第3 申立人が主張する申立ての理由の概要
1 申立書における申立ての理由について
本件特許の請求項1~4に係る特許に対する、申立人による申立ての理由は、概略、以下のとおりと整理することができる。
(1)申立ての理由1:新規性欠如(特許法第29条第1項第1号、同法第113条第2号)
・ 請求項1~3:甲第1号証に記載された発明による新規性欠如
(2)申立ての理由2:進歩性欠如(特許法第29条第2項、同法第113条第2号)
ア 請求項1~3:甲第1号証に記載された発明に基づく進歩性欠如
イ 請求項4:甲第1号証に記載された発明及び甲第5号証に記載された技術的事項に基づく進歩性欠如
(3)申立ての理由3:実施可能要件(特許法第36条第4項第1号、同法第113条第4号)
2 証拠方法
申立人による証拠方法は、書証として申立書に添付して提出された、次の甲第1号証~甲第6号証である。
(1)甲第1号証:特開2007-123759号公報
(2)甲第2号証:「SUBATMパッド」、[online]、アンカーテクノ株式会社、[取得日 令和7年9月19日]、取得先<https://www.anchor-t.co.jp/article/15065811.html>
(当審注:取消理由通知の起案日時点で、当該取得先から確認することができないため、非営利団体インターネットアーカイブのウェイバックマシンに保存されているウェブページの情報を以下併記する。
「SUBATMパッド」、[online]、令和2年(2020年)11月29日、アンカーテクノ株式会社、[取得日 令和8年1月26日]、取得先<https://web.archive.org/web/20201129165033/https://www.anchor-t.co.jp/article/15065811.html>)
(3)甲第3号証:申立人(後藤真理子)、「SUBA600、SUBA800の測定結果」、令和7年9月18日(作成日)、1~11ページ
(4)甲第4号証:申立人(後藤真理子)、「測定対象とする面の数の違いによる影響」、令和7年9月18日(作成日)、1~5ページ
(5)甲第5号証:特開2009-262312号公報
(6)甲第6号証:特開2019-25549号公報
(以下、「甲第1号証」等を「甲1」等という。)
第4 取消理由通知の概要
本件特許の請求項1~4に係る特許に対して、取消理由通知(第1の2(4))に記載した本件特許の取消理由は、概略、次のとおりである(詳細は、第5の1に示す。)。
・ 取消理由:実施可能要件
本件特許は、発明の詳細な説明の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
第5 特許権者意見書を踏まえた、取消理由通知に記載した取消理由(実施可能要件:上記第4)についての判断
1 取消理由通知の取消理由の内容
請求項1には、「前記研磨布の表面から裏面まで100μmごとの該表面に平行なスライス面に対して、2000μm×2000μmの測定面を2つ撮影し(2つの測定面は異なる箇所)、各測定面において、100μm×100μmの面を168箇所分抽出し、抽出した100μm×100μmの各面において測定される前記形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下である」ことが記載される。
しかしながら、下記(1)~(3)のとおり、抽出した100μm×100μmの各面において測定される「形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下である」研磨布を、どのようにして新規に生産することができるようになったのか、技術常識に照らしても、発明の詳細な説明において、当業者がその実施(生産)をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明及び請求項1の記載を引用する請求項2~4に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(1)本件特許の発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明には、当該標準偏差の数値範囲を満足する研磨布として実施例1-1~実施例6-3が示されている。また、本件特許に係る研磨布の原料となる不織布及び当該不織布に含浸される樹脂による製造方法に関して、次の記載がある。
「【0023】
前記不織布を構成する繊維としては、ポリエステル繊維、ナイロン繊維などが挙げられる。
前記不織布の目付けは、好ましくは200~600g/m2である。」
「【0024】
前記樹脂としては、ウレタン樹脂等が挙げられる。」
「【0026】
本実施形態に係る研磨布は、上記の如く構成されているが、次に、本実施形態に係る研磨布の製造方法について説明する。
【0027】
以下、本実施形態に係る研磨布の製造方法について、ウレタン樹脂を不織布に湿式含浸し、更に、ウレタン樹脂を不織布に乾式含浸するといった二段階含浸処理を行う方法を例に挙げて説明する。
【0028】
湿式含浸では、ウレタン樹脂を水溶性有機溶媒に溶解させて第1の含浸液を得る。
水溶性有機溶媒としては、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。
なお、第1の含浸液は、充填剤を含有してもよい。該充填剤としてはカーボンブラック等が挙げられる。また、第1の含浸液は、分散安定剤を含有してもよい。該分散安定剤としては、界面活性剤等が挙げられる。
次に、第1の含浸液に不織布を漬け、第1の含浸液に漬けた不織布を水に漬ける。これにより、不織布に付着した第1の含浸液のうち水溶性有機溶媒が水に置換されて、ウレタン樹脂が凝固し、不織布の表面でウレタン樹脂が付着する。
【0029】
乾式含浸では、末端基としてイソシアネート基を有するプレポリマーと、活性水素を有する有機化合物たる硬化剤と、有機溶媒とを混合して、第2の含浸液を得る。
前記有機溶媒としては、メチルエチルケトン、アセトン、アルコール、酢酸エチルなどが挙げられる。
そして、湿式含浸した不織布を第2の含浸液に漬け、第2の含浸液に漬けた不織布を乾燥炉で加熱する。これにより、有機溶媒が蒸発され、プレポリマーと硬化剤とが硬化反応してウレタン樹脂が形成され、その結果、不織布の表面にさらなるウレタン樹脂が付着する。」
「【0034】
例えば、本実施形態では、二段階含浸処理を行う方法で研磨布を得ているが、湿式含浸或いは乾式含浸のみで研磨布を得てもよい。」
(2)甲6の記載事項
本件特許の出願前に公開された甲6は、本件特許の特許権者(ニッタ・デュポン株式会社)と同一の者(ニッタ・ハース株式会社、いずれも識別番号:000116127、本件特許の審査段階の令和6年7月17日に提出された意見書での「引用文献1(当審注:甲6)は、本願と出願人が同一であります。」という説明、及び、特許権者のホームページに掲載の、2020年社名変更との記事に基づく。)による特許出願の公開特許公報であって、本件特許の審査段階における拒絶理由通知に引用された文献である。
甲6の発明の詳細な説明には、研磨布の原料となる不織布及び当該不織布に含浸される樹脂による製造方法について、本件特許の発明の詳細な説明(上記(1))と概略同様のことが既に開示されていた。
(3)甲6記載の実施例1と本件発明1との製造過程での差異の有無
特許権者は上記意見書において、甲6記載の実施例1のサンプル2つについて、本件特許の明細書等に示される方法で形成材料の存在比率の標準偏差を算出したところ、それぞれ22.5%、23.1%であって、本件特許の請求項1に特定される、標準偏差が21.7%以下であるとの数値範囲を満たすものでない旨を説明している。
甲6に開示される手法では、形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%よりも大きくなるにもかかわらず、本件特許に係る本件発明1では、形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下となったのであれば、甲6に開示される製造方法とは異なる製造方法が、本件特許の発明の詳細な説明に開示されるべきであるところ、そのような記載は見当たらず、また、当該標準偏差を満たす研磨布を生産する手法が、本件特許の出願時において技術常識であったことを裏付ける事実も見いだすことができない。
2 特許権者による特許権者意見書での説明
特許権者は、特許権者意見書において、本件明細書の記載から、当業者の技術常識に基づき、請求項1~4に係る特許における「形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下である」研磨布を実施(生産)することができるのかについて、以下の旨を説明している。
(1)本件特許に係る研磨布を当業者が生産しようとした場合、
(i)不織布の目付け(本件明細書の段落【0023】)、
(ii)含浸時に行う乾燥炉での加熱工程(本件明細書の段落【0029】)、
の二点を検討することになる。
(2)(i)不織布の目付けについて、本件明細書の段落【0023】では、「本実施形態に係る研磨布は、不織布の目付けが200~600g/m2であることにより、研磨面に空隙部分を適度な割合で有しやすくなる。その結果、本実施形態に係る研磨布は、斯かる構成により、研磨屑等による空隙の目詰まりによって研磨性能が変動するのを、抑制しやすくなるといった利点を有する。」と記載される。
すなわち、当業者であれば本件明細書の記載から、不織布の目付けをコントロールすることにより、樹脂を不織布に含浸する工程における樹脂の含浸度合いが変わり、硬化後の樹脂の量、密度、不織布内での樹脂の存在状態をコントロールできることが把握できる。
(3)次に、(ii)含浸時に行う乾燥炉での加熱工程について、本件明細書の段落【0029】では、「そして、湿式含浸した不織布を第2の含浸液に漬け、第2の含浸液に漬けた不織布を乾燥炉で加熱する。これにより、有機溶媒が蒸発され、プレポリマーと硬化剤とが硬化反応してウレタン樹脂が形成され、その結果、不織布の表面にさらなるウレタン樹脂が付着する。」と記載される。
すなわち、当業者であれば本件明細書の記載から、不織布に樹脂を含浸した後に「含浸液に漬けた不織布を乾燥炉で加熱する」工程において、加熱温度をコントロールすることにより、当該不織布内での樹脂の移動量をコントロールできることが把握できる。より詳しくは、加熱温度によって有機溶媒の蒸発速度が変化する。蒸発速度が変化すると、不織布に含浸している含浸液の樹脂濃度が変化し、当該含浸液の粘度が変化する。この結果、不織布内における当該含浸液の移動量、すなわち、当該不織布中の樹脂の移動量が変化することとなる。
なお、ここでは、一例として二段階含浸処理を行う方法(本件明細書の段落【0027】)の乾式含浸について説明したが、一段階含浸処理などにおいても同様のメカニズムであることは、当業者であれば当然に把握できる。
(4)以上より、当業者であれば、本件明細書の記載から、当業者の技術常識に基づき、請求項1~4に係る特許を実施(生産)できるものであり、実施可能要件を満たすものである。
3 特許権者意見書を踏まえた当審の判断
(1)請求項1における、
「前記研磨布の表面から裏面まで100μmごとの該表面に平行なスライス面に対して、2000μm×2000μmの測定面を2つ撮影し(2つの測定面は異なる箇所)、各測定面において、100μm×100μmの面を168箇所分抽出し、抽出した100μm×100μmの各面において測定される前記形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下である」
との記載に関し、発明の詳細な説明の段落【0011】及び【0013】には、次の説明がある。下線は当審で付した。
「【0011】
本実施形態に係る研磨布は、形成材料として、不織布と、該不織布に含浸された樹脂とを備える。
また、本実施形態に係る研磨布では、見掛け密度が0.30~0.50g/cm3であり、前記形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下であることが重要である。
また、本実施形態に係る研磨布では、前記形成材料の存在比率の平均値が、好ましくは22~45%、より好ましくは30~45%、さらに好ましくは35~45%である。」
「【0013】
「形成材料の存在比率の平均値」、及び、「形成材料の存在比率の標準偏差」は、以下のようにして求めることができる。
すなわち、研磨布の表面から裏面まで100μmごとの該表面に平行なスライス面に対して、2000μm×2000μmの測定面を2つ撮影し(2つの測定面は異なる箇所)、各測定面において、100μm×100μmの面を168箇所分抽出し、抽出した100μm×100μmの各面における形成材料の存在比率を測定する。
そして、測定した形成材料の存在比率の算術平均値を「形成材料の存在比率の平均値」とし、測定した形成材料の存在比率の標準偏差を「形成材料の存在比率の標準偏差」とする。
なお、100μm×100μmの各面における形成材料の存在比率とは、100μm×100μmの各面において、各面の面積全体を100%としたときにおける、形成材料が存在する部分の面積の割合を意味する。
例えば、表面から裏面まで間で100μm~1200μmまでのスライス面に対して観察する場合には、168×12×2個分の100μm×100μmの面の形成材料の存在比率を測定することになる。」
(2)上記(1)の発明の詳細な説明を例にすると、「抽出した100μm×100μmの各面において測定される前記形成材料の存在比率の標準偏差が21.7%以下である」ためには、研磨布の表面から裏面まで100μmごとの該表面に平行なスライス面、一例では、100μm~1200μmまでの12の各スライス面において、2000μm×2000μmの2つの異なる各測定面において、100μm×100μmの面を168箇所分抽出する場合、12の各スライス面に、1スライス面あたり168×2個分の100μm×100μmの面(=168×2×12=4032の面)が存在することから、標準偏差を小さくする、すなわち、ばらつきを小さくするためには、
ア 100μm×100μmの面が、同一スライス面(すなわち、研磨布の表面に平行な面)内で抽出される100μm×100μmの面での形成材料の存在比率のばらつきと、
イ 100μm×100μmの面が、異なるスライス面(すなわち、研磨布の厚み方向に異なる面)内で抽出される100μm×100μmの面での形成材料の存在比率のばらつきと、
を、ともに小さくする必要がある。
(3)そして、具体的な製造方法(上記1(1))に関して、特許権者の説明のうち(i)(上記2(2))に関して、不織布の目付けをコントロールすることにより、樹脂を不織布に含浸する工程における樹脂の含浸度合いが変わり、硬化後の樹脂の量、密度、不織布内での樹脂の存在状態をコントロールできると説明される。発明の詳細な説明には、不織布の目付けが200~600g/m2と記載される(段落【0023】)ように、平方メートル単位の比較的マクロな領域単位で目付け量のコントロールが可能であることは明らかであるところ、当業者であれば、表面に平行なスライス面内及び研磨布の厚み方向における、100μm平方オーダーのミクロな領域単位において形成材料の存在比率のばらつきを抑制するとの契機があれば、当該ミクロな領域単位での不織布の目付け量のばらつきを抑制するべく製造工程等をコントロールしようと調整する程度のことは適宜なし得る事項の範疇であるといえ、この目付け量のミクロな領域単位での調整によって、不織布内での樹脂の存在状態をコントロールできないとまではいえない。そうすると、100μm×100μmの各面において測定される形成材料の存在比率のばらつき改善についても実施不可能であるとまではいえない。
(4)また、特許権者の説明のうち、(ii)の点(上記2(3))については、不織布に樹脂を含浸した後に「含浸液に漬けた不織布を乾燥炉で加熱する」工程において、加熱温度をコントロールすることにより、有機溶媒の蒸発速度が変化し、不織布に含浸している含浸液の樹脂濃度が変化し、当該含浸液の粘度が変化することで、不織布内における当該含浸液の移動量、すなわち、当該不織布中の樹脂の移動量が変化すると説明される。発明の詳細な説明においては、加熱温度をどのようにコントロールするかまでは開示がなく、また、有機溶媒の蒸発は当然に表面に近いスライス面からなされるため、厚み方向にみて、表面側のスライス面と中心側のスライス面との、ミクロな視点での形成材料の存在比率の差異を抑制するために、どのように樹脂の移動量をコントロールするのかまでは、直接的な記載はない。しかし、当業者であれば、100μm×100μmの面の、表面に平行なスライス面内及び研磨布の厚み方向のミクロな視点で、樹脂の含浸量や加熱温度等のばらつきを抑制すれば、100μm×100μmの面で形成される形成材料の存在比率のばらつきを改善することができることを理解すると推察される。
また、湿式含浸のみで製造される場合には、そもそも加熱工程自体が存在しないが、第1の含浸液の量や濃度、含浸時間のばらつき、水に漬ける時間等を、表面に平行なスライス面内及び研磨布の厚み方向のミクロな視点で、ばらつきを抑制するように調整することで、100μm×100μmの面で形成される形成材料の存在比率のばらつきを改善することができることを理解すると推察される。
(5)以上のことから、本件特許の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に照らして検討しても、(多少の試行錯誤は要するといえるものの、)本件特許1~4につき当業者が過度の試行錯誤を要して実施できないと認めるに足りる事情は見出せない。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たさないとはいえない。
第6 取消理由通知で採用しなかった申立ての理由について
申立人の申立書による申立ての理由(上記第3)のうち、取消理由通知にて採用しなかった理由について、以下検討する。
1 申立ての理由1:甲1に記載された発明による新規性欠如(上記第3の1(1))
(1)本件発明1について
ア 甲1記載の事項
甲1は、本件特許出願前(優先日前)に公開され、本件特許の特許権者及び甲6の特許出願人と同一の者による特許出願の公開特許公報であって、その段落【0064】、【0079】、【0085】、【0091】には、製品名「SUBA600」及び「SUBA800」が示される。
イ 甲2記載の事項
上記アの当該「SUBA600」及び「SUBA800」は、甲2や、特許権者のホームページにも製品情報として掲載されており、不織布ベースの研磨パッドと認識される。
以上を踏まえると、甲1記載の「SUBA600」及び「SUBA800」は、本件特許出願前に製造・販売されていたものであるから、本件特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明であったとともに、公然実施をされた発明であったといえる(以下「公知公用発明」という。)。
ウ 甲3~甲4記載の事項
甲3~甲4は申立人が作成した書証であって、甲3には、公知公用発明である当該「SUBA600」及び「SUBA800」は、本件発明1に特定される数値範囲を満たす旨の測定結果が示される。
具体的には、次のとおりである。
(ア)SUBA600
見掛け密度 : 0.36g/cm3
存在比率の標準偏差 : 18.9%
圧縮率 : 1.9%
存在比率の平均値 : 28.7%
(イ)SUBA800
見掛け密度 : 0.41g/cm3
存在比率の標準偏差 : 19.9%
圧縮率 : 2.4%
存在比率の平均値 : 27.9%
なお、甲3記載の測定結果は、一方の表面から裏面までの厚み方向に100μm間隔で、100~1100μmの各スライス面(合計11面)あたり1200μm×1400μmの測定範囲から100μm×100μmの面を42個抽出して計測したものであるため、甲4を補足している。
具体的には、甲4では、スライス面のある測定範囲から100μm×100μmの面を、甲3のように42個抽出して測定した場合と、本件発明1のように168個抽出して測定した場合とで、存在比率の平均値及び標準偏差に差があるかを調べ、ともに1%程度の差しかないことを説明している。
エ 甲3~甲4の信用性について
(ア)甲3~甲4は、申立人により作成されたものであり、甲3には、「公立総合技術研究所 工業技術センター」に測定を依頼した旨が記載される。
しかしながら、甲3には、「公立総合技術研究所 工業技術センター」の具体的な名称が明らかにされず、また、当該研究所による測定により得られた結果が、甲3の「5 存在比率の測定データ」そのものであるのか、又は、測定されたどのような測定結果に基づいて当該測定データが作成されたのか、不明であった。
また、甲4については、誰に測定を依頼したのか、「3 測定結果」が「SUBA600」又は「SUBA800」を対象として測定されたものなのか、及び、甲3と同様に、申立人にどのようなデータが納品され、どのように測定結果としてまとめられたのか、不明であった。
(イ)そのため、当審では、申立人に審尋し(上記第1の2(2))、甲3~甲4の信用性を補強する資料(少なくとも、当該「公立総合技術研究所 工業技術センター」がどこの研究所であり、当該研究所から納品されたデータがどのようなものであり、さらに当該研究所から申立人に納品されたことを証する書面など)等、第三者が客観的にみて、甲3~甲4が信用に足る証拠であることを裏付ける根拠の提示等を求めた。
申立人から提出された回答書(上記第1の2(3))によれば、「公立総合技術研究所 工業技術センター」において、測定対象をX線CTスキャンすることによりX線CT画像データを取得し、その評価を事業会社に依頼して得られた評価結果を申立人が取りまとめたものであるとの説明がされた。他方、当該「公立総合技術研究所 工業技術センター」については、具体的な回答を差し控える、との回答であった。
(ウ)当審からの取消理由通知(上記第1の2(4))では、甲3に示される測定データの作成過程が不明であり、信用に足るものでないとの判断のもと、新規性・進歩性に係る取消理由の通知を留保するとともに、特許権者に取消理由通知の機会を用いて、公知公用発明である当該「SUBA600」及び「SUBA800」の形成材料の存在比率の標準偏差に関して、審尋により確認をした(取消理由通知の3)。
特許権者から提出された意見書(上記第1の2(5))によれば、「審尋で示される二製品は、本件特許の請求項1で特定される数値範囲を満たすものではない」旨の回答であった。
オ 当審の判断
当審では、甲3~甲4に示された測定結果は、甲3に示される測定データの作成過程が不明であり、信用に足るものでないとの判断を覆す理由を新たに発見しない。
そのため、甲1記載の「SUBA600」及び「SUBA800」は公知公用発明であるといえるものの、少なくとも形成材料の存在比率の標準偏差が不明である点で、本件発明1における「21.7%以下である」との数値範囲と相違する(以下「相違点1」という。)から、本件発明1は、当該公知公用発明であるとはいえない。
(2)本件発明2~3について
本件発明2~3は、請求項1の記載を引用するものであるから、上記(1)と同様に、当該公知公用発明であるとはいえない。
(3)小括
以上のとおり、本件発明1~3は、甲1に記載された公知公用発明であるとはいえず、特許法第29条第1項第1号に掲げる発明であるとはいえないから、本件特許の請求項1~3に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるとはいえない。
2 申立ての理由2:甲1に記載された発明を主引用発明とした進歩性欠如(上記第3の1(2)ア~イ)
(1)本件発明1について
本件発明1と甲1記載の公知公用発明と対比すると、少なくとも上記相違点1(上記1(1)オ)で相違する。そして、甲2~甲4のほか、甲5~甲6を参照しても、相違点1に係る本件発明1の標準偏差についての数値範囲を、当業者が容易に想到し得たということはできない。
(2)本件発明2~4について
本件発明2~4は、請求項1の記載を引用するものであるから、上記(1)と同様に、当業者が容易に想到し得たということはできない。
(3)小括
以上のとおり、本件発明1~4は、甲1記載の公知公用発明及び甲2~甲6記載の事項に基づいて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件特許の請求項1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。
第7 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1~4に係る特許は、当審から通知した取消理由、及び、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては取り消すことはできない。また、他に本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2025-700912