商標拒絶査定不服審判
2017-014202
カワサキ
- 審判番号
- 2017-014202
- 法域
- 商標
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 商願2014-076806
- 請求日
- 2017年09月26日
- 審決日
- 2018年03月13日
- 公報発行日
- 2018年04月27日
- 結論
- 原査定取消(特許/登録すべき)
- 当事者
- 【請求人】川崎重工業株式会社
- 【請求人代理人】特許業務法人 有古特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 金子 尚人
- 審判官 原田 信彦
- 審判官 豊泉 弘貴
- 分類
- T18 .13 -WY (W12) / T18 .14 -WY (W12) / T18 .17 -WY (W12)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 商標法第3条第1項第3号、商標法第3条第2項、商標法第3条第1項第4号
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
商願2014-76806拒絶査定不服審判事件について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
原査定を取り消す。
本願商標は、登録すべきものとする。
理由
【理 由】
1 本願商標
本願商標は、「KAWASAKI」の欧文字を標準文字で表してなり、第4類、第6類、第7類、第9類、第11類、第12類、第16類、第20類、第25類、第26類、第28類、第35類及び第37類に属する願書記載のとおりの商品及び役務を指定商品及び指定役務として、平成26年9月11日に登録出願され、その後、指定商品及び指定役務については、当審における同29年9月26日受付の手続補正書により、最終的に第12類「二輪自動車」と補正されたものである。
2 原査定の拒絶の理由の要点
原査定は、以下の(1)ないし(3)のとおり認定、判断し、本願を拒絶したものである。
(1)本願商標は、「KAWASAKI」の欧文字を標準文字で表してなるところ、「KAWASAKI」の欧文字は「神奈川県川崎市」を表示するものとして広く一般に採択、使用されていることから、「神奈川県川崎市」(地名)を指称するものと容易に認識し得るものであり、その商品の製造場所、販売場所を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから、商標法第3条第1項第3号に該当する。
(2)本願商標は、「KAWASAKI」の欧文字を標準文字で表してなるところ、これは、ありふれた氏と認められる「川崎」を欧文字で表したものと認識するというのが相当であり、ありふれた氏を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから、商標法第3条第1項第4号に該当する。
(3)本願商標は、商標法第3条第2項の要件を具備しない。
3 当審の判断
(1)商標法第3条第1項第3号該当性について
本願商標は、「KAWASAKI」の欧文字を標準文字で表してなるところ、「KAWASAKI」の文字が、「神奈川県川崎市」を意味し、これを表示するものとして、原審において提示した証拠のとおり、一般に広く採択、使用されている事情があるものである。
そうすると、本願商標は、「KAWASAKI」の欧文字を標準文字で表してなるにすぎず、神奈川県川崎市を表示するものと容易に需要者に認識させるものであるから、本願商標をその指定商品について使用するときは、これに接する取引者、需要者をして、その商品が神奈川県川崎市で製造、販売されたものであること、すなわち、商品の産地、販売地を表示したものと認識させるものである。
してみれば、本願商標は、神奈川県川崎市で製造、販売された商品の産地、販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標である。
したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第3号に該当する。
(2)商標法第3条第1項第4号該当性について
本願商標は、「KAWASAKI」の欧文字を標準文字で表してなるところ、日常の商取引において姓氏を表す場合には、必ずしも漢字のみに限らず、平仮名、片仮名又は欧文字で表示する場合も決して少なくないことからすれば、該「KAWASAKI」の文字は、姓氏の「川崎」を欧文字で表記したものと容易に理解されると判断するのが相当である。
また、「川崎」の姓は、原審において説示したとおり、我が国においてありふれた氏と認められるものである。
してみれば、本願商標は、ありふれた氏である「川崎」を欧文字で表したものというべき商標であるから、ありふれた氏を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標である。
したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第4号に該当する。
(3)商標法第3条第2項該当性について
請求人は、当審において指定商品を「二輪自動車」と補正したうえで、請求人が本願商標を「二輪自動車」について、昭和35年(1960年)から長年にわたり使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるものであるから、「二輪自動車」について、商標法第3条第2項の規定により商標登録が認められるべきである旨を主張し、証拠方法として、原審において甲第1号証ないし甲第30号証(枝番号を含む。)を提出している。
以下、この点について検討する。
ア 請求人の主張、請求人が提出した甲第1号証ないし甲第30号証(枝番号を含む。)及び職権による調査から、以下のことが認められる。
(ア)請求人が最初に「カワサキ」と銘打って発売した二輪自動車は、昭和28年(1953年)に請求人の前身会社の一つである川崎機械工業が川崎岐阜製作所(現在の請求人岐阜工場)と共同で開発した「川崎号」である(甲7)。
(イ)昭和35年(1960年)に、請求人の前身会社の一つである川崎航空機工業は、神戸製作所(現在の請求人明石工場)で二輪自動車の一貫生産体制を整え、同年10月に開催された全日本自動車ショーでデビューした「カワサキB7」と「カワサキペットM5」の量産を開始し、発売した(甲7)。
上記両車種のパンフレットでは、昭和35年(1960年)当時から「KAWASAKI」の文字が使用されている(甲8)。
(ウ)請求人は、遅くとも昭和41年(1966年)頃には自己が製造販売する二輪自動車の本体等に「KAWASAKI」の文字を大きく表示している。
例えば、請求人が昭和41年(1966年)に発売した「KAWASAKI 250A1」シリーズの二輪自動車「A1SS」の燃料タンク部分とシート後ろ側(甲9の1)や、同時期に頒布されていた二輪自動車の価格表(甲9の2)に、「KAWASAKI」の文字が表示されている。
(エ)請求人が昭和45年(1970年)5月に発売した「カワサキ350-TR ビッグホーン」、昭和47年(1972年)11月に発売した「カワサキ900スーパー4」に「KAWASAKI」の文字のエンブレムが付されている(甲7)。
(オ)昭和58年(1983年)3月20日、株式会社池田書店発行の書籍「単車カワサキ」の11頁には、「カワサキは総合企業体だ」との見出しの下、「KAWASAKI・・・カワサキの名は、モーターサイクルばかりでなく、川崎重工業という会社名が示すように、造船から航空機そして新幹線の車輛等を手がけていることで、総合的なメーカーであることがわかるでしょう。カワサキがモーターサイクルと本格的に取り組み出したのは1960年からで、以降カワサキ・ブランドのマシンが続々とデビューすることになります。」との紹介記事がある(甲8)。
また、同書籍に掲載されている、1960年代から1970年代にかけて作成、頒布された請求人の二輪自動車のパンフレットやチラシの内容より、「KAWASAKI」の文字が請求人の二輪自動車のブランドとして、例えば、「KAWASAKI 650」、「KAWASAKI 90-SSS」、「KAWASAKI 350-SS」、「KAWASAKI 500-SS」、「KAWASAKI 650-RS」及び「KAWASAKI 750-RS」のように広く使用されている(甲8)。
(カ)「ジェトロ・アジア経済研究所 調査研究報告書」のウェブサイトにおいて、「アジアの二輪車産業-各国二輪車産業の概要-」の見出しの下、「第1章 日本の二輪車産業-発展のプロセスと全体像-」の「2.国内二輪車生産の推移」の「(3)メーカーシェアの推移」の項に、「1960年にホンダがスーパーカブの大量生産、大量販売によって過半数近いシェアを獲得して以降、ホンダが一貫して首位にあり、ヤマハ、スズキ、カワサキと続くシェア順位は50年近くほとんど変化がないことに驚かされる。・・・最後に小型二輪車市場へは参入してこなかったカワサキは棲み分けによって、過去50年のあいだ、国内で10%前後のシェアで安定している。グローバルベースで見ると、アジアでの販売が少ないため1.5%程度の微々たるシェアとなるが、後に見るように単価の高い大型オートバイが売上の大半を占めるため、金額ベースでは、4位ながら今のところスズキとの差は少ない。」との記載がある。
(http://www.ide.go.jp/library/Japanese/Publish/Download/Report/pdf/2004_01_05_01.pdf)
(キ)「一般社団法人 日本自動車工業会」の「JAMAGAZINE 2016 July #50」に「特集 世界に誇る『ジャパンブランド』バイク」の見出しの下、「二輪車産業の歴史、発展、日系企業の行方 同志社大学 商学部 教授 太田原 準」の論文の「3.5 4社寡占体制」の項に、「もともと日本には200社を超える二輪車企業が存在したが、ホンダが上に見たような大規模なイノベーション投資を行って製品差別化と低コスト地位を同時に築き上げて以降は、その大半が事業から撤退することとなった。市場に残ることができたのは、もともと他産業における大企業であったものが、二輪車事業に参入したという共通点をもつヤマハ、スズキ、カワサキの3社のみであった。よく知られるようにヤマハ発動機は日本楽器の軍需工場の転用先として、スズキは織機不況からの転身事業として、カワサキは航空機事業の民需転換として、それぞれ二輪車事業に参入した。いずれも、ホンダほどの規模ではないが、1960年代前半には資本集約的な一貫生産工場を設立し、ホンダが主導した品質とコストの新しい水準に対応することができた。1960年代以降、ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの4社寡占体制は、日本市場だけでなく、北米、ヨーロッパ、東南アジアにも広がっていった。」との記載がある。
(http://www.jama.or.jp/lib/jamagazine/jamagazine_pdf/201607.pdf)
(ク)「日本二輪車産業の現況と歴史的概観」の見出しの論文(片山三男 国民経済雑誌 188巻6号 2003年12月)の「1.はじめに」の項に、「現在の日本の二輪車産業は本田技研工業(以下ホンダ)、ヤマハ発動機(以下ヤマハ)、スズキ、川崎重工業(以下カワサキ)の4大メーカーを中核として動いている寡占型産業である。」との記載、「3-2 産業構造の変遷」の項の「(2)市場集中度」に、「その後ホンダが躍進し上位4社の一角に食い込んでいくとともに4社集中度も上昇、スズキやヤマハ、カワサキの成長もあって60年代末にはすでに現行の上位4社でほぼ100%となっている。」との記載がある。
(http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00055898)
イ 小括
上記アによれば、請求人の前身会社の一つである川崎航空機株式会社は、昭和35年(1960年)には、神戸製作所で二輪自動車の一貫生産体制を整え、同年10月に開催された全日本自動車ショーでデビューした「カワサキB7」と「カワサキペットM5」の量産を開始し、両車種は翌昭和36年(1961年)に発売され、その両車種のパンフレットには、本願商標と同一性を有する商標を、昭和35年(1960年)から使用していたことが認められる。
そして、1960年代から1970年代にかけて作成、頒布された請求人の二輪自動車のパンフレットやチラシにも、本願商標と同一性を有する商標を、請求人の二輪自動車のブランドとして、例えば、「KAWASAKI 650」、「KAWASAKI 90-SSS」、「KAWASAKI 350-SS」、「KAWASAKI 500-SS」、「KAWASAKI 650-RS」及び「KAWASAKI 750-RS」のように広く使用していたことが認められる。
また、日本の二輪自動車の販売シェアは、1960年代以降、ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキのシェア順位は50年近くほとんど変化がなく、4社寡占体制が続いている状況であることがうかがえる。
さらに、職権調査によっても、請求人及び請求人の関連会社以外の者が「KAWASAKI」の文字を「二輪自動車」について使用している事実は発見できなかった。
そうすると、本願商標は、長年使用された結果、取引者、需要者が請求人の業務に係る二輪自動車であることを認識するに至ったものと認められる。
したがって、本願商標は、「二輪自動車」について、商標法第3条第2項が規定する要件を具備するものというべきである。
ウ まとめ
以上のとおり、本願商標は、商標法第3条第1項第3号及び同項第4号に該当するものの、同条第2項の規定により、商標登録を受けることができるものであるから、原査定の拒絶の理由により、拒絶することはできない。
その他、本願について拒絶の理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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