特許異議申立
2025-700282
新規リン脂質およびその利用ならびにリン脂質分離測定法の開発
- 審判番号
- 2025-700282
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-528909
- 登録番号
- 7549306
- 請求日
- 2025年03月10日
- 審決日
- 2026年07月03日
- 公報発行日
- 2026年09月25日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【権利者】株式会社リピドームラボ
- 【権利者】Japan Lipid Technologies株式会社
- 【異議申立人】Japan Lipid Technologies 株式会社
- 【異議申立人】佐々木 雄彦
- 審判長/審判官
- 審判長 齋藤 恵
- 審判官 野田 定文
- 審判官 宮田 透
- 分類
- P1652.113-ZC (C07F) / P1652.121-ZC (C07F) / P1652.536-ZC (C07F) / P1652.537-ZC (C07F)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項、特許法第29条第2項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第9項、特許法第113条、特許法第120条の2第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7549306号発明「新規リン脂質およびその利用ならびにリン脂質分離測定法の開発」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7549306号の請求項1、32に係る特許を取り消す。
特許第7549306号の請求項3、9、10、38、39に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7549306号(以下「本件特許」という。)の請求項1~41に係る特許についての出願は、2017年(平成29年)7月21日を国際出願日とする出願であって、令和6年9月3日に特許権の設定登録がされ、同年同月11日にその特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1、3、9、10、32、38及び39に係る特許に対し、令和7年3月10日に、Japan Lipid Technologies株式会社(以下「申立人A」という。)及び佐々木 雄彦(以下「申立人B」といい、申立人A及びBを併せて「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。
また、本件特許の特許権は、株式会社リピドームラボ(以下「特許権者A」という。)及びJapan Lipid Technologies株式会社(以下「特許権者B」という。)の共有に係るものであり、申立人Aは、特許権者Bであり、申立人Bは、本件特許の発明者の一人である。
そして、本件特許異議申立事件の主な手続の経緯は、次のとおりである。
令和7年 9月 1日付け 取消理由通知(特許権者A、Bあて)
同年10月28日 意見書の提出(特許権者A)
同年11月 4日 意見書の提出(特許権者B)
同年11月21日 上申書の提出(申立人A(特許権者B))
同年11月28日付け 取消理由通知<決定の予告>(特許権者A、Bあて)
なお、令和7年11月28日付け取消理由通知<決定の予告>に対して、特許権者から応答はなかった。
第2 本件発明
本件特許の請求項1、3、9、10、32、38及び39に係る発明は、それぞれ、特許請求の範囲の請求項1、3、9、10、32、38及び39に記載された事項により特定される、下記のとおりのものと認められる(以下、それぞれ「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」ということがある。また、「・・・」は記載の省略を示す。)。
「【請求項1】
以下の式(I)の化合物であって、
【化1】
[図:0001439185000001.jpg]
式中、
(a)R1はヘプタデカノイルであり、かつR2はHであるか、または
(b)R1はHであり、R2は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイルであり、
以下の(1)~(5):
(1)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はHである、
(2)R3はHであり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である、
(3)R3はPO(OH)2であり、R4はPO(OH)2であり、かつR5はHである、
(4)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である、または
(5)R3はPO(OH)2であり、R4はPO(OH)2であり、かつR5はPO(OH)2である
のいずれかである、
化合物。
・・・
【請求項3】
以下の式(II)の化合物であって、
【化2】
[図:0001439185000002.jpg]
式中、
R1はヘプタデカノイルであり、R2は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイルであり、
以下の(1)~(5):
(1)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はHである、
(2)R3はHであり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である、
(3)R3はPO(OH)2であり、R4はPO(OH)2であり、かつR5はHである、
(4)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である、または
(5)R3はPO(OH)2であり、R4はPO(OH)2であり、かつR5はPO(OH)2である
のいずれかである、化合物をアルキルアミンに接触させることで脱アシル化する工程を包含する、請求項1に記載の化合物の製造方法。
・・・
【請求項9】
試料を、陰イオン交換樹脂に接触させることによりリン脂質を濃縮する工程;
該酸性リン脂質中のリン酸基を保護基で保護する工程;および
質量分析法により、該リン脂質中の請求項1に記載の化合物を同定または定量する工程、を包含する、請求項1に記載の化合物を同定または定量する方法。
【請求項10】
さらに前記リン脂質中の以下の式(III)の化合物であって、
【化2】
[図:0001439185000003.jpg]
式中、
R1はC(=O)-R1’であり、R1’はアルキル基またはアルケニル基であり、R2はC(=O)-R2’であり、かつR2’はアルキル基またはアルケニル基であり、
R3はHまたはPO(OH)2であり、
R4はHまたはPO(OH)2であり、
R5はHまたはPO(OH)2である、
化合物も同定または定量する、請求項9に記載の方法。
・・・
【請求項32】
試料中の請求項1に記載の化合物のアシル基およびリン酸基の位置を測定、検出または同定する装置であって、液体カラムクロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)またはイオンモビリティ分離-質量分析(IMS-MS)である質量分析(MS)と、ホスファチジルイノシトールホスフェートの分解がなされない条件で該MSに該試料を適用する適用部とを含む装置。
・・・
【請求項38】
試料中の請求項1に記載の化合物を、アシル基を保持しつつ、リン酸基の位置に応じて分離または精製する方法であって、該方法は
A)該試料を液体カラムクロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)またはイオンモビリティ分離-質量分析(IMS-MS)に適用する工程;および
B)該LC-MSまたはIMS-MSにおけるLCまたはIMSの溶出物から、ピークの溶出位置により特定された目的の位置にリン酸基を有する請求項1に記載の化合物を収集する工程を包含する、方法。
【請求項39】
請求項1に記載の化合物のリン酸基の位置について2以上存在する混合物から、該混合物に含まれる請求項1に記載の化合物のリン酸基の位置の種類の数より少ない種類の位置にリン酸基を有する請求項1に記載の化合物を含む試料を生産する方法であって、
A)該試料を液体カラムクロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)またはイオンモビリティ分離-質量分析(IMS-MS)に適用する工程;および
B)該LC-MSまたはIMS-MSにおけるLCまたはIMSの溶出物から、ピークの溶出位置により特定された目的の位置にリン酸基を有する請求項1に記載の化合物を含む画分を収集する工程
を包含する、方法。」
第3 申立理由の概要
申立人は、証拠として甲1号証~甲15号証を提出するとともに、以下の理由により、請求項1、3、9、10、32、38、39に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。
1 申立理由
[申立理由A](新規性欠如)
本件発明1は、甲第4号証に記載された発明であるから、請求項1に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
[申立理由B-1](進歩性欠如)
本件発明1は、甲第1~3号証、甲第5~12号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
[申立理由B-2](進歩性欠如)
本件発明3は、甲第13号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
[申立理由B-3](進歩性欠如)
本件発明9、10は、甲第1、14、15号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項9、10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
[申立理由C](サポート要件違反)
本件発明9、10、32、38、39は、本件特許の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないから、これらの請求項に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
[申立理由D](実施可能要件違反)
本件特許の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明は、本件発明9、10、32、38、39について、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、これらの請求項に係る特許は、同法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
2 証拠方法
甲第1号証:Trevor R. Pettitt et al., Analysis of intact phosphoinositides in biological samples, Journal of Lipid Research, Vol.47, pp.1588-1596 (2006)
甲第2号証:D.M.Hickinson et al., Association of a phosphatidylinositol-specific 3-kinase with a human trans-Golgi network resident protein, Current Biology, Vol.7, No.11, pp.987-990 (1997)
甲第3号証:Raimund Eck et al., A phosphatidylinositol 3-kinase of Candida albicans: molecular cloning and characterization, Yeast, Vol.16 pp.933-944 (2000)
甲第4号証:Shivani Agarwal et al., Autophagy and endosomal trafficking inhibition by Vibrio cholerae MARTX toxin phosphatidylinositol-3-phosphate-specific phospholipase A1 activity, Nature Communications volume 6, Article number: 8745 (2015)
甲第5号証:Kimberley Tolias et al., In Vitro Interaction of Phosphoinositide-4-phosphate 5-Kinases with Rac, Methods in Enzymology, Vol.325, pp.190-200 (2000)
甲第6号証:Amalia Slomiany et al., Cell membranes composition is defined in ER and their restitution proceed by en bloc fusion of ER generated transport vesicles, Scientific Research, Vol.2, No.12, pp.1437-147 (2010)
甲第7号証:Holger Hegewald, One-Dimensional Thin-Layer Chromatography of All Known D-3 and D-4 Isomers of Phosphoinositides, Analytical Biochemistry, Vol.242, pp.152-155 (1996)
甲第8号証:Yagmur Muftuoglu et al, Mechanism of substrate specificity of phosphatidylinositol phosphate kinases, PNAS, vol.113, no.13, pp.8711-8716 (2016)
甲第9号証:Kimberley F. Tolias et al., Type I Phosphatidylinositol-4-phosphate 5-Kinases Synthesize the Novel Lipids Phosphatidylinositol 3,5-Bisphosphate and Phosphatidylinositol 5-Phosphate, The Journal of Biological Chemistry, Vol.273, No.29, pp.18040-18046 (1998)
甲第10号証:Thomas Putz et al., Bee venom secretory phospholipase A2 and phosphatidylinositol-homologues cooperatively disrupt membrane integrity, abrogate signal transduction and inhibit proliferation of renal cancer cells, Cancer Immunol Immunother.,Vol.56, pp.627-640 (2007)
甲第11号証:Mindy I. Davis et al., A Homogeneous, High-Throughput Assay for Phosphatidylinositol 5-Phosphate 4-Kinase with a Novel, Rapid Substrate Preparation, Plos One, Vol.8, e54127 (2013)
甲第12号証:Eckhard Filthuth and Hansjorg Eibl, Synthesis of enantiomerically pure lysophosphatidylinositols and alkylphosphoinositols, Chemistry and Physics of Lipids, Vol.60, pp.253-261 (1992)
甲第13号証:N G Clarke and R M C Dawson, Alkaline O→N-transacylation. A new method for the quantitative deacylation of phospholipids, Biochemical Journal, Vol.195, pp.301-306 (1981)
甲第14号証:Anna Kielkowska et al., A new approach to measuring phosphoinositides in cells by mass spectrometry, Advances in Biological Regulation,Vol.54, pp.131-141 (2014)
甲第15号証:E. Ya. Kostetskii and N. I. Gerasimenko, Isolation of phosphatidylinositol from soybean phosphatides, Chemistry of Natural Compounds, 1984年, Vol.20, pp.32-35 (1984)
第4 取消理由通知に記載した取消理由の概要
本件発明1及び32に対して、令和7年9月1日付け取消理由通知及び令和7年11月28日付け取消理由通知<決定の予告>で特許権者A及びBに通知した取消理由及び引用文献は同じものであって、その概要は次のとおりである。
(新規性)本件請求項1及び32に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、下記甲4に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件請求項1及び32に係る発明の特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
記
引用文献:
甲4:Shivani Agarwal et al., Autophagy and endosomal trafficking inhibition by Vibrio cholerae MARTX toxin phosphatidylinositol-3-phosphate-specific phospholipase A1 activity, Nature Communications volume 6, Article number: 8745 (2015)
第5 当審合議体の判断
1 取消理由通知<決定の予告>に記載した取消理由について
当審合議体は、本件発明1及び32に対して、令和7年11月28日付けで取消理由通知<決定の予告>をし、期間を指定して意見書の提出及び訂正の請求をする機会を与えたが、特許権者からは、何ら応答がなかった。
そして、当該取消理由は妥当なものと認められるので、請求項1及び32に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
その理由の詳細を以下に示す。
(1) 引用文献の記載事項
ア 令和7年11月28日付け取消理由通知書<決定の予告>に引用された甲4は、申立人が提出した甲第4号証と同じ文献である。甲4には、以下の事項が記載されている(翻訳文で示す。翻訳文は、申立人が提出した翻訳文を参考に、当審合議体が作成したものである。以下、下線は当審合議体が付与したものであり、「・・・」は記載の省略を表す。)。
(4a)「急性胃腸炎の原因菌であるコレラ菌は、宿主の免疫系を回避し、小腸への定着を促進する、巨大多機能自己プロセシング反復毒素(MARTX)を分泌する。この多機能毒素の細胞骨格を標的とする他のエフェクタードメインとは異なり、α-β加水分解酵素(ABH)の機能は未だ解明されていない。本研究では、ABHが触媒Ser-His-Asp三元複合体を有するエステラーゼ/リパーゼであることが示された。ABHはホスファチジルイノシトール-3-リン酸(PtdIns3P)に高い親和性で結合し、in vitroでPtdIns3Pのsn1位にある脂肪酸を切断する、PtdIns3P特異的ホスホリパーゼA1(PLA1)として初めて同定された。」(1ページ要約欄1~8行)
(4b)「ホスホイノシタイドは、細胞膜へ特定のタンパク質エフェクターをリクルートするためのシグナルとして働く、存在量の少ないリン脂質であり、細胞プロセスの活性化又は不活性化を引き起こす。重要なホスホイノシタイドの一つはホスファチジルイノシトール-3-リン酸(PtdIns3P)であり、エンドリソソーム経路とオートファジーにおいて重要な役割を果たし、細胞内でオートファゴソームの生合成を開始する。・・・
ABH内に見られるα/β加水分解酵素折り畳み構造は、エステラーゼやリパーゼなど、系統学的起源や触媒機能の異なる多数の酵素に共通している22,23。本研究では、コレラ菌MARTX毒素のABHドメインが、PtdIns3Pに独特の特異性を持ち、sn1位から遊離脂肪酸(FFA)を遊離させる新規ホスホリパーゼであることを示す。細胞におけるPtdIns3Pの確立された役割と一致して、このPtdIns3P特異的PLA1活性は、エンドソーム及びプレオートファゴソーム構造の両方におけるPtdIns3Pの消失をもたらし、ストレス及び細菌曝露の両方に対するオートファゴソーム形成の阻害を引き起こすことを明らかにした。このように、MARTX毒素エフェクタードメインABHは、細菌が感染に対する宿主反応を回避する新規の機構である。
結果
ABHドメインはエステラーゼ/リパーゼである。 MARTX ABHドメインの研究を開始するにあたり、アミノ酸配列を構造データベースと比較した。ABHはCoxiella burnettiのセリン加水分解酵素(pdb 3TRD)と30%の相同性を示した。この結晶構造(補足図1d)に基づき、Ser-3259、Asp-3338、及びHis-3369からなるABHの触媒溝をモデル化した。組換えABH(rABH)、変異体rABH S3259A(rABHS)、D3338A(rABHD)及びH3369A(rABHH)を精製した。変異タンパク質はrABHと比較して二次構造に大きな変化は見られなかったが、Tm値が5~7℃低下したことは、特にrABHDにおいて三次構造にわずかな変化が生じたことを示唆している(補足図1)。」(2ページ左欄27行~2ページ右欄5行)
(4c)「rABHはsn1エステル結合を切断する。 PtdIns3Pのsn1エステル結合とsn2エステル結合のどちらがABHによって切断されるかを同定するために、in vitroホスホリパーゼ反応の生成物を質量分析を用いて分析した。PtdIns3Pのsn1位とsn2位にそれぞれ異なる脂肪酸ヘプタデカン酸(C17:0)とアラキドン酸(C20:4)を持つC37:4基質を用いた(図2a)。rABHとインキュベートした基質で得られたクロマトグラムを重ね合わせると、遊離ヘプタデカン酸(C17:0;補足図4)の参照標準に相当する269m/zの質量(図2c)の相対量が有意に増加した。この存在量の増加は、触媒的に活性な酵素を必要とした。ヘプタデカン酸の出現と同時に、質量950m/zのC37:4基質の相対存在量が定量的に減少し(図2b)、MS/MSによってlyso-PtdIns3P(C20:4)であることが確認された699m/zのピークが増加した(図2d)(補足図4)。これは、sn1エステル結合が切断されてヘプタデカン酸が放出された後も、sn2結合上のアラキドン酸はヘッドグループとともにそのまま残っていることを示している。」(2ページ右欄58行~3ページ左欄13行)
(4d)「
[図:0001439185000004.jpg]
図2:ABHはPtdIns3P特異的PLA1である。
(a)ヘプタデカン酸、lyso-PtdIns3P、及びPtdIns3P基質の分子構造とそれぞれのm/z。(b-d)基質(黒)、又はrABH(赤)若しくはrABHS(青)で処理した基質のMSプロファイル。各ピークのm/zはラベルで示されている。全てのスペクトルは標準としたPtdIns3P 36:2(941m/z)によって正規化されている。」(4ページ図2及び図2の説明)
(4e)「質量分析 1-ヘプタデカノイル-2-(5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル)-sn-グリセロ-3-ホスフォ-(1’-myo-イノシトール-3’-ホスフェート)(Avanti Polar Lipids)は、上述の方法に従ってrABHタンパク質で処理した。脂質試料は、Agilent 6,490型 トリプル四重極LC/MS装置にて分析した。試料はオートサンプラーにより、クロロホルム/メタノール(1:1(体積比)、20mMピペリジン)溶媒中に注入した(流速0.25ml/min)。single stageのイオンプロファイリングのためにノズル電圧-1.5kV、キャピラリ電圧-2kV、イオン源温度200℃にそれぞれ設定した。基質の同定はMS/MS実験を行い、基質のフラグメント化を促すために衝突エネルギーを高めた条件(lyso-PtdIns3Pに対して35-40eV、PtdIns3Pに対して43eV)を除き、single stageの実験と同様のパラメータを用いた。」(9ページ右欄16行~25行)
(2) 甲4に記載された発明
ア 甲4化合物発明について
甲4の摘記(4a)~(4d)によれば、甲4には、ホスファチジルイノシトール-3-リン酸(PtdIns3P)のsn1位とsn2位にそれぞれヘプタデカン酸(C17:0)とアラキドン酸(C20:4)を持つC37:4基質について、そのsn1エステル結合を、組換えα-β加水分解酵素(rABH)により切断して生じた化合物として、lyso-PtdIns3P(C20:4)が記載されている。当該化合物は、PtdIns3Pのsn1位とsn2位にそれぞれヘプタデカン酸(C17:0)とアラキドン酸(C20:4)を持つC37:4基質のsn1位のヘプタデカン酸(C17:0)が除去され、sn2位のアラキドン酸(C20:4)が残っているものであるから、甲4には、以下の発明(「甲4化合物発明」という。)が記載されているといえる。
(甲4化合物発明)
「lyso-PtdIns3P(C20:4)である以下の化合物。
[図:0001439185000005.jpg]
」
イ 甲4装置発明について
甲4の摘記(4a)~(4e)によれば、甲4には、1-ヘプタデカノイル-2-(5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル)-sn-グリセロ-3-ホスフォ-(1’-myo-イノシトール-3’-ホスフェート)をrABHタンパク質で処理した脂質試料に対し、トリプル四重極LC/MS装置を用い、かつ、基質の同定にMS/MS実験を行った結果、処理により増加した699m/zのピークがlyso-PtdIns3P(C20:4)であることを確認したことが記載されている。そうすると、甲4には、以下の発明(「甲4装置発明」という。)が記載されているといえる。
(甲4装置発明)
「1-ヘプタデカノイル-2-(5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル)-sn-グリセロ-3-ホスフォ-(1’-myo-イノシトール-3’-ホスフェート)をrABHタンパク質で処理した脂質試料に対し、MS/MS実験を行って、当該処理により増加したピークがlyso-PtdIns3P(C20:4)であることを確認したトリプル四重極LC/MS装置。」
(3) 対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と甲4化合物発明とを対比する。
甲4化合物発明のlyso-PtdIns3P(C20:4)は、本件発明1の式(I)において、「(b)R1はHであり、R2は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル」であり、「(1)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はHである」場合の化合物に相当する。
そうすると、本件発明1と甲4化合物発明との間に相違点はなく、本件発明1は、甲4に記載された発明である。
イ 本件発明32について
本件発明32と甲4装置発明とを対比する。
(ア)LC/MSは、液体クロマトグラフィー-質量分析法を意味し、甲4装置発明の「トリプル四重極LC/MS装置」は、そのうち、質量分析計の部分が、2つの四重極質量分析計(Q)で衝突室(q)を挟んで直列に連結(Q-q-Q)したトリプル四重極質量分析計(MS/MS)であるもののことであるから(たとえば、https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/mass/triplequad/などを参照。)、本件発明32の「液体カラムクロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)・・・である質量分析(MS)」に相当するといえる。
(イ)甲4装置発明は「rABHタンパク質で処理した脂質試料に対し、MS/MS実験を行って、当該処理により増加したピークがlyso-PtdIns3P(C20:4)であることを確認した」ものであり、上記(2)アのとおり、ここでの「lyso-PtdIns3P(C20:4)」は、PtdIns3Pのsn1位とsn2位にそれぞれヘプタデカン酸(C17:0)とアラキドン酸(C20:4)を持つC37:4基質のsn1位のヘプタデカン酸(C17:0)が除去され、sn2位のアラキドン酸(C20:4)が残っている甲4発明の化合物であるから、lyso-PtdIns3P(C20:4)であることを確認したということは、試料中の脂質のアシル基及びリン酸基の位置を同定したことにほかならない。そして、上記アのとおり、甲4発明の化合物は、本件発明1の化合物に相当するから、甲4装置発明は、本件発明32の「試料中の請求項1に記載の化合物のアシル基およびリン酸基の位置を測定、検出または同定する装置」に相当する。
また、甲4装置発明はlyso-PtdIns3P(C20:4)であることが確認された699m/zのピークとして、脂質試料におけるlyso-PtdIns3P(C20:4)の増加を確認したものであるから、(摘記4d)、lyso-PtdIns3P(C20:4)が分解されていないものである。
したがって、本件発明32は、甲4に記載された発明である。
(4) 特許権者Aの主張について
ア 特許権者Aは、令和7年10月28日提出の意見書において、甲4装置発明はあくまで化合物検出器である質量分析装置でlyso-PtdIns3P(C20:4)を検出、確認しただけであり、甲4装置発明では化合物のリン酸基の位置の測定、検出はできないから、甲4装置発明は、本件発明32における「試料中の請求項1に記載の化合物のアシル基およびリン酸基の位置を測定、検出または同定する装置」との発明特定事項は有しておらず、本件発明32は、甲4に記載された発明ではないことを主張している。
しかしながら、lyso-PtdIns3P(C20:4)は、myo-イノシトールの3位にリン酸が付加した化合物であるから、甲4装置発明において、「脂質試料からlyso-PtdIns3P(C20:4)を確認」したということは、リン酸基が3位の位置に結合していることも含めて確認したものといえ、甲4装置発明は、「試料中の請求項1に記載の化合物のアシル基およびリン酸基の位置を測定、検出または同定する装置」との発明特定事項を有している。
したがって、特許権者Aの上記主張を採用することはできない。
イ 特許権者Aは、また、令和7年10月28日提出の意見書の(4)~(6),(8)において、訂正を行った場合の請求項1~41に係る発明について言及しているが、本件においては、取消理由通知において指定した期間内に訂正の請求がされておらず、訂正を行ったと仮定した場合についての判断を示すことはできない。
さらに、特許権者Aは、上記意見書の(7)において、権利保存の行為として、特許権の共有者の一方単独による訂正の請求が許容されるべきであることを主張するとともに、訂正の請求を特許権者A単独で行うことを容認することを要望しているが、特許法第120条の5第9項で準用する同法第132条第3項に「特許権又は特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同して請求しなければならない。」と規定されているとおり、訂正の請求は共有者の全員が共同して請求しなければならないとされているから、特許権者A単独で行う訂正の請求は不適法な手続であり、これを合議体が予め容認することはできない。
(5) まとめ
以上のとおり、本件発明1及び32は、甲4に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当する。
したがって、請求項1及び32に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 取消理由として採用しなかった申立理由について
申立理由のうち、申立理由Aは、取消理由で採用したものであるから、取消理由として採用しなかった申立理由B-1~B-3、C及びDについて、以下検討する。
(1)[申立理由B-1](進歩性欠如)について
ア 甲第1号証の記載事項
甲第1号証には、以下の事項が記載されている(翻訳文で示す。以下、翻訳文は、申立人が提出した翻訳文を参考に、当審合議体が作成したものである。)
(1a)「酸加水分解の可能性を最小限に抑えるため、抽出は氷上で行われた。適切な内部標準物質[16:0/16:0-PtdIns、PtdIns5P、PtdIns4P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,5)P2、及びPtdIns(3,4,5)P3をそれぞれ200ng]を含む氷冷クロロホルム-メタノール(1:2)3mLを、ポリプロピレンチューブ(Sarstedt)内の血小板(0.8mL)に添加した。」(1589ページ右欄9~14行)
(1b)「急速乾燥により回収率は向上したが、おそらくは微量の塩酸が残留していたため、注入溶媒に再懸濁した後もサンプルの安定性は悪かった。試料の加水分解の兆候を、PtdInsPよりわずかに先に溶出するリゾホスファチジン酸のレベルが高かったことと、16:0/16:0の内部標準に由来するリゾホスホイノシタイドの存在が示している。」(1590ページ右欄2~8行)
(1c)「16:0/16:0-ホスホイノシタイド標準物質[PtdIns3P + PtdIns4P、PtdIns5P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,5)P2、PtdIns(3,4,5)P3]の典型的な分離を図1に示す。PtdIns(3,4,5)P3はPtdInsP2種の後に溶出すると予想されたが、驚くべきことに、PtdIns(3,4,5)P3は通常、対応するPtdIns(3,5)P2種と共に溶出した。最適条件下では、PtdIns5Pは対応するPtdIns3P及びPtdIns4P分子種よりもわずかに先に溶出した(図1、挿入図)。」(1591ページ左欄46~54行)
(1d)「
[図:0001439185000006.jpg]
」(1591ページ、図1)
(1e)「ヒト血小板における主要なPtdInsP及びPtdInsP2アシル構造は18:0/20:4であり、全分子種の70mol%を超える割合を占めている(図6A)。このプロファイルは基本的にPtdInsのプロファイルと同一であり、トロンビン刺激後も変化しないようである。PtdIns5Pは検出されなかった。休止した血小板では、PtdInsPのピークは79%のPtdIns4Pと21%のPtdIns3Pで構成されていたが、総PtdInsP質量は変化しておらず(それぞれ13.8±3.4及び13.5±3.5nmol/109血小板)、後者はトロンビン刺激2分後には検出不可能となった。哺乳類細胞としては珍しく、PtdInsPレベルはPtdIns(5.2±1.6nmol/109血小板)の約2.5倍高かった。休止した血小板では、PtdIns(4,5)P2と少量のPtdIns(3,4)P2及びPtdIns(3,5)P2が検出された(それぞれ1,240±127,80±6、及び36± 25pmol/109血小板)。トロンビン刺激2分後、全てのPtdInsP2異性体が増加した(図6B)(それぞれ1,837±329、197±91、及び52±33pmol/109血小板)。18:0/20:4-PtdIns(3,4,5)P3は、コントロール及びトロンビン刺激2分後のサンプルでは検出できなかったが、トロンビン刺激15秒後、そして特に30秒後には検出可能であり(図6B、挿入図)、77±35pmol/109血小板に増加した。この手順の感度により、選択イオンモニタリングモードでQP8000α質量分析計を使用して、カラムを使うとPtdInsは約100fmol、PtdInsPは250fmol、PtdInsP2は1pmol、及びPtdInsP3は5pmolの最小LC-MS検出限界(シグナル/ノイズ>3)が可能になった。これにより、わずか10,000個の細胞由来のサンプルで総PtdInsP及びPtdIns(4,5)P2のデータを取得することが可能となったが、特にPtdInsPの異性体分析が必要な場合は、通常、106個を超える細胞からの材料を使用することが望ましい。」(1594ページ左欄13行~1595ページ左欄16行)
(1f)「
[図:0001439185000007.jpg]
」(1594ページ、図6)
イ 甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、ポリプロピレンチューブ内の血小板に、内部標準物質[16:0/16:0-PtdIns、PtdIns5P、PtdIns4P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,5)P2、及びPtdIns(3,4,5)P3をそれぞれ200ng]を含む氷冷クロロホルム-メタノール(1:2)3mLを添加したこと(1a)、試料の加水分解の兆候として、16:0/16:0の内部標準に由来するリゾホスホイノシタイドが存在すること(1b)が記載されていることから、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
(甲1発明)
「内部標準物質[16:0/16:0-PtdIns、PtdIns5P、PtdIns4P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,5)P2、及びPtdIns(3,4,5)P3]に由来する加水分解物としてのリゾホスホイノシタイド。」
ウ 甲第2~3、5~12号証に記載された発明
甲第2号証には、図1に関し、U937細胞又は細胞抽出物からのTGN46免疫沈降物を、脂質基質としてのホスファチジルイノシトール(PtdIns)とインキュベートし、その後薄層クロマトグラフィー分析を行った結果、lyso-PtdIns3Pのスポットが生じたことが記載されている(987ページ左欄1行~右欄下から4行、988ページ図1及び図1の説明文)ことから、「lyso-PtdIns3P」の発明が記載されていると認められる。
甲第3号証には、図5に関し、図5a,bの全ての陽性レーンに見られる、原点とPI(3)Pの間にある付随したバンドは、基質中のリゾホスファチジルイノシトールに起因するリゾホスファチジルイノシトールリン酸であると議論されていることが記載されている(940ページ右欄下から3行~941ページ本文右欄1行目、941ページ右欄下から4行~最終行及び941ページ図5)ことから、「リゾホスファチジルイノシトールリン酸」の発明が記載されていると認められる。
甲第5号証には、ラット脳ホモジネートからのRac結合PIP5K及び組み替えPIP5Kの脂質生成物をTLCによって分離した結果を示したものが図2A及び図2Bであることが記載され、図2Bには、lyso-PtdInsP3のスポットが存在していることから(第194ページ12行~197ページ2行(特に196ページ最終行~197ページ2行)、197~198ページ図2、及び197ページ図2の説明文)、「lyso-PtdInsP3」の発明が記載されていると認められる。
甲第6号証には、図4(b)に関し、[3H]イノシトールで標識されたER輸送細胞と融合した後のゴルジ膜において、頂端上皮膜と融合したゴルジ輸送小胞には、5-LPI3Pが含まれていたことが記載され(1442ページ図4(b)及び図4説明文)、また、図5(c)に関し、3H]イノシトールで標識されたER輸送細胞がゴルジ体と融合した後に生成された、ゴルジ体由来の輸送小胞の頂端膜画分には、LPI3P(5)が確認されたことが記載されている(1442ページ図5(c)及び図5説明文)ことから、「5-LPI3P」の発明が記載されていると認められる。
甲第7号証には、32P標識赤血球リン脂質のホスファースクリーンオートラジオグラフィーの結果を示したものが図2であることが記載され、図2のレーン2において、LPI3,4-P2(リゾホスファチジルイノシトール 3,4-二リン酸)のバンドが存在していること(154ページ図2及び図2の説明文)、及び、表1において、リゾホスファチジルイノシトール3,4-二リン酸及びリゾホスファチジルイノシトール3-リン酸の相対移動度(Rf値)が記載されている(154ページ左欄22行~右欄2行、表1)ことから、「リゾホスファチジルイノシトール3,4-二リン酸」及び「リゾホスファチジルイノシトール3-リン酸」の発明が記載されていると認められる。
甲第8号証には、図3(B)に関し、野生型PIP5KとRxR/LD変異体のアッセイ結果として、TLCプレート上に生じた、lyso-PI(4,5)P2、lyso-PI(3,4)P2、及びlyso-PI(3,5)P2のスポットの位置が示されていることから(8715ページ図3及び図3の説明文)、「lyso-PI(4,5)P2」及び「lyso-PI(3,4)P2」の発明が記載されていると認められる。
甲第9号証には、図1に関し、細菌で発現させた組替えPIP5K Iα(0.3μg)及びPIP5K Iβ(0.1μg)の酵素活性を、PtdIns、PtdIns-3-P、PtdIns-4-P、PtdIns-3,4-P2及びPtdIns-3,5-P2を基質としてアッセイし、反応産物を薄層クロマトグラフィーにより分離した結果には、lyso-PtdInsP3のスポットの位置が示されていることから(10841ページ図1及び図1の説明文)、「lyso-PtdInsP3」の発明が記載されていると認められる。
甲第10号証には、PtdIns(3,4)P2がbv-sPLA2の基質として機能し、sn-2位から脂肪酸を切断して、対応するリゾ-PtdIns(3,4)P2を生成することが記載され(633ページ右欄8~15行)、bv-sPLA2(10μg/ml)をPtdIns(3,4)P2(10μM)と2時間インキュベートし、市販の1,2-ジパルミトイルホスファチジルイノシトール(C32:0 PtdIns-ISTD)を定量のための内部標準(ISTD)として添加した後、反応生成物を抽出し、質量分析によって分析した結果を示したものが図8であることが記載され、図8の質量数731の位置にC16:0 Lyso-PtdIns(3,4)P2のピークが存在している(633ページ右欄16行~635ページ左欄13行、638ページ図8及び図8の説明文)ことから、「C16:0 Lyso-PtdIns(3,4)P2」の発明が記載されていると認められる。
甲第11号証には、図3に関し、市販のPI5P基質は、主に2本のパルミチル酸基を含み、1本のパルミチル酸基を含む脱アシル化脂質lyso-PI5Pを極少量含んでいること(5ページ図3の説明文)、γ-32P-ATPとPI5Pを使用し、薄層クロマトグラフィーによる分離後に放射性標識された酵素生成物PI(4,5)P2を測定する放射活性測定アッセイにおいて、(C)の濃い上部のスポットは2本のパルミチル酸基を持つPI(4,5)P2生成物を示し、下の薄いスポットは1本のパルミチル酸基を持つ生成物を表すことが記載されている(5ページ図3C及び図3の説明文)ことから、1本のパルミチル酸基を持つ「lyso-PI5P」の発明が記載されていると認められる。
甲第12号証には、myo-イノシトールを出発物質として、1-O-(1’-O-パルミトイル-sn-グリセロ-3’-ホスフォ)-D-myo-イノシトール(14D)を合成したことが記載されている(253ページIntroduction欄及びSynthesis欄、255~260ページMaterials and Methods欄)ことから、「1-O-(1’-O-パルミトイル-sn-グリセロ-3’-ホスフォ)-D-myo-イノシトール」の発明が記載されていると認められる。
ウ 本件発明1について
(ア)甲1発明を主引例とした場合
a 対比
まず、本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「16:0/16:0-PtdIns、PtdIns5P、PtdIns4P、PtdIns(4,5)P2、PtdIns(3,5)P2、及びPtdIns(3,4,5)P3]に由来する加水分解物としてのリゾホスホイノシタイド」は、16:0のアシル基であるヘキサデカノイル基が結合したリゾホスホイノシタイドである。そして、甲1発明の例えばPtdIns5P由来のリゾホスホイノシタイドは、イノシトールの5位にリン酸基が付加した化合物といえるから、本件発明1の式(I)において、R1又はR2の一方がヘキサデカノイル基で他方が水素であり、「(2)R3はHであり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である」化合物に相当する。同様に、甲1発明のPtdIns(3,5)P2由来のリゾホスホイノシタイドは、本件発明1の式(I)において、R1又はR2の一方がヘキサデカノイル基で他方が水素であり、「(4)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である」化合物に相当し、甲1発明のPtdIns(3,4,5)P3由来のリゾホスホイノシタイドは、本件発明1の式(I)において、R1又はR2の一方がヘキサデカノイル基で他方が水素であり「(5)R3はPO(OH)2であり、R4はPO(OH)2であり、かつR5はPO(OH)2である」化合物に相当する。
b 一致点・相違点
そうすると、本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は、以下のとおりとなる。
(一致点)
「以下の式(I)の化合物であって、
【化1】
[図:0001439185000008.jpg]
式中、
以下の(1)~(5):
(1)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はHである、
(2)R3はHであり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である、
(3)R3はPO(OH)2であり、R4はPO(OH)2であり、かつR5はHである、
(4)R3はPO(OH)2であり、R4はHであり、かつR5はPO(OH)2である、または
(5)R3はPO(OH)2であり、R4はPO(OH)2であり、かつR5はPO(OH)2である
のいずれかである、
化合物。」である点。
(相違点)
本件発明1が「(a)R1はヘプタデカノイルであり、かつR2はHであるか、または(b)R1はHであり、R2は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル」であるのに対し、甲1発明はR1,R2に相当する基の一方がヘキサデカノイル基であり他方が水素である点。
c 判断
甲第1号証には、甲1発明のヘキサデカノイル基を、ヘプタデカノイル基又は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル基に変更することは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲1発明に基づいて、上記相違点に係る構成を備えるものとすることが、当業者にとって容易なこととはいえない。
(イ)甲2~3、5~12発明をそれぞれ主引例とした場合
甲2~3、5~12発明と、本件発明1とを対比すると、少なくとも以下の点で相違する。
(相違点)
本件発明1が「(a)R1はヘプタデカノイルであり、かつR2はHであるか、または(b)R1はHであり、R2は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル」であるのに対し、甲2~3、5~9発明は本件発明1におけるR1及びR2に相当する基が不明であり、甲10~12発明は、本件発明1におけるR1及びR2に相当する基がパルミトイル基である点。
そして、甲第2~3、5~12号証には、甲2~3、5~9発明はR1,R2に相当する基を、ヘプタデカノイル基又は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル基に変更することは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲2~3、5~12発明に基づいて、上記相違点に係る構成を備えるものとすることが、当業者にとって容易なこととはいえない。
(ウ)小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1~3、5~12号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、本件発明1は、申立理由B-1によっては取り消すことができない。
(2)[申立理由B-2](進歩性欠如)について
ア 甲第13号証の記載事項
甲第13号証には、以下の事項が記載されている(翻訳文で示す。)
(13a)「リン脂質の脱アシル化
通常、二価金属イオン(Ca2+及びMg2+)を実質的に含まないリン脂質溶液の一部(脂質のリン250μg相当)を栓付き試験管で蒸発乾固させ、その脂質残渣を上記で調製したモノメチルアミン試薬3mlで処理した。脂質は、穏やかに加熱し、撹拌することで溶解した。試薬中のブタノールは溶解を促進した。脂質の溶解を補助するためにクロロホルムまたは四塩化炭素を使用することも可能だが、これらの溶媒はアシル基転移反応の速度を低下させ、反応中にモノメチルアミンとある程度相互作用した。試験管の栓をクリップで固定するか、輪ゴムで留め、混合物を53℃の水浴中で30~60分間保持した(プラズマローゲン及びグリセロールエーテルリン脂質の完全なO-脱アシル化が必要な場合は、より長い時間)。
混合物を氷冷し、氷冷したn-プロパノール1.5mlを加えた。スプラッシュヘッドを用い、撹拌しながら徐々に昇温させて(プロパノールは突沸及び泡立ちを防ぐ)混合物を真空蒸発した。メチルアミンガスがほぼ除去された後、混合物を50℃の水浴中で乾燥させた。乾燥残渣に水1mlと、n-ブタノール/軽質石油(沸点40~60℃)/ギ酸エチル(20:4:1、容量比)混合液1.2mlを加えた(後者は残留する微量のモノメチルアミンを中和するため)。振盪後、脱アシル化によって生成された水溶性リンを全て含む下層の水層から上層を分離した。下層の水層を同じ溶媒混合液0.75mlで再洗浄した。二相分離混合物中のブタノールは、水層からのリゾプラズマローゲン(アルケニル)及びリゾグリセロールエーテルリン脂質(アルキル)の抽出を促進した(Bjerveら、1974)。」(302ページ左欄10~48行)
(13b)「結果
有機塩基により生じるアシル基転移
当初の試みでは、リン脂質から定量的にアンモニアを受容体としたアシル基転移体を得ようとした。鶏卵ホスファチジルコリンは、濃アンモニア水(比重0.880)とメタノール(1:1、容量比)の混合物とともに、密閉チューブ内で43℃で18時間、または50℃で2時間加熱すると、完全に脱アシル化された。環状グリセロリン酸は形成されなかった。しかし、他のリン脂質、例えばホスファチジルイノシトールは、おそらくは反応混合物に不溶性であるため、脱アシル化に対してより耐性があった。濃縮水性アンモニアと濃縮メタノール性アンモニアの混合物(1:4、容量比)は、これらのリン脂質とともに密閉チューブ内で100℃で1時間加熱すると、ホスファチジルコリンとホスファチジルイノシトールのどちらも完全に脱アシル化した。
モノメチルアミンは、O→N-アシル基転移を誘導するための試薬としてアンモニアよりもはるかに優れていることが立証された。さらに、反応完了後に容易に除去できるほど揮発性であるものの、モノメチルアミンを含む試薬は、塩基の多大な損失なく、密栓したチューブ内で53℃で脂質とインキュベートすることができた。
試行した他の塩基はそれほど効果的ではなく、正確な定量的値は得られなかったが、リン脂質を脱アシル化する能力は、次の順序であった。モノメチルアミン > モノエチルアミン > ジエチルアミン > ジメチルアミン > イソプロピルアミン > アニリン。イソプロピルアミンの脱アシル化能は非常に低く、アニリンは脱アシル化能を有していなかった。
モノメチルアミン/メタノール(5:4、容量比)の脱アシル化能力は、水を加えることによって向上した。したがって、ラット脳脂質抽出物では、1容量の水添加(つまり、モノメチルアミン/メタノール/水、5:4:1)で、53℃で8分間のインキュベーション後、脂質リンの45%を水溶性として放出していた。2容量(すなわち、5:4:2)では58%を生成し、3容量(すなわち、5:4:3)では62%の生成があった。より長いインキュベーション時間で得られた最大放出量は69%であり、残りの31%はO-アシル残基以外の疎水性基を含むリン脂質を表していた。
このような観察から、良好な脱アシル化速度と抽出されたリン脂質の妥当な溶解性を提供する最適な試薬として、モノメチルアミン/メタノール/水/ブタノール(体積比で5:4:3:1)の混合物を選択した。ブタノールはリン脂質の「可溶化」を促すために存在する。53℃で、これはラット脳リン脂質の混合物中のO-ジアシル基の完全な脱アシル化を20分以内に生成した。脱アシル化に対してより耐性のあるプラスマローゲン及びグリセロールエーテルリン脂質(Hanahan と Watts、 1961; Ansell と Spanner、 1963; Renkonen、 1963)は、完全に脱アシル化されるまでに最大1時間かかった。メチル及びブチロイル脂肪酸エステルはリン脂質よりもゆっくりと分解され、コレステロールステアレートは脱アシル化に対して耐性があった。」(303ページ左欄10行~右欄12行)
イ 甲第13号証に記載された発明
甲第13号証には、以下の発明(以下「甲13発明」という。)が記載されていると認められる。
(甲13発明)
「ホスファチジルイノシトールリン酸をモノメチルアミンにより脱アシル化する方法。」
ウ 本件発明3について
(ア)対比
本件発明3と甲13発明とを対比する。
甲13発明の「モノメチルアミン」は、本件発明3の「アルキルアミン」に含まれる。
そうすると、甲13発明の「ホスファチジルイノシトールリン酸をモノメチルアミンにより脱アシル化する」方法は、本件発明3の「化合物をアルキルアミンに接触させることで脱アシル化する工程を包含する」「化合物の製造方法」に相当する。
(イ)一致点・相違点
そうすると、本件発明3と甲13発明の一致点及び相違点は、以下のとおりとなる。
(一致点)
「ホスファチジルイノシトールリン酸をアルキルアミンに接触させることで脱アシル化する工程を包含する、化合物の製造方法。」である点。
(相違点)
本件発明3が「式(II)の化合物」を脱アシル化して「請求項1に記載の化合物」を製造するのに対し、甲13発明は、ホスファチジルイノシトールリン酸を脱アシル化しているものの、アシル基の種類並びにリン酸の置換数及び置換位置が不明である点。
(ウ)判断
甲第13号証には、甲13発明のホスファチジルイノシトールリン酸のアシル基の種類並びにリン酸の置換数及び置換位置を、本件発明3の式(II)の定義に含まれるものとすることは記載も示唆もされていない。
したがって、甲13発明を上記相違点に係る構成を備えるものとすることが、当業者にとって容易なこととはいえない。
エ 小括
以上のとおりであるから、本件発明3は、甲13号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、本件発明3は、申立理由B-2によっては取り消すことができない。
(3)[申立理由B-3](進歩性欠如)について
ア 甲第14、15号証の記載事項
甲第14号証には、試料からホスホイノシチドを抽出し、ホスホイノシチドのリン酸基をTMS-ジアゾメタンによりメチル化し、インラインC4カラムを通して部分的に精製及び濃縮し、陽イオンモードの三連四重極質量分析計に注入することにより、分子種を測定することが記載されている(133ページ下から12行~137ページ下から4行)。
甲第15号証には、DEAE-セルロースカラムにより、ホスファチジルイノシトール(PI)を精製する方法が記載されている(33ページ1~13行、33ページ34行~34ページ24行)。
イ 本件発明9、10について
本件発明9、10は、本件発明1の化合物を同定または定量する方法を特定したものであるところ、上記(1)ウ(ア)にて検討したとおり、甲第1号証には、甲1発明のヘキサデカノイル基を、ヘプタデカノイル基又は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル基に変更することは記載も示唆もされておらず、甲第14、15号証を参照しても、甲1発明のヘキサデカノイル基を、ヘプタデカノイル基又は5Z,8Z,11Z,14Z-イコサテトラエノイル基に変更することは記載も示唆もされていない。
したがって、本件発明9における同定対象及び本件発明10における同定対象である本件発明1の化合物が、甲1発明、甲14の記載及び甲15の記載から当業者にとって容易に想到し得たものでないのであるから、本件発明9、10も、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
ウ 小括
以上のとおりであるから、本件発明9、10は、甲第1、14、15号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、本件発明9、10は、申立理由B-3によっては、取り消すことはできない。
(4)[申立理由C](サポート要件違反)及び[申立理由D](実施可能要件違反)について
ア サポート要件の判断の前提
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、その記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 本件発明9、10、32、38、39の課題
本件発明9、10の解決しようとする課題は、本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。特に【0001】~【0008】)の記載からみて、「リゾホスホイノシタイドを同定又は定量する方法を提供すること」であると認められる。
同様に、本件発明32の解決しようとする課題は、「リゾホスホイノシタイドのアシル基及びリン酸基の位置を特定して測定、検出、又は同定する装置を提供すること」であり、本件発明38、39の解決しようとする課題は、「リゾホスホイノシタイドを、アシル基を保持しつつ、リン酸基の位置に応じて分離又は精製する方法を提供すること」であると認められる。
ウ サポート要件についての判断
(ア)本件明細書の記載
本件明細書には、以下の事項が記載されていると認められる。
a (実施例1)出発原料として購入したホスファチジルイノシトールリン酸(具体的には、1-ヘプタデカノイル-2-アラキドノイル-sn-グリセロ-3-ホスホ-1’-myo-イノシトール-4’一リン酸(17:0/20:4-PI4P))について、所定濃度(2.13%又は10.7%)のメチルアミン溶液を用いて1つのアシル基のみ脱アシル化し、リン酸基のメチル化保護をした後に、LC-ESIMS/MS分析を行ったところ(【0173】~【0181】)、リゾホスファチジルイノシトール一リン酸(17:0 LPIP1及び20:4 LPIP1)が検出されたこと(【0182】~【0183】、【図1B】)。
リン酸化パターンが異なる7種類のPIPs原料(アシル基は17:0、20:4)に10.7%メチルアミン存在下でのインキュベーション、リン酸基のメチル化保護、三連四重極質量分析計による測定を行ったところ、いずれのPIPsを原料としても、上記メチルアミン反応でLPIPsの生成が認められたこと(【0187】、図2)。
b (実施例2)生物試料から抽出したリン脂質をDEAE-セルロースカラムに吸着させ、クロロホルム/メタノール/HCl/水により溶出し、水及び1M NaClの添加後、溶液を、撹拌、遠心分離し下層を収集し、リン酸基のメチル化を行った後に分析したこと(【0220】~【0227】)。
c (実施例6)リン酸の置換位置の異なるホスファチジルイノシトールリン酸(ホスホイノシタイド)を単独で、又は複数種含む試料を調製し、各試料のリン酸基を保護し、LC-MSによる測定を行ったところ、リン酸基の数が異なるホスホイノシタイドは異なる保持時間で溶出され、リン酸基の位置のみが異なる3種類の異性体を混合した場合でも、カラムにより良好に分離でき、LC-MSでのホスホイノシタイド(PIPs)のリン酸基の位置による分離が可能であり、MS及びMS/MSの測定結果を利用することで、ホスホイノシタイドのアシル基の種類の組み合わせを特定することも可能であり、この方法により、ホスホイノシタイドのリン酸基の位置及びアシル基の種類を特定することができること(【0253】~【0268】、図5)。
d (実施例7)8種類の17:0/20:4ホスホイノシタイドについて、それぞれ、0.02、0.05、0.1、0.2、5、10及び50pmolを注入してLC-MS測定した場合のシグナル強度を比較し、良好な定量結果が得られることが確かめられたこと(【0269】~【0278】、図10)。
e (実施例8)イオンモビリティ分離によりホスホイノシタイドのリン酸基の位置による分離が可能であること(【0279】~【0283】、図12)。
f (実施例11)17:0/20:4 PIPs合成品を出発材料とし、実施例6と同様に分析したところ、リン酸基の位置のみが異なる3種類の異性体は異なる保持時間で観察され、リゾホスホイノシタイドについても、リン酸基の位置及びアシル基の種類の解析が可能となること(【0302】~【0304】、図17)。
(イ)本件発明9、10について
(ア)で述べたとおり、本件明細書には、ホスファチジルイノシトールリン酸からの脱アシル化によりホスファチジルイノシトールリン酸を生成し、LC-ESIMS/MS分析を行うことにより、アシル基の長さに応じて分離して検出できること(上記a)、ホスホイノシタイドのリン酸基の位置及びアシル基の種類を特定できること(上記c、f)、イオンモビリティ分離によってもホスホイノシタイドのリン酸基の位置による分離が可能であること(上記e)が記載されていることから、本件明細書の記載に接した当業者であれば、LC-ESIMS/MS分析等の本件明細書に記載の分析方法を用いることにより、アシル基の種類及びリン酸基の位置も含めてリゾホスホイノシタイドを同定可能なことを把握することができる。
そうすると、本件発明9、10の解決しようとする課題は、本願発明9、10で特定している「質量分析法により、該リン脂質中の請求項1に記載の化合物を同定または定量する工程」により解決できると当業者が認識できるといえる。
本件発明9、10は「質量分析法により、該リン脂質中の請求項1に記載の化合物を同定または定量する工程」(以下「同定定量工程」という。)以外に、「試料を、陰イオン交換樹脂に接触させることによりリン脂質を濃縮する工程」(以下「濃縮工程」という。)及び「酸性リン脂質中のリン酸基を保護基で保護する工程」(以下「保護工程」という。)を包含するものであるが、本願発明9、10の課題は、本件発明9、10において同定定量工程を特定したことにより解決できるのであるから、濃縮工程、保護工程を更に包含していても、本件発明の課題を解決できることに変わりはない。
(ウ)本件発明32について
(ア)、(イ)で述べたとおり、本件明細書の記載に接した当業者であれば、LC-ESIMS/MS等の本件明細書に記載の分析装置を用いることにより、アシル基の種類及びリン酸基の位置も含めてリゾホスホイノシタイドを同定できると理解するから、本件発明32の解決しようとする課題は、本件発明32で特定される装置を用いることで解決できると当業者が認識できるものといえる。
(エ)本件発明38、39について
(ア)、(イ)で述べたとおり、本件明細書の記載に接した当業者であれば、LC-ESIMS/MS等の本件明細書に記載の方法を用いることにより、アシル基の種類及びリン酸基の位置も含めてリゾホスホイノシタイドを分離できると理解する。
そうすると、本件発明38、39の解決しようとする課題は、本件発明38、39で特定される方法を用いることで解決できると当業者が認識できるものといえる。
(オ)小括
以上より、本件発明9、10、32、38、39は、発明の詳細な説明に記載したものである。
オ 実施可能要件についての判断
上記ウにて検討したとおり、本件明細書の記載に接した当業者であれば、LC-ESIMS/MS分析等の本件明細書に記載の分析方法を用いることにより、アシル基の種類及びリン酸基の位置も含めてリゾホスホイノシタイドを同定できることを把握することができる。また、本件明細書の記載に接した当業者であれば、LC-ESIMS/MS等の本件明細書に記載の方法を用いることにより、アシル基の種類及びリン酸基の位置も含めてリゾホスホイノシタイドを分離できると理解する。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明9、10、32、38、39を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
カ 申立人の主張について
(ア)主張
申立人は、異議申立書において、本件明細書が実施可能要件を満たさない理由として、以下の主張している。
a 本件明細書の【0188】~【0207】では精密質量分析を用いて組成式を決定し、アシル基に相当するフラグメントイオンが検出されたことにより目的とするLPIPsであることを主張しており、【0206】「精密質量測定によるLPIPsの同定の証明」と記載しているが「精密質量測定による」という限定句の通り、既知の材料物質の構造と、生成物、その分解物の質量から類推されるものであって、例えばアシル基がグリセロール骨格の何位に結合しているかを示すような、化学構造を決定する「同定」とは言えない。
b 本件明細書の【0208】~【0219】では、化学構造を決定できない質量分析法の限界を補完するNMRによる解析について記載されている。ここでは、構造から推測されるNMRで検出できるであろう水素を示すピークの化学シフトについて具体的な値が【0208】~【0212】に記載はされているが実際の測定値ではなく、予測値、もしくは、過去の文献等での報告値である。そして、【0216】~【0218】ではPIPsについての測定結果の概略のみが記載されており同定に用いた化学シフトの値は記載されていない。かつ、実際に合成したというLPIPsについては、具体的な測定結果も、そのスペクトラムを示す図も添付されておらず、NMRの結果から推定される構造式が記載されているのみである(【0219】、図4B~図4F)。LPIPsの「同定」のためにはアシル基が結合している場合と、結合せず水酸基の場合でのグリセロール骨格の各水素の化学シフトについて、結果が示されていなければ測定した物質は「同定」できたとは言えない。
c 本件明細書の【0220】~【0252】には生物由来試料のLPIPsの分離、定量の実施例が記載されている。この実施例の該当部において試料中の構造が未知のLPIPsを各分子毎に特定する工程は、クロマトグラフィーによる保持時間と質量分析による質量数に基づいて行われており、グリセロール骨格に結合するアシル基の結合位置、個々のアシル基の構造(炭素数、二重結合の数と位置)については決定を行っていない。リン酸基の位置異性体を分離したことについては【0302】~【0304】にクロマトグラフィーの保持時間が異なることが記載されているものの、アシル基の質量数以外の情報に基づく相違については記載されておらず、測定した物質は「同定」できたとは言えない。したがって「定量」できたとも言えない。
また、本件発明特許の明細書【0253】~【0301】にはPIPsのリン酸基の位置に基づく分離、定量の実施例が記載されている。この実施例では構造が未知のPIPsを含む試料から各PIPsを特定する工程は、クロマトグラフィーによる保持時間と質量分析による質量数に基づいて行われており、グリセロール骨格に結合する2本あるアシル基の結合位置、個々のアシル基の構造(炭素数、二重結合の数と位置)については決定を行っておらず、測定した物質は「同定」、「定量」できたとは言えない。このことは、例えば、本件発明特許の明細書【0284】~ 【0291】に記載されているHEK293T細胞を試料とした実施例において【0291】「ホスホイノシタイド組成(ジアシルグリセロールの種類、PIPsにおけるリン酸基の数および位置)」と記載されていることから明らかである。
d 本件明細書の実施例で具体的にLPIPsを精製した例は【0171】~【0219】に記載されているのみである。この部分の記載においても生産したLPIPsを本件発明9を用いて検出、出発物質に対する生産量を記載しているのみであり、具体的なLPIPsの収集については記載されていない。前項で記載したように、本件発明特許がリン脂質中のイノシトール環のリン酸化位置を脱アシル化せずに分離した最初の例ではないので、本件発明特許38、39の進歩性について判断できる記載が必要であるのにその記載がない。また、本件発明9の工程を用いたとしても、得られる物質はメチル化されたLPIPsであり、本件発明1のLPIPsを収集する工程とは言えない。そして、液体カラムクロマトグラフィーではなく、イオンモビリティ分離(IMS)を使用した場合、IMSは試料を何らかの手法でイオン化し、電界に応じてイオンが稀薄ガス中を移動する時の移動度がイオンの電荷数と体積により異なる現象を利用してイオンを種類ごとに分離する手法であり、イオンの状態のまま質量分析計へ誘導することが一般的である。
したがって、精製や生産の分離過程への適応は周知のものではない。
(イ)判断
しかしながら、以下に述べるとおり、申立人の主張を採用することはできない。
本件明細書の実施例1において、出発原料は購入したものであって、その化学構造は、アシル基の構造及び結合位置を含めて既知である。そして、実施例1では、出発原料をメチルアミン溶液を用いて1つのアシル基のみ脱アシル化し、リン酸基のメチル化保護をした後に、LC-ESIMS/MS分析を行ったものであり、これらの工程においてアシル基の構造及び結合位置が変化するという理由は見いだせない。
そうすると、出発原料の化学構造に照らせば、実施例1で生成したリゾホスファチジルイノシトールリン酸の化学構造を、グリセロール骨格に結合するアシル基の結合位置、個々のアシル基の構造(炭素数、二重結合の数と位置)を含めて同定できると認められる。
したがって、申立人の主張a~cを採用することはできない。
また、本件明細書の実施例6において、LC-MSによる測定を行ったところ、リン酸基の数が異なるホスホイノシタイドは異なる保持時間で溶出されたことが記載されている。ここで、当業者であれば、LCの溶出物を異なる保持時間毎に取得すれば、メチル化されたLPIPsを得られることを認識できるといえる。また、リン酸基の保護基であるメチル基を外すことも当業者にとって自明なことといえる。
したがって、申立人の主張dを採用することはできない。
3 その他の取消理由について
申立人は、令和7年6月5日の上申書において、本件発明1は参考資料1により進歩性を有しないこと、及び、本件発明9は参考資料2により進歩性を有しないことを主張し、同年11月4日提出の意見書において、本件発明1、9、32は、乙第1~3号証により新規性・進歩性を有しないこと、及び、本件発明2、4~8、11~31、33~37、40~41には取消理由があることを主張している。
しかしながら、本件において訂正の請求はされていないのであって、参考資料1、2及び乙第1~3号証に基づく主張は、特許異議申立ての時点で主張できたにもかかわらず、申立理由に含まれていない新たな主張であるから、特許法第113条において特許異議申立の期間を「特許掲載公報の発行の日から六月以内に限り」と定められた趣旨を踏まえ、採用しない。また、本件発明2、4~8、11~31、33~37、40~41についての主張は、特許異議の申立てがされていない請求項についてのものであるから、審理することができない(特許法第120条の2第2項)。
第6 むすび
以上のとおり、請求項1及び32に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
請求項3、9、10、38及び39に係る特許は、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。また、他に請求項3、9、10、38及び39に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
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2025-700282